第26話 水回り掃除の達人 その2
「よっしゃ、仕事の準備や。《ドレス》着ようや、ユタン」「オッケー兄ちゃん」
「「【ウェイブウェイダー】!」」
ゴシン、ユタンの二人が同時にドレスを着用する。同じドレスとは本当に似た者兄弟だ。
最初に、二人の左手にラバー軍手のようなものが現れ、続いて、太腿まで覆われたゴム長靴型の《ドレス》が発現した。
《ドレス》を着用した二人は、そのままなんでもないことのように水面に向かって歩いていく。一瞬驚いたが、そのまま沈まずに水路を進んでいった。
「おおー、水に浮くのが二人の《ドレス》能力?」
「そんな感じや。こんなこともできるで」
ユタンがそういいながら、肩口の方向に顔を向けた。そしてサーフボードに乗っているかのように水面を滑り始める。
これはすごい。スピードもかなりのもので、水路を見回るにはかなり使いやすい能力のように思う。
彼ら兄弟は僕に対して気安い言葉で接してくれている。二人が姐さんと慕うオリカの連れてきた人物ということで信用してくれたみたいだ。オリカと知り合えてほんとによかったなあ。
「さてと、初めてする仕事だし、仕事場を確認しようかな」
僕は【ウェイブウェイダー】の能力を披露しているユタンを見ながら、これから進むことになる水路の様子を確認した。
水路の両脇には歩道があり、徒歩でも移動に問題はない。ただし、全体的にジメジメと湿っているため滑りやすくなっており、歩く際には注意が必要だ。
ここに灯りはないが、ところどころ上部に空気孔があり、少しの光は入ってくる。とはいえ明るくはない。
そこで、普段ゴシンとユタンの兄弟は松明を使用しているらしい。何か有害なガスが発せられていれば、松明が消えてわかるため、その面でも重宝しているようだ。
こういった実状の水路に対して、オリカの【ヴィノ】ならば足元を気にせずに掃除人兄弟と同じように移動でき、トーの『ライト』は松明よりも通路を明るく照らすことができる。つまり、この依頼と"SDGs"の能力は相性がいいのだ。去年も依頼を受けたようだ。
僕はというと軟体生物であるスライムに対して《枠》による拘束は効かないし、始める前から足手まといになりそうなのはわかっていた。
ただ、スライムは弱く、〈不化〉したとしても【枠枠連棍】で核をたたけばすぐ倒せるらしい。そのため、あまり危険はないだろうということで随伴させてもらっている。
「ほんなら行くで」
さて、それじゃ仕事を始めようか。僕たち三人もそれぞれ《ドレス》とニセ《ドレス》を纏う。
「【ナイチンゲール】」「【ビートマスター】」「【フレームワーク】」
今日は町内に点在しているピットまとまりの一つである"D組"を掃除する予定だ。依頼中は"D組"ピットには汚水を流れ込ませないように調整を行っており、ピットや道中の水路の水位を下げている。
早速オリカの【ヴィノ】にトーと僕を合わせた三人で乗り、掃除人兄弟と移動を開始した。周りの様子も確認しながら進む。迷路のようになっている水路を、兄弟が先導してくまなく見回っていく。
「お、出てきとる。〈不化〉はしてへんみたいやな」
ゴシンが指差す方向に、スライムが三匹ほど集まっていた。〈不化〉はしてないということで、通り過ぎる。
言葉で説明は受けていたが、実はスライムを初めて見るので通過しながら観察する。
形は雪見大福や肉まんに似ている。大きさは直径三十センチメートル程度で、色は無色透明だ。中央に水色で出来た直径五センチメートルほどの玉がある。あれが"核"なんだろう。
触ってないので、硬さは分からないが、ぷるぷると震える様子はゼリーを思わせる。コレが汚れを浄化してくれるんだから便利なもんだ。頼りにしてます。
「あの子達が汚れをきれいにしてくれてるんだね。ありがたや」
「大人しいし、役に立つし、ある程度賢いからペットとして飼っている人も多いよ」
そうして、水路を見回って行ったが、特に異常はなかった。浄化後のエリアのため、水もきれいで匂いもなく快適だ。
「そう言えば、そのスライムの溜まったピット上流の水路はどうやって掃除してるの?」
「各家庭の排水口からスライムを定期的に入れている。そうするとスライムがピットまでの配管を綺麗にしてくれるわけだ。スライムを捕獲する仕事もあるぞ」
トーが答えてくれた。
「なるほどね。ピット上流はこっち側より汚いのか、行きたくないなあ。上流側って餌は豊富だし、増えすぎたりはしないの?」
「最大量でピット床の二割程度を占めるくらいまでしか見たことがないな。町の人口も安定しているし、餌の量がおおよそ決まっているので過度に増えることはあまりないだろう」
「"あまり"?」
「何事も例外や突発的に起こる不具合はあるということだ」
うわー。そのセリフはかなり《枠力》高め《フラグ》だよね。
それから"D組"中で一番下流にある"D-5"ピットまで移動した。その時目にしたのは、スライムたちをピットから逃がさないようにするために張ってある網の所にみっちりとスライムが詰まっている様子だった。
「これはひょっとして、ひょっとしない?」
そのあと梯子を上って、上からピットを除くと底面がスライムで満たされていた。うーん、フラグ回収っぽいね。
ピットの大きさについて話をすると、一つのピットで小学校の体育館ほどのサイズがある。そして体育館二階部分の外周に設置されている廊下と全く同じような廊下がある。今ピットを覗きこんでいるのはこの廊下部分からだ。
普段のピットは水で満たされているが、今は掃除のために水を抜いている。その床部分に隙間なくスライムが詰まっているわけだ。なんなら何段か上に重なっているところもあるくらいだ。
つい、さっきのセリフを言ったトーに向けて愚痴ってしまう。
「あー。今"例外や突発的に起こる不具合"とやらが起きてる?」
「そのようだな。まあ、あることだ」
よーく見ると核の部分に〈不スラ〉という文字が見える。〈不化〉しているようだ。一度、今後の予定を確認しておいたほうがいいんじゃないかと思ったが、相談より先に掃除人兄弟が飛び出して行った。
「心配ないやろ、あれくらい。いくでユタン!」
「分かった! 兄ちゃん!」
わー。これからどうなるの? 悪い予感しかしないぞ。
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