第35話 ガンコなヨゴレは叩いて落とす その2

 このハラワタを鷲掴みにされるような威圧感。圧倒的で魅入られたように立ち尽くしてしまう存在感。


 身に覚えがある。間違いなく〈不束者フツツカモノ〉だ。休憩している間に近づかれたのか。こちらに気付かれてはいけない。


「逃げよう。〈不束者フツツカモノ〉は僕たちだけじゃ対処できない」


 一度経験しているおかげか、なんとか口が動いた。そして、一旦この場を離れることをトーに提案した。


 常に冷静で周りを見て判断できるトーのことだから賛同してくれると思っていた。しかし、予想とは異なる意見がが返ってきた。


「いや、何だか今日は行けそうな気がする。あると思う」


「いや、残念だけど…… ここは引くべきところ……」


 僕としてはやっぱり退却するべきだと思ったし、トーを説得しようとしたのだが、顔を見て言葉に詰まってしまった。


 彼女は自信満々の顔で〈不衛生〉を見据えていた。先ほど"完全試合パーフェクトゲーム"を達成したせいなのか、体には《着力きりょく》が満ち溢れ、それを持たない僕でもそのオーラのようなものを感じる。


「ヒデン。協力をお願いしたい。いいか?」


 揺るぎのないまなざしを向けられ、思わず承諾の頷きを返してしまった。ここは揺らいだり、迷ったりしてはいけない。覚悟を決めるときだ。


 ごくりと唾を飲み込み、言葉を待つ。


「まず、鼻をふさぐ《枠》を作ってもらえるか? 臭すぎる」


 コケッと片膝を折る。僕と違って顔を崩さないから平気なのかと思っていたけど、やっぱり臭いのか。よく見ると唇が少し開いている。鼻呼吸せずに口呼吸することで臭いを避けているようだ。


 やせ我慢がうますぎるぞ。



《》 《》 《》 《》 《》



「『パイプ』『連結コネクト』 あー 『U字ユーシェイプ』」


 トーの顔に手を近づけ、U字型のパイプを鼻の穴に向かって作成する。U字型につなぐのは初めてだが、なんとか作ることができた。


「もう少し直径が大きい方がしっくりくるな」


 細かい注文に応じて《枠》の『パイプ』を調整する。決まった形を持たない〈フテイケイ〉たちを見たせいか、柔軟に対応できる気がする。


 ほら、始めに予想したよりも早くうまくいったんじゃないか? 鼻の穴にぴったりだ。


 "左右の鼻孔をつなぐパイプをのぞかせるスレンダー美女"という奇妙な絵面えずらになったが、鼻栓としてはばっちりだ。


「よし、ありがとう。ただ、ヒデンの能力とあいつは相性が悪そうだ。私が一人でやる」


「いや、一人は危「議論している時間はない。行く!」


 制止する間もなく、トーはピットの渡り廊下から身を躍らせて、内部に飛び込んでいった。


 黒いスライム、〈不衛生〉は大きく鈍重で移動速度は遅い。だが、トーに栓を作っている間にピット中央まで進軍を許してしまっていた。


 その先にはノーマルスライムたちが震えて壁際に集まっている。〈不衛生〉はその体からいくつも触手を伸ばし、小さなスライムたちを取り込まんとしていた。〈不束者フツツカモノ〉も統率するタイプばかりではないらしい。


 トーはそのスライムの群れと〈不衛生〉の間に降り立った。僕はトーがヘドロ状の巨大なスライムに飲みこまれてしまった場合に備えることにした。


「『円環サークル』、『円環サークル』、『円環サークル』……」


 彼女がつかんで体を引き釣り出せるように《枠》で鎖を作って持っておく。


 でもなんだか、そんなことをしなくても大丈夫という予感がした。根拠はまるでなかったが、そんな風格が黒髪ポニーテールの女性からあふれていた。


「【ビートマスター】【バチツチ】」


 《ドレス》を身にまとい、両手に巨大なハンマーをたずさえた鼻輪の美女が〈不衛生〉に向かって仁王立つ。


 そして、体をかがめ、走り出した。






「『三振打』」


 足を止めて正面に立ち、三連打を打ち込む。少し〈不衛生〉の体がへこむ。打撃点を中心に波紋が立ち、体表面を移動していく。まだまだダメージがある様子はない。


「『猛打衝 打点4』」


 さらに連打数を上げる。僕の場所からは背中からしか見えないが、何だか楽しそうにしている?


「『打点5』、『打点6』、『打点7』」…………


 左右のハンマーで連打を叩きこむトー。そのたびに〈不衛生〉の体のへこみが大きくなっていく。そこに足を進め、さらに連打。へこむ、進む、連打、へこむ、すすむ、連打。


 たまに彼女にとっての死角から〈不衛生〉の触手が伸びてくるが、まるで見えているかのように無造作に打ち払う。


 へこむ、進む、連打、へこむ、すすむ、連打。繰り返しながら連打数を上げていく。

 

「『猛打衝 打点16』!」


 ひときわ気合いを入れて16回の連続攻撃を打ち込む。するとその部分のボディが上下左右に開き、中央にブルンッと丸いものが露出した。


 "核"だ。直径一メートルはありそうな"核"は真っ白で、大きかった。表面には"不衛生"と黒い字が浮かんでいた。


強振打フルスイング!」


 トーは目いっぱいの力で背負い投げのように二つのハンマーを振り、"核"を打ち抜いた。


 その打撃により、バキイイインと大きなガラス板を割るような轟音が木霊こだまし、"核"が破壊され、粉々になる。そして黒い巨大なスライムから小さなスライムが生まれ、それらがまるで花火のように四方に飛んだ。


 そして、本日二度目のドレサースエフェクトが彼女の偉業を讃えていた。筆文字で浮かび上がるとどめの一撃の名前。


 強 振 打フルスイング






 やった! 〈不束者〉の討伐を確認して、僕もピットに下り、トーに近づく。ハイタッチをしようと両手を上げたその時、〈不衛生〉に取り込まれていた汚物が、二人に雨のように降り注いできた。


「くっっっさ!」

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