第4話 能力の名は【フレームワーク】

「最初にいうとくが、簡単に《力》が手にはいるたぁ思わんことじゃ」


 おっさんの第一声がそれだった。


 パッと見た印象は"濃い"人だ。顔も眉毛も体毛も、太く、濃かった。多分人柄も濃いんだろうなあ。


「ワシゃぁオミいうもんじゃ。とりあえず、おみゃぁの修行をみちゃらぁ」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


「あと、誤解しとるかもしれんが、向こうの人間も全員が全員強い《力》を持っとるわけじゃぁないど。【ラガーシャツ】!」


 オミが怒鳴ると、肩当て、アームカバー、手甲が現れた。


「うわ、すごい。これが《ドレス》ですか?」


「おう。まあの…… 気づくこたぁなぁか?」


「全身を覆うわけじゃないんですね」


「ほうじゃな、ワシの《ドレス》はそうじゃ。《ドレス》の大きさは着力きりょくによって変わるんじゃ」


 ふむふむ。


「ワシはこれぐらいじゃが、これでもまあ、向こうでは大きい方じゃ。ほとんどの人間は手袋とか指輪程度の《ドレス》じゃのぉ」


「へえ、さっき言ってた能力の強さもそれで違いがあったりするんですか?」


「ほうじゃ。《ドレス》が小さい人間は、例えば風の能力じゃったら手で扇いだくらいの風しか出んし、土の能力じゃったらこぶし程度の盛り上がりが作れるぐらいじゃ。もちろん、反対に全身を覆うような大きさの《ドレス》の人間もおる」


 おっと、良かった。俺だけめっちゃ不便な生活を強いられるのかと思ったぞ。


「なるほど。じゃあ、着力きりょくがなくても特に生活には問題があったり、劣等感を感じるようなことはなさそうですね」


「まあ、ほうじゃの。着力きりょくがゼロいう人間もおらんし、普段から《ドレス》出しとるわけでもなぁしの。でどうするんな? 別に能力がのぉてもいけようが」


「でも今までのリツさんやオミさんの口ぶりからすると、俺もなにかしらの能力は持てるんですよね」


 なにかできるようになるなら、その能力は手に入れておきたい。前世ではできなかったことだしね。


 この質問にはリツが答えてくれた。


「はい。《枠力わくりょく》に優れたあなたの能力は…… "《枠》作り"です」


「んんん? "《枠》作り"ぃ?」


 また聞いたことない単語だぞ。


 字面から考えられる能力としては二つパターンが考えられるな。一つは物理的に額縁や柵みたいな《枠》を作る能力、一つは社会の枠とかスキームや仕組みといった概念的な《枠》を作る能力だ。


 後者の方は使いこなすのが難しそうだけど、何だかかっこよさそうだぞ。さあ、どっちだ?


「額縁や柵みたいな《枠》を作れます」


 あー、そっちかあ。後者の方が強そうだったんだけどなあ。少し肩を落とす。いやいやそっちでもかなりすごいんじゃないか? やるしかないだろう!


「是非身につけたいです!」


「ほんなら早速始めるか。リツ、家を頼まぁ」


「はいはい」


 リツが手を横にかざすと、そちらに家が出現した。二階建てで、多分四つか五つ部屋がありそうな、ちょうど三人くらいの家族が暮らせるくらいの大きさだ。


 状況的にリツが出したのだろう。流石女神だ。


「えーと、何が始まるんですか?」


「最初に言うたじゃろ、《力》は簡単には手に入らん。修行じゃ」


「え? ここで? 暮らしながらってことですか?」


「心配せんでもええ。リツのメシはうまい」


 いやそういうことじゃないんだけど!


「オミさんが教えてくれるんですか? リツさんでお願いしたいんですけど。「家」を出しましたし、《枠》出す方法も知ってそうじゃないですか。なんならちょちょいと能力付与してもらうこともできるんじゃないですか?」


「そういう手出しはしないことにしてるんですよ。やっぱり神様があまり干渉するのもよくないと思って」


 にっこりと微笑みながらリツが言う。表面的には笑っているが、これ以上有無は言わせないという謎の圧力を感じる。


「えー。転生してほしいと頼んできたのはそっちじゃないですかあ」


「ごちゃごちゃいうとらんで、やるど」


 オミに襟首をつかまれて連れていかれながら、「あれ? これ今更やっぱりやめますって言えない感じ?」とか考えていた。


 こうして何をどうやったら能力が手に入るのか何の説明もないまま、三人生活と修行? が始まった。



《》 《》 《》 《》 《》



●修行初期


 畑仕事やマキ割りなどを行いながら筋トレや走り込みも行う。汗臭え。こんなに汗かくことは最近なかったな。


「あっちの世界は地球ほど文明が進んどらんけぇ、体使った仕事も教えていくど、よう覚えとけ! 体もよう使うど! 鍛えとかんと生活できんど!」


●修行中期


 初期と同じことをしながらリツの出した大小さまざま、形さまざまな《枠》を触り、感じる。


 硬貨程の大きさの丸い枠を見て、触って、においをかぐ。また、東京ドームくらいの外周と高さを持つ四角形の枠については外周を触りながらマラソンしたり、全身をくっつけてみたりする。 


「五感じゃ、見て聞いて嗅いで触って味わえ!」


「《枠》を理解せぇ」


 全然わからん。理解とはどういうことだ。そもそもあなたも《枠》出せないじゃん。いるよね教えるのが感覚的すぎる人。


●修行後期


 どれくらい時間が経ったのか感覚がわからない。オミやリツとはもう家族同然に暮らしている。


 いつまで続くんだと不安になってきたが、急に《枠》をイメージできるようになった。ようやく感覚がオミとリツに染まってきたのか。


 自分の体に沿った形だとイメージしやすいことがわかり、手指で拳銃のハンドサインを作って、四角をイメージしたり、親指と人差し指で丸を作って(いわゆる「お金」のジェスチャー)丸をイメージしたりした。


 こうして、なんとなく《枠》のもとと呼ぶ状態を作れるようにはなった。ただ、まだ生成には至っていない。


●修行終期


 いつもと同じように《枠》の素から実物の生成に挑む。だが、生成される気配はこれっぽっちもない。


 ある時に気づいた。これまでは漫画のように体内の"気"を放出するイメージでやっていたが、俺は"気"なんか出したことない。


 そこで、自分の体から実際に出ているものを出すときをイメージする。涙、唾液、息。


 んー手や腕から出すものと言えば…… 汗だ。


 手汗をかきやすい体質だったし、初めて女の子と手をつないだ時のあの感じ。あれを思い出してやってみよう。


 《枠》の素から…… おりゃ! おおおお、出た! 《枠》だ! 額縁みたいな!


「おお、やったじゃなぁか。次は自在に出して、消せるように。その次はいろいろな形や大きさのやつも作れるように訓練じゃ」


「オッケー、やってやるぜ。ワクワクするな」


 一度成功したため、気持ちも高まる。0から1への変化は大きい。それからもたっぷり時間はかかったが、ある程度生成能力を磨き上げることができた。


 そうしていよいよ転生の準備が整った。


「二人ともいろいろありがとう」


「なあに、がんばったのはおみゃぁじゃ。けぇからも訓練は忘れなよ」


「ああ」


「そういやあ《ドレサース》じゃあ《ドレス》に名前を付けるもんなんじゃ。人につけてもらっても自分でつけてもええ。ワシは【ラガーシャツ】ってつけたわ。なんかその《枠》の力にも名前を付けたらどうなぁ」


「そうだなあ。俺はこれから《枠》生成能力を持ちながら、《ドレサース》で暮らし、働くんだから…… 名前は……………… 【フレームワーク】。 【フレームワーク】にするよ」


「"フレームワーク"って"5W1H"とかの考え方の"枠組み"のことですよね。"枠力"高めな発想ですねえ」


「"枠枠しい"のお」


「妙にしっくり来る造語を作るな! しょうがないだろ、そういう性分なんだから」


「さて《ドレサース》の言葉や文字とかは大丈夫なのかな。その辺いっさい勉強しなかったけど」


「それは大丈夫です。文字も言葉も日本語ですので。カタカナの外来語も古代言語という形で存在してます」


「その言語体系で混乱しないの? しかし、作ってもらった料理といい、リツってもしかして元日本人……」


「言語は日本語です」


「すごく、かぶせてくるな」


 何だかわからないが、今みたいな、話を聞かない感じのときはそっと流すのが賢明だと、暮らしていて分かった。


「じゃあ、そろそろ転生お願いするよ」


「はい。行きますよ」


 スっとリツから俺に向けて力が放出されたような感じがする。


 二人の姿が薄くなっていく。


「頑張ってください」


「またの」


 いよいよだ。不安もあるけどワクワクする方が勝ってるな。

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