第12話 湖

 調べ物をしていた折、つい手を滑らせた。床に散らばる本たち。なんてことだ、まだ新しいものばかりで助かったが……これが古い貴重な文献だったら、心臓が止まっていたかもしれない。

 ふと、広がった本のページに挟まっていたらしいものが目につく。少々黄ばんでいるが、一枚の絵葉書のようだ。広大な湖と、そこに浮かぶ島を空から撮った写真。あらあらとやってきた彼が手元を見て目を丸くする。

「これ!私の故郷じゃないか!」

 大層気に入ったようなので、絵葉書は彼にあげることにした。額に入れた上、暖炉のマントルピースにかけて、彼が眺められるようにしてある。ニコニコと無邪気に眺める彼は可愛らしかった。らしくない思考を散らすように、話しだす。

「近くに住んでいたのかい」

「いいや、そこまで近くはなかったな。首だけになる前、行ったことがあるのさ」

 また行きたいなぁ、いつか。その横顔を見ると……どうにも落ち着かないというか、なんとかしてやりたくなる。しかし、彼を連れて行くのは容易ではないだろう。観光客でごった返しているに違いないし、荷物検査なんてされたら最悪警察のご厄介になる羽目になる。


「小さい湖なら……近くにもあるよ」

 池に近いかもしれないが。そう言い終えない内に、彼が弾かれたように動いて、こちらを見る。あのお決まりの、キラキラした目だ。

「行きたい!」

 そんなこんなで。真夜中近くの森へ、わたしたちは踏み入れた。街へ行くのとは反対側に、山道を進んでいく。

 彼をどうすべきか悩んだ末、キッチンでフルーツ入れとなっていたバスケットに入れ、布を被せた。目だけ隠さずにおき、道中の景色が見れるようにしてある。彼は夜目が効くから、明かりのそばでなくても問題ない。

 三十分ほど歩いた頃、木立が途切れ、湖が顔を出した。岸辺は崖下のため行かれないが、景色はいい。おまけに秋の風が身体を吹き抜けるのが心地よかった。

 崖の手前で座り込み、明かりを消した上で彼を出してやる。膝に抱えると、彼は食事の時のように、深く深く息を吸った。

「夜風に当たったのはいつぶりだろう……」

 彼が感慨深そうに言う。確かにそうだ、もう少し連れ出してやってもよかったかもしれない。かわいそうなことをした。

「わたしたち、初めてデートというものをしたね」

 そう呟くと、彼の喉がヒュッと鳴って、いつになく静かになった。

 しばらくしたのち、膝元で掠れた声がした。

「ありがとう、連れてきてくれて」

「また来よう、春がきたらね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る