第36話 仕事の後の一杯は格別だ

「いやあ、大変だったけど、今度こそ何とかみんな無事で終わってよかったねえ」


 ここはSDGsご用達の店”ジイ屋”で、今は先日の水路掃除の打ち上げをしている。


 あれから〈不衛生〉が出した汚物は、〈不衛生〉から分裂して元に戻った大量のスライムたちが浄化してくれた。


 〈不衛生〉の生まれた原因についてはこの町の衛生局の人たちが調べて教えてくれた。


「浄化力の弱ったスライムが汚物を体にため込んじゃったのが原因だと推測するよ」


 弱るとスライムも人と同じように食欲は無くなるし、浄化力も弱まる。それでも本能はゆっくりではあるが汚物を体に取り込もうとする。


 野生のスライムの場合、周りのスライムがゴミを食べるため、浄化しきれないほどの汚物を体内に取り込むことはないらしい。そして、調子の悪いスライムも自然回復して元に戻る。


「今回はピット上流部分を浄化するために家庭の排水口から流し込まれたスライムが一匹のみだったのが良くなかったみたいだね」


 調子の悪かったそいつだが、本能に従って際限なく大量の汚物を取り込んだ。でも弱っていたために長い間、体内にゴミが残ってしまった。


 そこから回復する前に、"核"が〈不要品〉に侵されて〈不衛生〉となった、という流れらしい。


「これからは、家庭から流す浄化スライムの数を三匹で一セットということにするよ。早速公知させるよう準備しよう。SDGsのお手柄だね」


 弱っている個体がいても残り二匹がフォローするような体制にして、〈不衛生〉化のリスクを減らすということだ。


「ほんまに助かったわー。姉ちゃん。ヒデ兄ちゃん。トー姉さん」


 すっかり元気になった掃除人兄弟の兄、ゴシンがビールの入った木製のジョッキを持ちながら、感謝の意を伝えてきた。弟のユタンと共にもう仕事に復帰している。


「みんなのお陰で今後の心配もなさそうやし。SDGsさまさまやで」


 〈不衛生〉はこれまで出たことのない〈不の付く災〉ということだったが、発生率を下げる対策は決まった。万が一発生した場合についても、トーの活躍で"核"が弱点であることはわかっているし、対処方法が議論され作られていくだろう。


 二種類の〈フテイケイ〉についても、町にいる有効な《ドレス》着用者を選び、対応すれば大きな被害は出ることはなさそうだ。


 そうして、新たに現れる〈不の付く災〉を克服していく。それが昔から『ドレサース』の人々が続けてきた"暮らし"のありようだ。


 僕もこの町での"暮らし"に役に立ててうれしい。


 さて、もう一つ暮らしの役に立てないかなと思いついた僕は、"ジイ屋"のオヤジさんに新メニューの試作をお願いしていた。今日はそのお披露目の日でもある。


「ヒデンくん考案の新メニューだよ」


 そういってオヤジさんが出してきたコップにはミルクティーが注がれていた。


「えー? なにこれ? なんだかストローが太いね。これヒデンでんの《枠》? オヤジさんは試してみたの?」


「いや、びっくりさせたいとかでオレはまだ試してねえんだ」


 オリカが怪訝な顔をしながらストローを持ち、ぐるぐるとコップの中をかき回す。ちなみにこの辺りでは一般的に麦わらのストローが使われている。太いストローはないため、今回のそれは僕が《枠》の『パイプ』を応用して作った。


「まあ、まあ。飲んでみてよ」


 僕はストローに口をつけ、吸い込む。ストローからミルクティーと一緒にもちもちとしたパールのような小さい粒が口に入ってくる。そう、これはタピオカミルクティーだ。


 〈フテイケイ〉と戦った時に連想したタピオカミルクティーを作りたくなった僕は、タピオカの原料になるキャッサバをまず探した。


 そして、でんぷんを多く含んだキャッサバに似た芋が"ジイ屋"にも置いてあったのを発見したのだ。タピオカの粒、タピオカパールの作り方はうろ覚えだったが、何とか似たものを作り上げた。


 タピオカパールの問題が解決したら、あとはストローだ。麦わらのストローではタピオカパールを吸い込むには細すぎて使い物にならない。


 その問題を僕の能力で解決したのだ。ふっふっふっ。祝え! 前世の知識と僕の能力でこの世界に新たな味覚が誕生した瞬間である。


 いやあ、このストローは僕しか作れないし、専売になるなあ。めちゃくちゃ儲かったらどうしよう。ふひひ。ああ、いかんいかん。ちょっと下品なことを考えてしまった。"暮らし"の役に立つためのものだろう?


 ゆるんだ気を引き締めて、もちもちとした粒をかむ。うん、うまくできてる。みんなも喜んでくれるかな? 僕はご満悦でこの場を見回した。


 だが、みんなはなんだか微妙な顔をしていた。あ、あれ?


 そして言われた感想は僕のいやしい皮算用を打ち砕くものだった。


「何この感触…… うーん?」


「なんだかスライムっぽい…… 嫌いなんだけど……」


「おれらスライム毎日見とんねん。こんなん食べたくならんで」


「ストローからいきなり出てくるのなしやろ。びっくりしてまうわ」


「ちらっと見えたが、黒いのは勘弁してほしい。私はあれを見ているからな」


 それっきりみんなコップを置いて別の料理に手を付け始める。そっとオヤジさんがコップを回収し、それ以降誰もタピオカミルクティーの話題を出さなかった。


 僕はこのテーブルで一つだけになってしまった太いストローのささったコップを持ち、吸った。最後にズズッという音が小さく、僕だけに聞こえた。


 あれえ? ここは「美味い!」 「こんなのはじめて!」 「これは売れる!」 とか言われる場面じゃないの?


 実際にスライムのいる世界では難しかったのか…… 現実は厳しい……

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