第41話 ライ麦畑でぶった斬る その1
"《枠》斬れなかった事件”から数日後の朝、僕たちはゴールドゥの外にある丘に来ていた。丘に立って遠くを見やる。
雲一つない空、のぼり始めた太陽が大地を照らす。いい天気だ。夏までもうすぐだな。
見下ろすと一面黄金色に染まった麦畑が広がっていた。さわやかな風が麦の穂を押し流し、サーッと波打たせる。麦畑がまるで麦の海のようだ。
揺れる麦の穂を見ていると、聞こえる距離ではないのに互いにすれあうやわらかなさざめきが耳に届いてくるような気がする。
遠くには、帽子をかぶった人たちが見える。麦を刈っているのだろう。人を境に、黄金の穂と刈り取られた後の地面とに分かれているのがわかる。
なんて絵になる光景だ。トーがいれば、スケッチでもしただろうか。あいにく今回の依頼”麦収穫人になろう”にトーは同行していない。
「今パンはなるべく避けていてな。それに私は米の方が好きだ」
というのが理由だ。それについてはこんな話だった。
《》 《》 《》 《》 《》
ニイが僕の腰、僕がオリカの腰に手を回した三人乗りの【ヴィノ】は快調に走った。そして、僕たちに並走したトーと共に無事、混雑する前の”ナワ亭”食堂に到着した。
食事の時にはカレーパン話の続きで盛り上がった。
「私はなるべく普通のやつがいいなあ。家で作ったカレーのような普通さの」
「ニイちゃんはそういうのが好きだよね~。食べ飽きないのは確かだけど、スパイス系もおいしいよ」
「うーん、昔一度食べてあんまりしっくりこなかったんだよね。味覚変わったかもしれないし、また挑戦してみようかな」
「お、なんかチャレンジ精神が出てきた? いいねいいね。ヒデンでん効果かな?」
「うう、そんなんじゃないよ~」
うーん。僕もスタンダードな奴が好きだな。あのラグビーボールを平べったくしたようなやつ。ラグビーといえばオミとリツは元気にしてるかな。
そこまで来て、トーが会話に参加してないのに気付いた。話を振ってみる。
「トーはどんなカレーパンが好きなの?」
そこで返って来たのが、
「残念ながら、今パンはなるべく避けていてな。それに私は米の方が好きだ」
という回答だった。
「トーちゃんは今ちょっと小麦を食べるのやめてるんだよ。“小麦を食べるのをやめると体の調子がよくなる”って言いだした”なろうワーカー”がいてね。試しにみんなでやめてみたらトーちゃんにはてきめんに効き目があって」
グルテンフリーってやつだな。経験的にそういうのがわかる人がいるんだなあ。
僕が前世の知識を思い出していると、オリカが続けて話した。
「あ、そうか。食べるのやめたの最近だから忘れてたけど”麦収穫人になろう”も避けた方がいいかもね」
「なぜだ? アレルギーというほどのことはないから大丈夫だと思うが」
「いやいや、この間よく働いてくれたし、いい機会だよ。休んでおいて。あとは私とヒデンでんとニイちゃんでやっとくよ」
「僕も同じくらい働いてると思うんだけど」
「私もそうだよ。何? ニイちゃん一人にやらせる気? 人でなし!」
「ええー?」
ふふっ、これは冗談の口調だな。オリカとのやり取りを楽しんでいると、トーが気を使ったのか、行くと言い出した。
「やっぱり私も参加しようか?」
「「大丈夫! 休んどいてよ!」」
僕とオリカの声がハモった。お互い顔を見合わせる。そして、笑い合った。考えることが同じだったのが楽しく嬉しい。
「ふっ。息が合うな。二人の意見が一致したなら休ませてもらおうか。水路掃除の日は帰ったあとニイに色々世話を焼いてもらったし、今回は私が料理を作って待っていよう」
《》 《》 《》 《》 《》
そういうわけで今日、トーは参加してない。
「んーと、受付はどこかなー? あ、あそこの人が多いところかな? 行こう、みんな」
それまで遠くの景色に目を奪われていたが、近くに目を移すと、広場があり、そこにたくさんの人が見えた。
みんなで【ヴィノ】にまたがり、丘を降りる。麦の海の間を走る農道に入ると、土と麦と太陽の匂いが混ざり合った匂いがした。気持ちいい。
「"ハント&ハーベスト"はア、イ、カ、キの地区の刈り取りと哨戒をお願いします! 端っこですがよろしくお願いします! あ、ありがとうございます"コンバイン123"の皆さん! ご担当は中央ニ、ヌ、ネです! 刈り取り頼みます!」
麦畑の中の少し開けた場所で"なろうワーク"の制服を着た男が"なろうワーカー"達に指示を与えている。近くで見覚えのあるピンク髪の女性がキビキビと働いていた。
オリカが声をかける。
「おー。ホリィー」
「あ、"スーパーダイナマイトガー……" "SDGs"のみんな!」
「そこまで言ったんなら最後まで言っていいよ!」
オリカが突っ込む。いつまでもいじられそう……
「まったく。ちょっと遅れた?」
「いや、時間通りだよ。せっかちな人が刈り始めてるだけ」
二人が話していると先程仕事を振り分けていた職員が間に入ってきた。
「"スーパーダイナマイトガー……" "SDGs"さん! 今年も来てくれてありがとうございます!」
「わざとやってるでしょ!」
僕もそう思う。
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