第15話 ミマツの木は残った その2

 ああーなんかやわらかくて気持ちいい。いい匂いもする。


 頭がふわふわと浮いているようだ。気持ちいい。いつまでもこんな漂うような感覚を味わっていたいな。


 なんて夢うつつに考えていると、誰かが僕を呼ぶ声が聞こえた。


「ヒデンさーん。大丈夫ですかー?」


 声に応えて、ゆっくりと目を開けると、ドアップのオリカの顔があった。


「うわっ!」


「あ、気が付きましたか? オミさーん! ヒデンさん気が付きましたよ!」


「おおう」


 オミの声は遠くから聞こえる。どこかで作業でもしているのか?


 ここで自分がオリカに膝枕をされていることに気がついた。慌てて起きようとするところを制止される。


「まだ、ゆっくり寝ててください。それとも"ここ"はイヤですか?」


 と自分の足を指さして言う。


「全然イヤじゃないです」


 全力でそのままおとなしくしていることにする。


「楽にしてください。《ドレス》も脱いでいいですよ」


 彼女も《ドレス》を脱いだ状態だった。【フレームワーク】で《ドレス》に偽装した《枠》を解除する。


「気を失ってもあの大きな塀が消えないなんて、すごく訓練してますね」


「ええと、まあ」


 《ドレス》ではないので【フレームワーク】の《枠》はもともと消えない性質だが、そう答える。


 それに対して彼女はじっとこちらを見つめている。何か変なこと言ったかな。あわてて話題を変える。


「ここはどこですか?」


「岩塩の採れる洞窟ですよ。運んできました」


「そうか。ミマツの木はどうなりました?」


「火は消えてそうなので無事だと思います。今日はこのままここに泊まって、明日もう一度見に行きましょう。《枠》を外してもらわないといけませんし」


「火を消すことができたのかあ。よかった。ちなみにどうやってやったんですか?」


「ヒデンさんの言っていたとおり、丸い壁の上側を風で塞ぎました」


「あんな上の方を?! 自分で提案しといてなんですけど、出来るなんて! すごい!」


「オミさんに上に投げてもらって、壁の上で【ヴィノ】ちゃんに乗りつつなんとか。めっちゃ高いし、落ちそうだし大変でしたよ〜 もうクタクタです」


「うわー。聞いてるだけで苦労が伝わってきます」


「私くらいの着力きりょくなかったら出来てませんよ。エッヘン。どうですか?」


「いやほんとにすごい。この森のヒーロー、あ、いやヒロインですね」


「えへへへ。褒めすぎですよ〜」


 本当にこの人の笑顔はチャーミングだね。


 そこでオリカが急に真顔になった。


「ところで、ヒデンさんって《裸族》? って人だったんですね」


「え?」


「《着力きりょく》切れで気絶したのだと思って、私のを入れようとしたんですけど、入らなくて」


「あー」


 やられたことはなかったけど、やっぱり《着力きりょく》を分けてもらうことも出来ないのか。


「それで、どうしてって騒いでたら、オミさんにヒデンさんは《着力きりょく》無いって教えて貰いました。それでそんな人いるのかって聞いたら、《裸族》っていう言葉を教えてもらって」


 先程 《ドレス》を脱ぐように言ってきたあと、見つめて来たのは聞いていいものかどうか考えていたんだろうか。


 《裸族》はめったにいなさそうだし、バレたら面倒ごとに巻き込まれたりしないか心配ではあった。ただ、言葉すら知らなかったようだし、オミが誤魔化さなかったんだから、まあ、大丈夫なんだろう。


「まあ、《裸族》…… ですね」


「そうですか。《着力きりょく》なくて、すごい《枠》を作れる人……」


 何か考えているようだ。なんだろう、やっぱりバラしたらまずかったかな。なんて考えているとオミの声が洞窟内に響いた。


「おおーい、出来たどお」


「あ、オミさんが食事を作ってくれてるんです。動けますか?」


「うん、行きます。オミー! 僕も食べるよー!」


「えっしゃ! ようけ食ええ!」


 洞窟を出るとあの〈不燃物〉のもも肉が丸々そのままの状態で串に通され、下から火に焼かれていた。串の両端はY字型の杭で支えられている。


 パチパチとマキが音を立てながら炎を上げていた。そこにトリモモから染み出た油が落ち、ジュワッと焼ける。香ばしいいい匂いがする。


 鳥肉界の横綱かチャンピオンだ。その威風堂々たる姿に圧倒される。


「でかいな。こいつ…… めちゃくちゃ美味そうではあるけど、食べても大丈夫?」


「アボアは食うとったろうが。もう〈不燃物〉でもなあし、えかろう」


「まあ、そうかな?」


 グウウと腹が鳴った。


「ハッハッ、腹は正直じゃわ。食おう」


「負けたよ。美味そうすぎる」


 焼けている部分を切り分け、とったばかりの岩塩を削ってふりかける。ふと、オリカの食事量が目に付いた。リツの朝食もたくさん食べていたが、今回はさらに多い。


「オリカさん、それ僕の三倍はありませんか?」


「《着力きりょく》をたくさん使うとお腹が減るんです! ない人には分からないかもしれませんけどっ!」


「あはは、ごめんなさい。いっぱい食べる人は気持ちいいですよね」


 オリカは僕が《裸族》であることを気にしていない。心配することなかったな。


「「「いただきます」」」


 一斉に焼けた肉にかぶりつく。


 歯をパリッとした皮に突き立て、肉を噛み締める。肉汁と油が口に広がり、岩塩と合わさって濃い鳥の旨味が口に広がる。


 肉を手で直に持ち、ワイルドに食いちぎる。口に入った塊を噛むとパリッと焼けた皮と弾力のある肉という二種類の噛み心地が楽しめる。僕は存分にそれを楽しんだ。


「うまい! ひと仕事したあとは格別だね」


「冷えたビールがあればさらに最高じゃがのぉ」


「ほんとうですねぇ。でも無くても楽しめますよ」


 にぎやかに食事を楽しみつつ、一息ついて空を見上げる。


 《ドレサース》には二つの月が存在している。軌道が違うため、二つとも見えたり、一つしか見えなかったりするが、今は両方が近くにあり、満月に近いのでとても明るい。


 ぼんやりと空を見上げていると、あくびが出てきた。


「ふわぁぁぁ。ゴメン、先に休ませてもらっていいかな」


「私も…… 食べ過ぎました。すみません」


「まあ二人はよう働いたし、ゆっくり休め。後はやっとくわ。明日からは岩塩背負しょうて帰り道じゃ」


「げ、家に着くまでが岩塩採掘だった。もう、あんな目には逢わないよね」


「そりゃ分からん。まあ、神様にでも祈るんじゃな」


「それご利益あるの?」


 神様ってリツじゃん。


「あると思えばある。ないと思えばない」


「気持ち次第ってことね。神頼みってそんなもんかもな…… ふっ、まあいいやおやすみ〜」


「おう、おやすみ」


「お休みなさい」


 神様、どうか帰りは平和でありますように。

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