第3話 転生者は《裸族》

 前世の最期で俺は車にはねられたらしい。


 らしいというのは、ショックで記憶が飛んだようで、その前後の状況が思い出せないからだ。


  ぼーっとしていたのか、ひかれそうになった犬か女の子を助けようとして車の前に飛び出してしまったのか。


 なるべくなら、かっこいいほうの状況であってほしいけど、これまでの人生のことを考えるとそんなことはなさそうだな。


  ただまあ、なんとなく"車にはねられて死んだ"であろうという感じはする。今がどういう状況なのかは分からないが、考えることはできているのでいったん自分のプロフィールを整理してみる。


 男性、独身、中肉中背、取り立てて容姿がいいわけではなく、外見的にはあまり特徴のない人間といえるだろう。


 秩序か混沌かの属性はどうだったか。


 がちがちにルールを守る堅物でもなく、かといって社会やルールに反発する荒くれた不良やアウトローではない。


 なるべ五分前行動を心がけるが、多少の遅刻はしてしまったり、急いでいるときには、わかっていてもついつい横断歩道のないところを渡ってしまったりする小市民だ。


 意識や思考はある程度はっきりしていることが分かったので、今度は自分以外のところに目を向けてみる。


 周りを見渡すと真っ白い地面と青い空がどこまでも続いている。


 なんの音も、匂いもなく、風も感じない。


 俺の服装は、気晴らしにちょっと出かけようとして着ていた外出用の普段着のままだ。


 三途の川とか天国への門みたいな死後の世界の映像は、これまで物語や映画なんかで見てきたが、それとはイメージが異なる。


 でも、ここが死後の世界だというのは直感的に感じられた。


「あの〜」


 何もないところから声がして、その後、目の前にいわゆる【女神】と呼べそうな女性の姿が浮かび上がってきた。


 マンガやゲームでよく見る天照大御神のような太陽を模した飾りの付いた冠が目に付いた。


 肩より伸びた艶のある黒髪と和風美人と言える顔立ちをしている。着ているものもなんというか羽衣のような神様っぽい形状をしていた。


 柔らかい雰囲気を漂わせた人という印象だ。


「お話させてもらってよろしいでしょうか」


 女性がふわっと微笑みながら話しかけてくる。声も心地よく、おかげで焦りや緊張が少しほぐれる。


 ちょっとワクワクしてきたぞ。あれか? あれなのか?


「こちらも状況が知りたいし、お願いします」


「分かりました。それではまずは自己紹介からさせてもらいますね。私の名前はリツといいます。あなたに分かりやすい概念で言うと【女神】です」


 印象通りだ。そうなるとここは先ほど感じた通り死後の世界ということか。死んだのは残念だが、この状況からこの先の展開をなんとなく想像した。こちらも自己紹介を返し、先を促す。


「最初にこちらの希望を言いますと、私の管理する世界に来ていただきたいのです」


「いわゆる転生とか転移ってやつですか」


「やはり日本の方はその辺りの理解が早くて助かります」


 想像通りだった。ヨシ! いかんいかん浮ついてないで聞くことは聞かないと。


「俺が選ばれた理由とかあるんでしょうか。自分で言うのも何ですが、特に意志が強いわけでも、力が強いわけでもないですし…… 勇者になって魔王を倒して欲しいなんて言われたら、いくらチートな能力を頂いても俺には無理ですよ」


 殴り合いのケンカもしたことがないのだ。人を傷つける行為にも忌避感がある。いくら強くなっても殺し合いなど出来るわけがない。


「いえいえ、そんなことをしてもらおうとは思っていません。あなたに期待しているのは《枠力》です」


「わくりょく?」


 生まれて初めて聞く単語に戸惑ってオウム返しで聞き返してしまった。


「《枠力わくりょく》というのは"枠を外れない力"です。こちらの世界ドレサースは地球のある世界と違って、まだ、安定してなくて未完成なんですよ。それを安定させるために、《枠力わくりょく》の高い人を招いて協力してもらっています」


 んん? よくわからない点がいくつもある。ひとつずつ解消していこうか。


「枠を外れない力ってどういうものか、やっぱりよく分からないんですが」


「これまでのあなたの生活を思い出してください。小学校からほぼ無遅刻無欠席な学生生活を送り、宿題や課題もほぼきちんとしてきた。仕事もほぼほぼ真面目に取り組み、大きな犯罪も犯さずに生きてきた。そうではありませんか?」


「ほぼ」多いな。まあ、その通りなんだけど、なんとなく『平々凡々なつまらない人生を過ごしてますね』と言われているようで少しムッとしてしまう。


 それが顔に出たのか、慌てた様子でリツが謝罪してきた。


「すみません。嫌な気分にさせるつもりはなかったんです。人生は、その人その人の千差万別な物語、自分が主人公の物語、それぞれの素晴らしさがあります」


「なんか後付けで取り繕おうとしてませんか?」


「本当にそう思っていますよ。好きな女性に対して踏み込むのを躊躇していたらほかの人と付き合い始めてしまって、「なんで俺はあの時少しの勇気を出せなかったんだ」なんて枕を濡らす人の物語とか。切ない」


「テンプレですね」


「電車で腹痛を起こして、我慢して我慢して、駅についた途端に内股で小走りに走り出して、ギリギリトイレに間に合った人の物語とか。あれはスリリングでした」


「あるあるな情景ですね」


「あるいは、「枠にはまりすぎててつまんない」とふられたり……」


「はいダウト! それ、俺のことでしょ!」


 かぶせ気味にリツの言葉を遮る。


 全てをわかられている気恥ずかしさと出歯亀女神に対する怒りで大きな声を出してしまう。リツはケラケラと笑いながら返してくる。


「いや、先ほどの三つくらいなら経験している人もそこそこいますよ…… まあ、あなたのことをしゃべってましたけど」


「やっぱりそうじゃないですか!」


 なんだコイツ、失礼な。この時点で【女神】に対する畏敬の気持ちはとっくになくなっていた。


「あはは、すみません。あなたのことでした。まあ、こういったテンプレとかあるあるとかお約束とか呼ばれる経験を過ごして来た人に備わるのが《枠力わくりょく》です。あるある力とかテンプレ力と呼んでもらっても構いませんよ。なんとなく理解していただけたでしょうか?」


「まあ、そうですね。うーん、でもそれなら《枠力わくりょく》が高い人ってたくさんいそうだ。さっきの質問と同じになりますけど、なんで俺なんですか?」


「くじ引きですね」


 コケッ、片膝を折ってよろめく。


「あ、そこはそうなんだ」


「そのリアクションも《枠力わくりょく》高めでいいですねえ」


「やかましい」


 気を取り直して、質問を続ける。


「じゃあ、次の質問ですけど、"世界を安定させるための協力"って具体的に何をすればいいんでしょうか」


「何もしなくていいですよ。単に暮らしていただくだけでいいんです。それだけであなたの《枠力わくりょく》が世界を安定させてくれます」


 そんな無理難題を言われるかと思ったら、拍子抜けした。


「あ、それくらいでいいなら喜んでやりますよ。まだ、生きていたいですし」


「ありがとうございます!」


 リツは胸の前で手のひらを組んで、嬉しそうにほほ笑んだ。


「では早速……」


「ちょちょちょちょっと待ってくださいよ」


 このまま進められそうになってしまって驚いてリツを止める。


「送られる世界、その、『ドレサース』でしたっけ、そこのことについて教えてくださいよ」


「あ、そうでしたね」


 そこから着力きりょくや《ドレス》についての説明を受けた。


「おおー、面白そうですねえ、俺はどんな能力をもらえるんですか?」


「あー、それが、着力きりょくのないあなたには《ドレス》は使えないんですよ」


 んんん? まさか?


「え? じゃあそんな超能力者だらけの世界に、裸で放りだされるってことですか?」


「あ、裸で放りだされるって、もしかして知ってましたか? これまで行っていただいた転生者の方は着力きりょくがないので向こうで《裸族》って呼ばれてるんですよ。じゃあ行きますか」


「待って待って、強引だな、この人! ほんとに何もなしで行かされんの?」


「何かあったほうがいいですか?」


「いや、そりゃそうでしょう! 周りの人はみんな俺より優れてるってイヤですよ!」


「まあ、それもそうですよね、じゃあ、なんとかできそうな人を呼びましょうか。オミ~」


 リツが呼ぶと、ずんぐりマッチョで無精髭と浅黒い肌をもつオヤジがニカッと笑いながら虚空から姿を現した。


 おいおいおいおい、俺どうなるの?

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