4章 麦刈りの季節だ畑に出よう

第37話 殻割りたいし枠超えたいし その1

 僕としては渾身の新味覚がみんなに受け入れられなくて少々、いやかなりへこんでしまっていた。そんな姿を見て、トーがなぐさめの声をかけてきた。


「そう落ち込むな、おとうさん。うまく行かないこともある。だが、水路掃除の仕事はとてもうまく行った。おとうさんのお陰だ」


 何て言った? "おとうさん"? 父親を意味する"お父さん"ってこと?


 聞こえた単語を反芻して、トー以外のメンバーと顔を見合わせる。以前トーが言っていたことを思い出した。


「オリカのことは頼りになって尊敬しているから"おかあさん"と呼んでいる」


 その”おかあさん”と呼ばれている当人であるオリカがトーに尋ねる。


「トーちゃん、今ヒデンでんのことを”おとうさん”って呼んだよね。それって私のことを”おかあさん”と呼ぶのと同じ意味?」


「そのとおりだ。前の仕事でとても頼もしかっただろう。みんなの避難場所を作り、〈フテイケイ〉達を誘導する仕掛けを機能させ、〈不衛生〉と戦えるよう私の鼻をふさいだ」


 トーは、右手で僕のやったことを指折り数え、最後に左手で自分の鼻をつまみながら言った。


「スライムたちの〈不化〉を直接解いたのは確かに私かもしれない。しかし、全員無事で帰ること、特にゴシンやユタンを連れて帰ることを可能にした最大の功労者はおとうさんだと思っている。その《力》に私は敬意を表する」


 僕の方をまっすぐに見ながらそう言ってくれるトー。んー、ちょっと過大評価な所もあって背中がむずがゆくなってくるが、褒められるのは嬉しいね。


「それと、最後に〈不衛生〉と一人で戦いたいと言った私のわがままを聞いてくれた。しかも、万が一のことがあった時に備えて、そっと準備を整えて見守ってくれていた」


 あ、救出用に作った鎖状の《枠》に気づいていたのか。あの状態でそんな細かいところまで確認できていたんだな。すごい。


「その大きくて頼りになる感じ、パパに劣らない、まさに“おとうさん”だ」


 ベタ褒めだ。照れるけど謙遜するのはなんか違うよな。


「ありがとう。トーもよくやったよ」


 うわ、なんだか父親が娘に言うようなセリフになってしまった。前世も含めて子供持ったこともないのに。


「ぬー」


 その会話を聞きながら、オリカがハンカチの端を噛んで悔しがるジェスチャーをした。


「ヒデンでん、子供いたんだね。よくももてあそんでくれたわねっ! キー!」


「いやいや、こんな大きな子供はいないよ!」


 以前やったやりとりのリプレイだ。立場は逆になってるが。それを二人で再現して笑いあう。幸せな時間だなあ。


「あはははは」「しょうもないね、ははっ」


「ふふっ。おかあさんとおとうさんは夫婦みたいだな」


「え?」「うえ?」


 トーに言われて、びっくりしてオリカとお互いの目を合わせた。そして、急に恥ずかしくなって手を膝に置いて下を向いてしまった。


「そんだけやっといて、言われたら照れるんかい!」「ほんまやで。どないやねん!」


 いや、ごめん。でもしょうがなくない? 


 ここで僕より先に立ち直ったオリカがトーに質問した。


「そういえば、”鼻をふさいだ”って言ったけど、どうやって? ヒデンでんをおんぶして後ろから指でつまんでもらったり?」


「いや、これを作ってもらった」


 トーはポケットから《枠》を繋げたU字型の『管』を取り出した。すぐにはどう使うのかわからずに、みんな頭に疑問符を浮かべている。


「こうするんだ」


 言いながらそれを鼻に詰めるトー。僕は二度目だが、鼻の穴をU字型の管でつないだトーの顔を初めて見たみんなの反応は様々だった。


 指をさして爆笑する人、ポカーンとしてあっけにとられた顔をする人、美人が台無しだと残念がる人、これはこれでと新しい嗜好に目覚める人。


「あははは、あー面白い。でもヒデンでんに何か作ってもらえるのはうらやましいな。私にも何か作ってもらえる?」


「いいよ、何がいい? まあ、作れる形と作れない形があるので何でもってわけにはいかないけど」


「うーん……言い出しといてなんだけど、ぱっと思いつくものはないなあ。また今度でいい? 何か考えておくよ」


「私は練習用の”バチ”が欲しいな」


「おれはあの”棍”が欲しいんやけど、軽そうやったし〈不化〉解きによさそうや」「おれも!」


「了解、それくらいなら今作って渡しておくよ。ニイちゃんは何かない?」


 親しくなるきっかけにでもなればなあと思って、ニイにも声をかけた。でも、帰ってきたのは非常にそっけない返事だった。


「いらない……」


 Oh。仲良くなるにはまだまだ先が長そうだ。そちらのとっかかりは全くつかめないまま、打ち上げは終わってしまった。



《》 《》 《》 《》 《》



 ニイ=アースヒル。トー=アースヒルの妹でその陰に隠れがちな少女である。大人しく人見知りだが、親しくなると違う面を見せるとオリカから聞いている。


 そんなニイと僕はほとんど会話したことがない。少し話をするときも、打ち上げの時みたいに、僕が問いかけて短い返事をもらうというパターンのみで、向こうから話しかけてきたことはない。


 それでも、トーとの体術訓練にくっついて来たり、”ナワ亭”や”ジイ屋”でチームメンバー全員一緒に食事をしたりと、同じ空間で過ごすことは多い。特に僕を避けている様子はないし、何かきっかけがあれば仲良くできるんじゃないかと思っている。勘違いだったらいやだけど。


 現在僕はSDGsに仮入団中の身だ。きちんと正式メンバーとして認められるにはニイとも仲良くなって受け入れられることが必要不可欠だろう。


 どうしようか考えている所だったが、なんと、向こうからその機会がやって来た。


 体術訓練中にトーから要望を受けたのだ。


「ニイもおとうさんの力を借りて訓練をしたいと言っているんだが、頼めるだろうか」


「もちろんもちろん。僕にできることなら喜んで協力させてもらうよ」


 向こうからの初めてのアプローチだ。どんな依頼でも全力投球やっちゃうぞっ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る