第28話 水回り掃除の達人 その4

 そうして二階廊下部から"D-4"ピットを確認したが、やはりこちらにも所狭しと〈不化〉したスライムたちが詰まっていた。さっきはうまくいったけどやっぱり相談したほうがいいよなあ、と思っていると、それを提案する前に掃除人兄弟が飛び出して行った。マジか。


 鉄砲玉のように直進する兄弟に対してオリカが注意をする。


「ちょっと! さっきみたいな技使わないでよっ!」


「まかせとけえ、今度こそやるでえ! ええかユタン!」


「わかっとる! 滑って群れに突っ込むなってことやろ!」


「「『キックバック&パドリング』!」」


 両足をそろえて伸ばし、ドロップキックの要領でスライムに突撃する。前回同様に何匹か集まっていたスライムの中心部に攻撃を叩き込み、透明な肉まんたちを四方に吹き飛ばす。


 今度は腹ばいで着地した。大きく伸ばした手で床を掻き、滑るのを防ぐ。お、今度は見事に止まったぞ。そして、こっちに向かってサムズアップしながら得意そうに叫んだ。


「「どうや!」」


「そういうことじゃないよ、バカ! 寝そべる技使うなってことよ!」


 オリカがそう叫ぶのとスライムの集団が二人に飛び掛かるのは、同時だった。先ほども見た既視感の高い光景だ。


「「うわわわーっ」」


 またもや〈不スラ〉の大群に包まれて、ゴシンとユタンはあっという間に見えなくなってしまった。


「えー?」


 その様子見て思わず疑問の声を上げ、オリカとトーの方を向く。すると二人は目をつむって額に手を当て、首を左右に振っていた。


「彼らも普段ならあれほどの〈不化〉したスライムの大群を見れば一度引き返すのだと思うが…… 今は我々が見ているし、少し調子に乗ってしまったというところかな」


「普段はあそこまでじゃないよね。ヒデンでんがいるし、新しい人の前でいい所を見せようと思ったのかな」


「もしそうなら、何だか申し訳ないなあ。とりあえず助けに行こうよ」


「ヒデンが気に病む必要はない。ん? あれは?」


 トーの視線の先にあるゴシンとユタンが囲まれているあたりを見てみる。すると何匹かのスライムが半透明の赤色になっていることに気付いた。


「なんだろう?」


 見ている間にそいつらは合体した。ムニュン。そして普通のスライムより一回り大きい半透明の赤いスライムになった。よく見ると床のあちこちでその合体スライムが生まれている。


「まずい! 〈フテイケイ〉が出てきた! 私は先に行く!」


 そう叫んでトーが飛び降りた。【ヴィノ】に乗る僕たちも続く。


 "フテイケイ"については"SDGs"は遭遇したことがあるようで、仕事の前に説明を受けていた。


 "不"の付く熟語の〈不要品〉持ちスライムで、漢字で書くと"定まらない形"の〈不定形〉らしい。ここからでは遠くて判別できないが、"不"、"定"、"形"と刻まれた三つの〈不要品〉が体に点在しているはずだ。


 普通の〈不スラ〉よりもさらに獰猛になる。また、大きくなって人間の頭が丸ごと包み込んでしまえるため、窒息の危険性も大きくなっている。


 だが、それよりも厄介なのは弱点が"核"ではなくなるということだ。


 ゴシンかユタンの足が〈不定形〉の"核"をたたくのが見えた。すると〈不定形〉がブルッと震え、ブリンと二匹に分裂した。通常の〈不スラ〉と同じように処理しようとすると、増えていくという厄介な性質に変化している。


 では、どうすれば〈不定形〉スライムの〈不化〉は解けるのか。事前打ち合わせで聞いていたその対処法はトーを見ていたら確認できそうだ。


 ゴシン達の救援に向かっているトーの眼前に新たな〈不定形〉が生まれていた。


「【バチツチ】のツチ」


 トーが【バチツチ】の"ツチ"モードを発動して構える。


「『猛打衝』」


 以前トーにしては珍しく照れた顔で教えてくれた打ち方だ。その時は「いや、普通に打つだけなんだが、なんというかこう、その、"技名"って言いたくならないか? 言うとテンションが上がるだろう?」「わかる!」なんて会話をした。


 ブンとハンマーを振り、鎚の打撃面全体で〈不定形〉を捉えて振り抜く。するとボンッ! という音とともに赤い〈不定形〉が元の数匹のスライムに分裂した。


 〈不定形〉は"核"にピンポイントではなくスライムの体全体に打撃を与えることで〈不化〉を解くことができるということだったが、まさにその通りだった。


 急いでゴシンとユタンのもとに向かおうとするが、〈不スラ〉や〈不定形〉が襲って来るため、なかなか進まない。


「うおおお」


 トーが急いでいるのがわかる。さっき足が動いたのを最後にゴシンとユタンの反応が無くなっているからだ。


 二人は襲われる前に叫んでいた。息を吐ききった後にスライムに覆いかぶされたら、かなり短い時間でも窒息してしまうだろう。


 なんとかゴシン・ユタン兄弟のもとに到着したが、二人とも頭をすっぽりと〈不定形〉に覆われいた。やはり息はできておらず、ぐったりとしている。


「おかあさん!」


「任せて!」


「『猛打衝 打点2』!」


 ボン、ボンとトーがゴシンとユタンの頭ごとスライムを叩き、振り抜く。頭を覆っていた赤いスライムは四散したが、二人は動かない。


「『ヒール』」


 オリカが治癒を行うが、兄弟が目覚める様子はない。ぐったりとして体から力が抜けている。


「まずいな」


 状況は良くない。僕に何ができる? 慌てず、焦らず、でも急いで考えるんだ。

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