#novel首塚 「永遠の話をしよう」

柳楽やぎお

第1話 むかしばなし

 よく晴れた秋の日だった。夕暮れの色は深く、風が朗々と鳴って、窓を揺らす。暖炉の火を見つめていたわたしに、「彼」が声をかけた。

「随分と歳をとった」

 横を見て苦笑いをする。

「きみたち吸血鬼のように長命でないからね」

「彼」とは、わたしの友。かれこれ二十年は共に暮らす良きパートナーであり、朗らかに喋る「頭部だけの」吸血鬼だ。


 彼との出会いは、幼少期にまで遡る。かたや、教育熱心な親の苛烈な折檻で、痛めつけられた挙句裏庭に投げ出された少年のわたし。かたや、血の匂いにつられて参上した、腹を空かせた吸血鬼の「彼」だった。

「こんばんは。……怪我をしてるのかい?」

 猫のように爛々と、暗闇の中で輝く瞳。そんなモノ、絶対に関わってはいけない存在だと、今なら分かる。

 けれどその時のわたしは限界だった。初めてわたしを追い立て、詰め寄らない大人を見て、感情がないまぜになるまま縋り付いてしまったのだ。彼はそれを嘲笑わなかった。

「さあ、傷口を見せてごらん」

 優しく、言い聞かせるような声。わたしは、血が流れるほど鞭打たれた背中を晒した。傷を指で辿り、ひと舐めしてから。彼は傷口に吸いつく。

 その瞬間、わたしはあることを思い出した。近頃話題の、吸血鬼の噂話……人の首に牙を立て、血を吸い尽くしてしまうと。しかし、それは事実ではなかったようだ。

 彼は無数の傷ひとつひとつに、口付けでも落とすように血を吸った。時間が流れるのがひどくゆっくりで、実際時間がかかったのだろう、途中で彼は自分のショールを首に巻いてくれた。

 朝焼けが梢を照らす頃、彼がわたしの服を下ろして、身なりを整えてくれる。

「そのショールはあげよう。そこの木のウロに隠しておくといい。これから寒くなるからね」

 見上げるような男を前に、頷いた。彼は裏庭の柵を越え、普通に歩いて去って行った。


 それから四十年。奇跡の再会の時、彼は体を失っていた。たまたま親の資産整理で生家を訪れた折、首だけがゴミ捨て場に落ちていたのだ。それまでに何があったのかは未だに教えてくれないが、首の焼け焦げたような断面を見るに、耐え難い思いをしたのだろう。

 わたしは彼を拾い、こっそりと荷物に入れ、自分の血を与えて生き延びさせた。それを誰にも言わないまま、二十年が経とうとしている。

「わたしが死んだら、きみのことをどうしようか。行くあてはあるのかい」

 控えめに尋ねるが、彼は朗らかに笑うだけ。

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