第38話 殻割りたいし枠越えたいし その2

「それで、どんな頼みなの? 素振り用に《枠》で棒みたいなものでも作る? それともトーの依頼みたいに障害でも置こうか?」


 ニイは最初に出会ったときに”ナワ亭”の裏庭で自分の身長ほどの長さの模造剣で素振りをしていた。トーの体術訓練に同行してくるときにも、決まってその剣を振り回している。オリカとトーも認めるチーム一の努力家だ。


 かなり使い込んで、古くなってきているみたいだし、僕の《枠》で似たようなものを作って新調したいのかと予想した。トーに作ってあげた"バチ"は好評だし。


「ほら、ニイ。こういうことは自分でちゃんと言うんだ」


「……あの立方体の《枠》を作ってほしい」


 ありゃ予想は外れたか。


「いいよ~、もちろん。どういう用途で使うの? それで大きさや”辺”の太さを決めるよ」


 障害物として使うなら、トーと一緒に訓練すればいいだけだし、何か別の用途なんだろうか。


「……キリたい」


「え? ごめん。もう一度言ってよ」


 うまく聞き取れなくて、聞き返す。


「斬りたい!!」


 はい?



《》 《》 《》 《》 《》



 詳しく話を聞いてみると、文字通り僕の《枠》を斬ってみたいらしい。トーの連打を食らっても、変形せず壊れない、バチとして使っているのをみても、とても丈夫そうだ、斬れるのか斬れないのか、試してみたいとのこと。


 別にそういう用途のものを作っても構わないんだが、もし斬られちゃったら、なんか悔しくなりそう。でも、今のところ硬度や材質を変えることはできないんだよな。今の状態で勝負しなきゃならないか。


 うーん。ひとまず"辺"の太さは目いっぱい太くしよう、あれ、でもそういえばどうやって斬るんだ? 模造剣じゃあ切れないよな? あ、『アクセ』とかかな、などと考えていると、ニイがおずおずと話しかけてきた。


「……ダメ? ですか?」


 急に敬語になったぞ。いかんいかん、何か勘違いさせてしまったかもしれない。


「ああ、ごめん。どんなのを作るか考えていただけだよ。別に”俺の大事な《枠》だ、斬らせはせん、斬らせはせんぞ~”なんて思ってはいないよ」


 そう返すとトーがほっとした顔で言った。


「それならよかったが、急に黙り込んでしまったから、気分を害してしまったのかと思ったぞ。気が乗らないなら断ってくれて構わないが」


「もちろん斬られるのはいい気分はしないと思うけど、自分の能力だから実際どれくらいの攻撃を耐えられるのかは知っておきたかったんだ。斬られないようなやつを頑張って作ってみるよ」


 そんなわけで僕のできる限界まで目いっぱい”辺”を太くした、立方体の《枠》、『方体』を三つほど作ってみた。一辺の長さ九十センチメートルほどだ。


 動きやすそうな訓練着姿のニイがその《枠》の前に立つ。なんだかこっちも緊張してきたぞ。これは僕とニイの勝負と言えなくもないから、かな?


「……ヨシ。ドレッシング! 【スプラッシュナイト】!」


 小さいがはっきりとした声で《ドレス》の名前をつぶやくと、ニイの左手に白銀の光沢をもつ手甲が現れた。


 さらに、服装がドイツの民族衣装ディアンドルを連想させるものに変わる。


 胸元と半袖の袖口にレースの付いた白さが眩しいブラウス。胴回りやスカートは鮮やかな水色で、彼女のオレンジゴールドに輝く髪との組み合わせがキラキラとして可愛らしく映えていた。


 それから、光の粒が降りかかり、全身がまばゆく光った。やがて光が収まっていくにつれて、ニイの《ドレス》姿が現れていく。


 彼女の胸部、胴部、腰のサイド部にはプラチナのように光るプレートが備えられていた。両手には肘近くまで覆う手甲を装備している。


 【スプラッシュナイト】。まさに”水しぶきの騎士”にふさわしい《ドレス》だった。


「初めて見るけど、可愛くてかっこいいね」


「ふふっ、そう言ってあげるとニイも喜ぶ」


 そう言っている間にニイの手元に何か現れ始めた。柄のあるその形状は、やっぱり剣型の『アクセサリ』のようだ。ニイがその名前をつぶやく。


「【大橙刀だいだいだいとう ニギリ】」


 漢字は後から聞いた。この時耳で聞こえた言葉から認識した文字は「大大大刀」だ。そして、それに何の疑問も持たなかった。


 なぜならそれは、僕の認識した字の通り、とても大きな剣だったのだ。片刃のそれは”剣”というより”刀”と呼んだ方がいいだろうか。ただ僕の知っているいわゆる”日本刀”とは形状が大きく異なっていた。


 オレンジ色に光る刀身の長さはニイの身長ほどもあり、身幅は彼女の体がすっぽり隠れるくらい広い。


 ひと際目を引いたのは、刀の刃の付いていない側、つまり"峰"の近くに開いている細長い穴だった。その穴はそこに指を通せば、ちょうど"峰"を握ることができるくらいの位置にあった。


 右手で『ニギリ』のオレンジ色をした柄を握ったニイは、ブオンと大きく自分の刀を振って居合斬りをするかののように腰を落とし、体の横に刀を構えた。


 そして左手の人差し指と中指を"峰"近くの穴にひっかけた。そのまま動きが止まる。そして、小さく息吹を込め始めた。


「トー? あれは何をやっているの?」


「分かりやすく言うとデコピンの準備だな」


「いや、全然わからないけど」


「手をデコピンするときの形にして力を込めてみろ」


 そう言われたので、デコピン発射前のように中指の爪の先を親指にひっかけて力を込める。


「そうだな、デコピンはそんな風に力を溜め、そして放つ。あれもそれだ。【スプラッシュナイト】は“静から動へ、溜めた力の爆発を強くする”能力を持つ」


「”普段怒らない人がため込んでから暴発するととんでもないことになる”みたいな?」


「そうだな。これまでニイはおとうさんの前では大人しかったからな。溜め込んでいるかも知れん」


 ニヤッと笑いながら言われた。やばい、強そう。頑張れよ俺の枠!

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