第34話 ガンコなヨゴレは叩いて落とす その1

「いやあ、忙しかったけど、やったねっ! トーちゃん! ありがとう!」


 オリカが拍手をしながら言った。その向こうにはゴシンとユタンの二人が床に腰を下ろして、疲れ切った青い顔ながらも笑顔を見せている。


「ふいー。さすが姉ちゃんとこのやわ。ほんまにできるもんやなあ。内心無理やと思っとったで」


「ほんまほんま、オレ等も助かったし、ごっついありがとうな」


「助けるのは当然だからそこは気にしなくていいけど、反省してよね。あなた達が動ける状態なら逃げることもできたの」


 今回ピット内に留まって戦った理由の一つは二人が歩くこともできない状態になったからだ。


「うっ。それはほんまに申し訳ない。軽率に突っ込んでってもうて、危ないところやった」


 ゴシンが反省の弁を述べる。ちなみにこの後、掃除人事務所に掲示してある"水路掃除の心得"に次の一文が加わった。


 "スライム達はいつでも〈フテイケイ〉になるため、弱いと高を括ってスライムの集団に突っ込まないこと"


「なんぼ礼を言うても足りひん。姉ちゃんたちは命の恩人や。これからは、ヒデンさんは"ヒデ兄ちゃん"、トーさんのことは"トー姉さん"でいかせてもらうわ」


「ちょっと! 私は"姉ちゃん"でトーちゃんは"トー姉さん"なの?  トーちゃんの方がうやまいい度高くない?」


「それはまあ、ほら雰囲気とかでいうとそうなるやろ。トー姉さんの方が姉ちゃんより大人っぽいし」


 どっちも血はつながってないし、上下はないと思うんだけどなあ。


「うーん。私も負けてないと思うけどなあ。ねえ、ヒデンでん」


「負けてないよ。大丈夫。オリカは可憐な女性だ、正直堪らないよ」


「え、あ、うん。ありがと」


 オリカが顔を赤くした。話のオチとしてはトーには大人っぽさで及ばないということにしたかったのか、予想外の返しに照れたな。この勝負は僕の勝ちのようだ。何の勝負かわからないけど。


「話は落ち着いたか? それでは〈不要品〉を集めようか」


 自分の話題だったのに興味ない感じでトーが仕切り直した。クールだなあ。


 僕たちの周りには小さな珠が無数に転がっている。トーが〈不化〉を解いたスライムたちからはがれ出たものだ。それぞれ"不”、"定"、"形"、"型"のどれかが一文字記されている。


「ところでこっちの〈フテイケイ〉って誰も知らなかったの?」


 "型"の珠を見せながら、ここにいるドレサース原住民たちに尋ねた。すると全員が首を横に振る。


「ゴールドゥでは初めてやな。今回は青と赤を両方倒せるトー姉さんが居て助かったわ。領主さんにも報告して、今後の掃除のやり方を部署で考えるわ」


 事後処理はしっかりしてそうで安心した。


「それにしても、今まで見たことない〈不の付く災〉が前触れなくいきなり出てくることもあるのか。怖くない?」


 そう言うとユタンとトーが僕に彼らの考えを教えてくれた。


「世の中そんなもんやで。いつ出るか分からんもんを怖がっとったらなんも出来んわ」


「備えをして物事に臨むのが基本だし、みんなそうする。今回は少し未熟だったところもあるがな。ただ、万全だと思っていても、自然が相手だからな。想定を越える事態に会うこともある」


 この世界では〈不の付く災〉は前世で言う自然災害に近いものとしてとらえられている感じかな。前世における予兆のない自然災害 -例えば直下型地震や巨大な雹とか- よりも遭遇する頻度は高そうだけど。


 これからもこの世界に初めて生まれる〈不の付く災〉に出会うこともあるだろう。怖がりすぎず、楽観しすぎずという心持ちでいるのがいいのかな。


 そんな風に自分なりに納得しているとオリカから声がかかった。


「よし、〈不要品〉の回収も終わったし、一旦戻ろうか。一と二と三のピットは問題なかったし」


「せやな、おっと、あれ、足に力が入らん」「兄ちゃん! 大丈夫か、うわ、俺もや」


 ゴシンとユタン兄弟が足をもつれさせて転んだ。へたり込んでしまい、歩くどころか立ち上がるのも難しそうに見える。


「大丈夫? あなたたち体力も《着力きりょく》も使い過ぎだね…… しょうがない。私が【ヴィノ】ちゃんで運んであげるよ」


「ほんまに世話になります。助かるわ。ありがとう」


 風やおんぶでなんとかピットから水路まで二人を運んだ。そして、【ヴィノ】の背もたれに二人を《枠》で固定する。二人とオリカの間には〈不要品〉の詰まった袋を置いた。


「一足先に二人を外まで運んで話をしてくるよ。ヒデンでんとトーちゃんはゆっくりしておいて。じゃあまた後でー」


 フイーンという音を立てて【ヴィノ】は水路を軽快に進んでいった。ヘッドライトにあたる位置にトーの『ライト』をつけていて、後ろからでも薄い光が見えていたが、やがて通路を曲がったのか光が見えなくなった。


 それから、しばらく休んで体力の回復に努めた。


「流石に疲れたよ。少し贅沢だけど、"ナワ亭"に帰ったらお風呂に入りたいね」


 オリカが戻ってくるまでトーと二人。のんびり待ちますか。


「今日ぐらいそんな贅沢も許されるだろう。なんだか体もニオウしな」


「あ、ごめん。僕の匂いかな」


「いや、私もかなり汗をかいたからな…… ん?」


 そう言ってトーがクンクンと鼻をヒクつかせる。


「違うな。我々から出る匂いではない。ピットの方だ」



《》 《》 《》 《》 《》



 “D-4”ピットに戻り上からのぞくと、スライムたちが”D―3”ピットのある方向から反対側に集まっているのがまず目に入った。何かから逃げているようにも見える。そして、その”何か”がいるかもしれない方向から、びちゃ、びちゃ、と泥水が跳ねるような不快な音が耳に響いた。


 鼻には…… 真夏に二、三日放置された生ゴミのような、吐しゃ物や牛乳を拭いた雑巾のような、歩き回った汗を存分に吸って雑菌の繁殖に成功した靴のような、あるいはそのすべてをミックスしたような、臭い、臭すぎる匂いが入り込んで来た。


「くっっっさっ! うおぶっ!」


 生まれて初めて匂いが吐き気を誘発するという経験をした。胃袋からの逆流を何とか抑え込む。


 そして時を待たず”D-3”ピット側の二階廊下に黒いぬめりが現れた。量が多い。そいつは、そのまま廊下の柵をどろりとすり抜けて、床の方に降りていく。


 そのドロドロの液体をよく見ると中には、ごみ、雑巾、靴のようなものが取り込まれていた。他にもいろいろなゴミが浮いている。


 そいつはピットの床に降りていくと次第に盛り上がり、見慣れた”肉まん”状の容姿に変化していく。


 全高が僕らのいる廊下よりもさらに高くなった黒肉まんがブルンと大きく震えると、ドレサースエフェクトにより、名前が映し出された。


 〈 不 衛 生 〉


 ヘドロスライムヘドロ

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