第14話 月
「こうして首だけになると、殊更頭痛が堪えるよ」
羅紗を張った縄張りの上に、眉根を寄せた頭がひとつ。こちらを一瞥もせず言い放つが、声の弱々しさが彼の受ける責苦を物語っていた。
「古傷は痛むと言うが、首は痛まんのかね」
わたしは純粋な興味から尋ねてみた。が、彼は浮かぬ顔のままだ。
「そんなものは毎時毎秒だから、勘定に入れないのさ」
お気の毒さま。そう呟いて、彼に鳥籠のような籠(元はランプシェードだったもの)と、天鵞絨の覆いをかけてやる。空気穴の隙間も忘れずに。彼はまたも弱々しく礼を言って、満月色の瞳を柔らかく細めた。
彼が頭痛持ちと知ったのは、共に住み始めて半年ほど経った頃だろうか。一言でいうなら、元気がなかった。普段のお喋りやら、よく動く表情もなく、ボーっと一点を見つめているだけ。おかしいと思って声をかけるもはぐらかされる。そんなやりとりを3回ほど繰り返したのち、しぶしぶ語られたのが頭痛の存在だったのだ。
人間みたいに薬で良くなるわけでもないかとあたふたしていると、彼が言った。
「もしよかったらなんだが、暗いところに置いてみてくれないかな……覆いをかけるくらいでいいんだ」
その時かけられるものを思いつかなかったわたしは、彼を自分の腹の上に置き、着ていたカーディガンを脱いでかけてみた。
物音一つ立てなくなった彼。中を覗くと光が入ってしまうから、そのまま置いておいた。しばらくして、わたしが暖炉の温度にうとうととし始めた時。彼の「もういいよ、ありがとう」が耳に届いて覚醒する。
「大丈夫かい」
「ああ、元気になったよ」
彼はすっきりした顔で笑った。
その時はひと安心と胸を撫で下ろしたが、思えば彼をテーブルに置いたまま上から覆えばよかったのではないか?と今になって思う。
わたしもその頃から、彼を憎からず思っていたのだと思うと、なんとも言えない気持ちになった。
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