第11話 坂道

 わたしは一人、先日迷子の少年を送ってきた街まで来ていた。ここは坂道が多く、「坂の街」と呼ばれているほどだ。今日はチラシの通りならば、服屋のセールがある日。いつもの服で行こうとしたら、彼とアルネに猛抗議を食らったため、学会用の一張羅を着ている。着替えた後確認のため見せに行ったら、彼は大層ご満悦だった。


 服屋を覗いてみる、が、店から人がはみ出すほどの盛況ぶりだ。……あとで、人が少なくなったらまた来よう。どうせわたしの着られるサイズの服は売り切れることがないし、まず置いてあるかどうかすらわからない。

 もう一枚のチラシは……床屋。この街で開店して間もない店らしい。もうやっているし、先に行くとしよう。

 これまた坂を越えた先に床屋はあった。扉を開けて、中へ進む。すぐに奥から店員が出てきた。わたしの顔をみるなり……固まる。確かに髪は伸び放題だし、顔は無表情なことが多いらしいが、そんなに印象が悪かっただろうか……。考えこんでいると、店員が慌てて説明を始めた。なんでも、「カットモデル」とやらになってほしいとか。髪型がお任せなものの、モデル代分、料金も安くなるらしい。二つ返事で了承した。

「そうだひとつ、お願いがありまして」

 忘れるところだった。切ったあとの髪を、一房もらえないかという注文。何に使うんですかという店員の問いに、咄嗟に理由をでっちあげられず正直に話す。

「この髪を、欲しがる人が居て……」

 そう言うと、店員が納得したとでも言うような笑顔になる。細い三つ編みにするという提案をもらったので、そうしてもらうことにした。

 みるみるうちに軽くなっていく頭。マッサージの後、艶出しの油までつけてもらい、数枚の写真を撮ってその場を後にした。後日、その写真が店先にでかでかと飾られるとも知らずに。

 服屋に戻る。昼飯時のためか、朝よりは落ち着いていたためそのまま入った。セーター、シャツ、下着、靴下、作業用の丈夫なズボン。値引きがあるとはいえ、これだけ買えば結構な値段だ。同じ値段で買える苗の数を思ったが、「彼」が楽しみにしてくれているのだから、と自分を奮い立たせる。


 服屋を出る頃には昼過ぎ。彼の分の昼飯は花瓶に挿してきたから心配ない。何か腹ごしらえをして帰ろうと商店街を物色していたところ、元気に飛びかかってきたのはこの間の少年、ニカだった。

「こんにちは!」

「こんにちは。怪我はどうだい?」

 そう言うと、その子はしっかり処置のされた膝を見せつけた。元気そうでなによりだ。

「昼飯を食べれるところを探しているんだ。どこかいい店を知らないかい」

 そう尋ねると、ニカの親の店にはイートインがあると教えてくれた。そのまま案内してもらう。

「あら、いらっしゃいませ……え?もしかして、この間の方……?」

 母親が声をあげたのを見て挨拶した。

「あの時はみすぼらしくてすみません。今日、久々に散髪しまして」

 そう言うと「あらまぁ……!」と口元に手を当てている。

「ニカ、おすすめは?しょっぱいのと甘いの一個ずつだ」

 ニカが指差したのはサーモンのサンドイッチ、もう一つはチェリーのペストリーだった。それらと、持ち帰り用のライ麦パンを購入。もらったパンが本当に美味しかったため、店を知れたのは幸運だ。

店の隅のイートインスペースで、買ったものをいただく。小麦の甘さに、サーモンの塩気が最高に合う。ペストリーも、チェリーが瑞々しくて美味しい。こんな時ばかりは、彼を連れて来られないのがもったいないと思ってしまう。彼は元人間の吸血鬼なだけあって、栄養にはならないのに人間の食べ物が好きだ。


 親子に別れを告げ、大荷物を持って帰る。帰路も長い登り坂だが、もう歩き慣れたものだ。人生の方がよっぽど歩きづらいさ。

 家の扉の先には、温かい日常と彼の笑顔が待っていた。彼への土産の髪の束(三つ編みにして、シンプルなリボンがつけてあった)を見せる。彼は飛び回り、髪を振り乱して喜んでいる。そして……ふと思いついたように言った。

「髪は寝床に置こうかと思ったけど、くしゃくしゃにならないか心配だな」

「なら、箱のまま飾っておいてあげよう」

 そのまま暖炉脇のテーブルへ。彼の特等席の横だ。彼はニコニコと眺めては、こちらを見上げて嬉しそうにする。

「いい男だなぁ、やっぱり」

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