第29話 答え

 今日はわたしの誕生日。ささやかなご馳走を用意し、あまり平素は飲まない酒も注いだ。プラムが原料の蒸留酒。アレクセイはこれをとても好んでいる。ねだられた時にショットグラス半分ほど、口に運んでやるだけだが。それ以上は酔い潰れてしまうらしい。

 さぁ宴だと言う時、玄関のベルが鳴った。念のためアレクセイを隠し、ドアを開ける。そこにいたのはメルティアードだった。美しく着飾り、左手にはプレゼントの大きな箱。

「こんばんは。今日がお誕生日と聞いていたもので……突然で申し訳ありません」

 もちろん、喜んで迎え入れた。ご馳走がはけて助かる。彼を部屋に招き、アレクセイを出す。和やかに挨拶しているのを見てなんとなくホッとした。

 賑やかな食卓。二人から吸血鬼について沢山の話を聞くことができた。力の強さが異なれば、出来ることも異なること。メルティアードはこの間見せてくれたように、コウモリや霧に化けて移動したり出来るらしい。また力も人間より強く、見た目からは想像できないほどの荷物を持ち上げるらしい。アレクセイは、吸血鬼としての力は弱いものの、信仰を持たないため『聖なるもの』が効かないという利点があった。

「腕力なら私も自信があったけどな!今となっては過去の栄光さ」

 カラカラと笑って言う。それでも、一抹の寂しさは拭えなかった。


「そろそろ、プレゼントの時間にしますか」

 メルティアードがグラスを干して言う。食卓はほぼ空になっているし、そうだな。頃合いだろう。

「まずはこれを」

 小さな包みを取り出したメルティアードが、アレクセイの手前にそれを置く。不思議に思って眺めていると、アレクセイがこちらを見ながら優しい顔をした。

「これは私から、君へだよ」

 驚いた。メルティアードにことづけて用意したのか。笑顔が溢れてくる。ゆっくりと包みを持ち上げ、開封した。出てきたのは、白と赤の絹糸を撚ったブレスレット。白い部分、これは……人毛?

「私の髪の毛だよ。……悪いモノからの守りになる」

 わたしは、アルネのお嬢さんから拝借したリボンについて思い出した。彼が「持たせてよかった」と言っていたことも。

「ありがとう……汚してしまわないように気をつけるね」

 彼は誇らしげにしている。お互いの一部を身につけているというのは、なかなか照れくさい。

「次は僕からです」

 そうメルティアードが言った。包みを抱えると、なかなか重い。こちらもゆっくり開封する。出てきたのは首部分が平らなトルソーと……マント?

「僕は、というか古い家柄の吸血鬼は、裁縫が得意なことが多いんですよ」

 そういいながら、マントを取って私に差し出す。着てみると、丈もいい感じにフィットした。アレクセイが息を呑む。

「なんて綺麗なんだ……」

 照れ臭くて笑ってしまう。アレクセイがその表情すら見ては嬉しそうにするので、心が暖かかった。今の時期着るのにちょうどいいものをもらったな。

「ありがとう、着させてもらうよ」

 アレクセイはトルソーが気になるらしい。首のところに乗れたら、在りし日の面影を感じられそうだ。彼を抱えてトルソーに置いてみる。

「なんだか懐かしい景色だよ、目線が……」

 その場の全員がにっこりと笑う。髪を整えてやり、メルティアードとアルネも入れて写真を撮った。今日の記念だ。


 さぁ、本題だ。わたしは咳払いをした。

「アレクセイ、きみに言わなきゃいけないことがある」

 彼は驚き……そしてちょっと寂しげに笑った。

「考えてくれたんだね。でもやっぱり……」

「4年後の誕生日。きみにわたしの人生をあげる」

 70歳の節目。そこまで人として生きられたら、もういいだろう。人を捨て、永遠に彼と生きる。その決心がついた。

 意味が分かったアレクセイが、わたしの胸に飛び込んできた。今までにないほど、ぐしゃぐしゃに泣いている。

「でも社会は……仕事は……っ」

「この街で生きる吸血鬼がサポートしてくれるらしいからね。なんでもやってみればいい」

 メルティアードがうんうんと頷く。アレクセイは更に声を上げて泣き、アルネとメルティアードが目を見合わせて苦笑していた。夜は更けていく。

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