第42話 ライ麦畑でぶった斬る その2

「えーと。そちらは初めての方ですか?」


 男性職員が僕の方を見ながら聞いてきた。その問いに対しては僕が口を開く前にホリィさんが答えてくれた。


「ハンブルさんは初めてか。この人が"SDGs"の新メンバーのヒデンさん」


「あー、あの噂の」


 どの噂の?


「初めまして、ヒデン=オーツです。4人目のSDGsです。本日はよろしくお願いします」


「これはご丁寧に。私はハンブル=チュウソンと申します。今回こちらの現場の管理実務を担当させていただいてます。よろしくお願いいたします」


 お互いに会釈を交わす。初対面の挨拶はしっかりとね。


「じゃあ、SDGsの皆さんは「レ」「ロ」「ヱ」「ヲ」当たりの哨戒と刈り取りの手伝いをお願いします」


「わかりました。じゃあ、ホリィまたあとで」


「行ってらっしゃい。ご安全に!」


 "ご安全に"とは前世でも建設現場や工場で使われていた言葉で、"今日も一日事故なく怪我なく頑張りましょう"という挨拶だ。


 "麦の収穫ってそんな危険だったっけ"と思ったが、この依頼は〈不の付く災〉が出現する可能性のある仕事だったのを思い出した。お互いに怪我がないようにと返事をする。


「ご安全に!」


 【ヴィノ】に乗り、指定された区画まで移動する。そこではすでに何人かの農家の方がいらっしゃって、刈り取りを始めていた。


 麦の収穫は当然農家の仕事ではある。しかし、この穀倉地帯には〈不の付く災〉が出やすく対処の出来ない人だけでの作業は危険だ。


 だから領主が、"なろうワーク"に農家の護衛と刈り取りの手伝いを依頼している。正直言って報酬は安いのだが、最低限黒字にはなる。


 それに、周りにたくさんの"なろうワーカー"がいるため、厄介な〈不の付く災〉が出ても連携を取ってみんなで対処できる。そのため死ぬような危険な目に合うことは少なく、駆け出しの"不対免許"持ち"なろうワーカー"達には人気の依頼らしい。


 とはいえ、駆け出しチームばかりだとバランスが悪いということもあり、中堅やベテランの人たちも募集される。そして、先ほどのように"なろうワーク"側でバランスを考えて配置を決めて、割り振りを行っている。


 基本的には麦畑地域の内側には初心者を、外縁には経験の豊富な人たちを配置する。〈不の付く災〉は外側から襲ってくることが多いためだ。


 SDGsは年齢の若いメンバーで構成されたチームではあるが、みんな高い《着力きりょく》を持っていて、戦闘力が高いため、外側の区域に配置された。


「こんにちはー」


「こりゃまた、可愛らしいお嬢さん方だ。よろしくお願いね」


 数人の農家のおばちゃんと挨拶を交わし、さっそく作業に取り掛かる。


 さて、今日も頑張って働くぞっ



《》 《》 《》 《》 《》



 僕は鎌を手に麦刈りを行う準備を整えた。恥ずかしながら、麦刈りは初めてなので、そのことを伝えると「こうやるんだよ」とおばちゃんが手本を見せてくれた。


 さっそく僕もトライする。左手で麦の茎を何本かまとめて握り、右手の刃を茎に当て、見よう見まねで引いてみる。切れ味鋭く、シャカシャカという音を立てながら茎が分離していく。おおー、切れた。


 前世も含めて初めての経験だったせいか、嬉しくて、オリカやニイに声をかけようと後ろを振り向く。すると、すでに【スプラッシュナイト】に着替えていたニイが【大橙刀だいだいだいとう ニギリ】を振るっていた。


二指覇刃閃にしはじんせん!」


 ニイが【ニギリ】を一閃するとニイを中心に半径二メートル範囲内の麦が一度に刈られ、宙に舞った。


「よっと、『フローウインド』」


 【ナイチンゲール】を着たオリカが刈られた麦を風を使って器用に並べていく。僕が手を使って鎌で刈るより数十倍効率がいいなこれ。


「どうしたの? ヒデンでん」


 オリカがそう言ってこっちを向いた。


「ナンデモナイデス」


 二人の作業を見ていた僕は、はしゃいだ割に仕事量の少ない自分が急にものすごーく恥ずかしくなり、左手の麦束を体の後ろに隠して、右手を振ってごまかすしかなかった。



《》 《》 《》 《》 《》



 刈り取り作業ではいい所のなかった僕だが、実をいうとその後は大いに役に立つことができたのだ。


 麦の刈り取り後は"はぜかけ"という作業を行う。"はぜかけ"は茎の根元から刈り取った麦を根元付近で束ねて、物干しざおのように渡した木にかける作業だ。そうやって天日干しを行い、穀物の水分量を調整する。すると保存に有利になり、うまみも凝縮するのだ。


 前世では刈り取ったらすぐ脱穀する"コンバイン"という機械を使って収穫し、脱穀した粒を別の乾燥用機械で乾燥させるのが一般的だった。しかし、『ドレサース』ではそこまで機械が発達しておらず、"はぜかけ"が行われている。


 "はぜかけ"のためには麦を束ねる必要がある。"束ねる"といえば、そう! オミとの木こり時代に身につけた『円環サークル』で枝を束ねる技が大いに活かせるのである。


 そうして、ニイが刈り、オリカがそろえ、僕が束ねるという役割分担ができたのだ。農家の人も驚くスピードで作業をこなしていく。


「うわあ、今までで一番早いよ」「オレンジのお嬢ちゃん、うちにお嫁に来ないかい」


「あ、う、え……」「作業がとまってるよニイちゃん」


「ニイちゃん? こんなナリなのに男の子だったのかい? ごめんねえ。おばちゃん勘違いしちゃってて、かわいいんだもんその《ドレス》。偏見は良くないねえ」


「い、いえ…… ありがとうございます」


 自己紹介は挨拶の時にしたはずだが、盛大に勘違いされた。名前忘れてるな。


 まあ、ニイの男の疑惑については都合がよいのでそのままにしておいた。ニイもまだ嫁に行くつもりはないだろうしね。


 夏前の日差しの中、会話を弾ませ笑顔も交えて作業を続けていく。汗すらも気持ちいい。この依頼SDGsにピッタリじゃない? 来年も受けたいね。


 〈不の付く災〉のことを考えたら効率よく作業できるチームがいるのは農家の人もうれしいだろうし。


 そういえば、この辺に出やすい〈不の付く災〉達については事前に確認を取っている。油断しないようにしないとな。


 そのうちの一種類については聞いた時にその特徴に少し驚かされた。嫌なやつだよなあ。


 そんな事を考えていると、中ほどの区域の方が騒がしくなった……おいでなさったな。気を引き締めなくては。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る