第25話 水回り掃除の達人 その1
「ごめんね、ヒデンでん。似た名前の《ドレス》の人がいるって、言っておくべきだったよね」
「いや、あれは僕が迂闊だったよ。《ドレス》のことを口に出しちゃったからなあ。今回は僕の能力のことだったから自業自得だけど、もしみんなの能力の話をしちゃってたら申し訳なさすぎるし、これからは気を付けるよ」
「気を付けるのはいいが、仕事をしていればどうしても能力は周りに漏れるものだぞ。ある程度は割り切らなければな。私たち"SDGs"の能力は大部分が周知の話だ」
さすがにずっと隠し通せるものではないだろうということはわかる。でも意識しておくにこしたことはないかな。
「それに、ヒズルヒスはベラベラと人の《ドレス》に関することを喋るようなやつではない。ヒデンの《ドレス》については名前も広まらないだろう」
「トーがそう言うなら安心かな。かなり実力のありそうな人だったし、いろいろと学べることも多そうだ。ワクワクする良い出合いが出来た、とプラスに捉えることにするよ」
そう僕が言うと、オリカがにっこりと笑いながら問いかけてきた。
「ぶりんぶりんでワクワクする?」
「ナニヲイッテイルノカワカリマセン」
その言葉は声に出してなかったはずだよね? 読心術アビリティをお持ちですか?
《》 《》 《》 《》 《》
それから、"なろうワーク"を出て、SDGsご用達の店”ジイ屋”で僕の歓迎会を開いてくれた。さすがに美味しい食べ物屋さんを探し出す嗅覚に優れたオリカがひいきにしている店だ、何もかも美味かった。
食事が終わり、デザートタイムになったときに、僕の今後についての話題になった。ちなみに美味いものだらけのこの店の中でも、特にデザート類は絶品だった。
「ヒデンでん、明日からどうする? 来たばかりだし、しばらくはゆっくり過ごしていいよ」
「そう言ってくれるのはありがたいけど、せっかくなんで働きたいな。働いてないっていったらオミにどやされちゃうよ」
幸運にも色々な職業を経験できる場所を知ることができたので、バラエティに富んだ仕事をしてみたい。と考えているとトーから声がかかった。
「ちょっといいか? ヒデンには私から一つ仕事を頼みたい。内容は"障害物コース作成者になろう"だ。"ナワ亭"の裏庭なんかの広い土地に、今日の模擬戦のように《枠》の障害物スポットを作ってほしい」
お、それはやったことのない仕事だし、能力を生かせるぞ。
「いいよ。ところで一応聞いておくけど、何に使うの?」
「体術の訓練だ。知っての通り私は素早い動きを信条としている。いかに短時間で効率よく障害物を抜けて走破するか、それをこなすことでさらに自分の体の使い方を磨けると先ほどの模擬戦で感じたのだ」
「それなら喜んで協力させてもらうよ。僕も《枠》作りの練習になるし、WIN-WINだね」
仲間内での仕事とはいえ幸先よく定職をゲットできたぞ。でも、別の収入手段も持っておきたい。何があるかわからないしね。
「それ以外にも何かやりたいんだけど、おすすめはある?」
「じゃあ、さっき受けた依頼の"地下水路掃除人になろう"についてきてみる? "不対免許"がいる仕事だから、それなりに覚悟はいるけど、うちのチームに慣れてもらいたいし」
「僕は免許ないけど大丈夫?」
「チーム単位で持っていれば大丈夫なんだよ。危険は自己責任が前提だし」
〈不の付く災〉が出る可能性がある仕事か。この世界でのんびり暮らそうと思っているのは確かだけど、"厄介者の相手は人に任せて僕はお気楽に過ごします"なんて他力本願で行くつもりはない。
「了解、望むところだよ」
《》 《》 《》 《》 《》
そういう経緯があって、今、僕はオリカ、トーと一緒に地下水路への侵入口の前にいる。ここは下水の出口の一つである。
出口側から入るのには理由があって、そちらが一番水がきれいだからだ。
ゴールドゥの下水浄化システムは次のようになっている。
この町の各所からでる下水は水路を通って、一度地下にある巨大な直方体のくぼ地、ピットに集められる。
そこではスライムが放し飼いにされていて、汚水を処理してきれいな水にしている。これはスライムに、汚れを餌として食べる浄化能力があるからだ。
ピットは五個を一組として、町内に何組か点在している。五個のピットはほぼ併設されていてそれらの上流から順に各ピットを通過していくたびに水がどんどんきれいになっていく仕組みだそうだ。
そして最後には無色透明な水となって川に排出されていく。
衛生的な仕組みだ。
この水路の管理責任者はゴールドゥの領主であり、いわば公務員として水路掃除をする職業の人たちはいる。
ならばなぜ、"不対免許"を持つ人たちに向けた依頼が"なろうワーク"にだされるのかというと、この時期は雨が多く、スライムの活動が活発になり、〈不化〉しやすくなるんだそうだ。
その兆候が見えたので、地下水路を見回って、〈不スラ〉さんたちの〈不化〉を解くという依頼らしい。その依頼を遂行するために、地下水路侵入口にいるわけだ。
ちなみに今回、ニイはお留守番だ。スライムが苦手のようで「触りたくない。素振りでもしとく」とのこと。
目の前には水路の案内人として、掃除公務員の人たちがいた。
身長百八十センチメートルを越える二人の大男で、兄弟と聞いた。ともに眼鏡をかけており、顔や体格がそっくりなためパッと見分けがつきにくい。ただ、兄は左、弟は右の耳たぶにリング状の拡張ピアスを付けていて、それで何とか見極められた。
「「姉ちゃん、今回もよろしく!」」
兄のゴシン、弟のユタンが腰を曲げて礼儀正しく、オリカに挨拶した。
「もう言っても無駄みたいだけど、一応言っておくよ。"姉ちゃん"って言うのやめて!」
もう驚かないぞ。そのうちオリカのことを"ばあちゃん"や、なんなら"とうさん"って言うやつも出てきそうだ。
「頼りにされてるねえ。"
そう冗談を飛ばしてみる。
「ご名答」
正解なんかい。ジョークだったのに。
「でも"
僕だってオリカの治癒能力にはお世話になってるし、その人たちの気持ちもわからなくもないな。
さて、顔合わせも終わったところで、仕事だ、仕事。がんばろう。きつそうだけどブラックじゃないといいなあ。
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