第15話 猫

 その日は、恵みの雨。しかし、持病を抱える者たちには厄介な現象でもある……彼、アレクセイもその一人であり、今日はほとんど喋らず動かない。アルネが騒がないから大丈夫かとは思うが……心配にはなる。

 温室での作業も昼までで終わりだ。薔薇を摘みに行き、花瓶に生ける。

「アルネ、彼の食事の時間なのだが……起こしてもかまわないかね」

 彼女はチチ、と鳴いて、彼を取り巻く覆いをずらした。満月の瞳は閉じられ、眉根を寄せている。

 わたしは薔薇を3本ほどつかみ、彼の元へ。かがみ込んで中に声をかける。

「アレクセイ、きみ、食べられそうかい」

 少しの沈黙。猫のように暗闇を見通す目が開き、弱々しく細められた。頷くと痛みがひどいのだろう、「うん……」とかすかに返事をするので顔の前に持っていってやる。すん、といつもより浅い呼吸が聞こえて、花が萎れた。

「わたしも午後は暇になってしまったよ。皆一緒に昼寝でもするかい」

 そう提案すると、彼は嬉しそうにする。アルネがわたしの肩に留まった。覆いをあげて、彼を抱き上げる。寝室への階段を、極力揺らさないようゆっくりのぼり、一緒に寝床に入った。アルネのお嬢さんはいつのまに肩から飛び立ち、わたしの服を敷き詰めてある主人の寝床に入ったようだ。彼は……毛布で覆えるように、胸元にいてもらうか。横たえると、笑みを浮かべて目を閉じる。

「君の体温は、万病に効く特効薬さ……」

「そりゃあ嬉しいね」

 彼の頭部だって冷たいわけではないので、お互いに心地よく暖かい。暇を持て余すかと思えば、あっという間に寝てしまっていた。


 起きると、他の家族はまだ寝ている。彼を起こさないようにとそっと毛布をめくると、とろけきった顔がそこにあった。暖炉の前の猫みたいだ。身体がついていたら、さぞかし伸びやかに寝ていただろう。眺めていると、彼が目を覚ましたらしい、伸びをする(どこが伸びているのかは分からないが)声が聞こえた。

「腹が減ったなぁ」

 何を言うかと思えば、そんな自由なところも本当に。

「猫っぽいね、きみは」

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