第12話 燃えるゴミ燃えないゴミは分別を その5
〈不燃物〉? 自分は燃えないから炎を武器にできるということか?
そして”八咫烏”ヤタガラスは日本神話に出てくる烏(カラス)の名だ。脚が三本あるのが特徴で”導きの神”として知られ、日本サッカー協会のシンボルマークとしても使用されている。
ヤバい。そんなこと考えている場合じゃないとわかっているのに、やるべきことがわからなくなってしまい、しょうもないことを考えている。混乱している。
突っ立って八咫火喰鳥を見上げたまま、動けないでいるとオミの声が聞こえた。
「なにをぼうっとしとるんな! 逃げるど!」
はっとする。オミがこっちに走ってくるのが見えた。だが次の瞬間、視界の左端から巨大な鳥の脚が現れ、右端まで高速移動した。中央にいたオミの姿は掻き消え、右の方からドンッと大きな音が響く。
急いで音の方を向くと、オミが蹴り飛ばされて大ミマツの木にたたきつけられているのが見えた。そして、先客の大ヒクイドリの近くにドサッと落下する。
血の気が引いた。
「きくのぉ……」
何とか生きてはいるようだ。だが、すぐに動ける状態ではなさそうだ。どうする? どうしたらいい?
八咫火喰鳥は、弱弱しくつぶやいたオミの方を向いた。三本の脚をそろえ、クチバシを開けながら頭を後ろに下げる。
人間が誕生日ケーキのろうそくを吹き消すために、空気を吸い込む動作に似ている。ただ、この後吹き出すのは空気ではないだろう。
顔を突き出し、口から火炎放射器のように長い炎を吹き出す。ゴオオオと音を立てながら燃え盛る炎がオミの全身を包み、焼く!
「ぬわーーっっ!」
「オミ!」「オミさん!」
オミが炎に包まれる。叫んでいる。
オリカが悲痛な顔をしている。叫んでいる。
僕も叫んでいる。
圧倒的な敵の力。なすすべなく叫んでいる。
音が消え、世界がスローモーションで動いているように感じる。
その光景を見て、叫びを聞いて、焼けた空気のにおいを嗅いで、僕は、周囲の暑さとは反対に、突如としてすっと頭が冷えた。
僕はこの世界でワクワクすることをしまくって、楽しく暮らすと決めたんだぞ。邪魔するのか?
人の肉親焼きやがって。リツにどう言ったら良いんだ。ワクワクを"しくしく泣く"にするつもりか?
調子に乗りやがって、なにが〈不燃物〉だ。燃えないなら燃えないで埋め立ててやるぞコノヤロー!
ババッと人差し指と中指を銃身にした"拳銃のハンドサイン"を作り、《枠》を下から上までいろんな方向に打ち出しまくる。
「『
八咫火喰鳥の顔に《枠》が当たる。ダメージはおそらく全くないが気を散らすことくらいはできるんじゃないか?
狙い通り八咫火喰鳥がイラついた顔をして火炎放射を中断した。オミは無事だろうか? 火炎放射がおさまったところにオミがうずくまっているのが見えた。
「ゲホッ」
黒いスス混じりの咳を発するが、《ドレス》のおかげかそれほど体が焼けている様子はない。よかったこれなら助かるかも。
と思っているとオミの《ドレス》である【ラガーシャツ】が薄くなって消えていく……
「逃 げ ぇ 」
オミはそう言ってガクリと首を下げた。気絶してしまったらしい。
「《
半泣きで唇を噛みながら、徐々に消え入るような声でオリカが言ってくる。いくらオミを置いて行くのが正しい判断でも、そう簡単に割り切れるものではないだろう。
まして彼女は優しい。でも大丈夫。
「心配ないですよ。オリカさんは僕のそばにいて。こいつはもう《枠》にハメました」
倒しきるまではまだ数手必要だが、オリカを安心させるためと自分自身を落ち着かせるために努めて平静に言った。
「え?」
次の瞬間、八咫火喰鳥がバランスを崩してよろめいた。体勢を立て直そうと短い翼をバタつかせる。
「ガ、ゴゲ?」
その足元では三本脚が四角い《枠》内にそろえて収められていた。炎を吹き出す間は脚を動かさなかったのが運の尽きだ。顔に撃つ直前に脚元を拘束せてもらったぞ。
蹴りを出すか歩こうとしたところで《枠》に引っかかってバランスを崩した。撹乱するために走りまわろうと思っていたけど、その必要はなかったようだ。
「ね? 脚を三本とも一つの枠にはめ込めば、まともには歩けないですよ。ましてや蹴ることなんて不可能です。それよりちょっと手伝ってください! そっち持って!」
僕は八咫火喰鳥に届くほどの長さで生成した《枠》長方形の一辺を持ち、反対側をオリカに持たせる。
「バランスを崩してこっちを向いてる。今が絶好のチャンスです! 関節を突きます! せーの!」
「はい!」
オリカの状況判断は早く、やろうとすることをすぐ理解して合わせてくれた。
「『
「えーいっ!
叫びながら、二人で人間とは逆関節になっている鳥の膝を正面から思い切り突く。見事に関節を《枠》で押すことが出来た。
いわゆる膝カックンの状態になり、八咫火喰鳥は前側に向かってコケた。僕らの方に向かってくるので横に避ける。
人間なら手をついて支えるところだが、翼ではそうもできず、正面から地面にダイブする。クチバシが地面に突き刺さった。
「ギャゴ!」
「うおおラッキー! 『
すかさずクチバシを《枠》で縛り、開かないようにした。
「グガ!」
そこからは距離を取り、やたらめったら打ちまくって、数で勝負する!
動いている獲物を拘束できる正確な大きさの《枠》を作る腕はないので、大きめのものを中心にいろいろな大きさの《枠》を作る。
拘束としては緩い《枠》でも、とにかく数さえあれば動きを制限できるはず!
「おりゃああああああ、『
《枠》を乱打乱打乱打。八咫火喰鳥の上に無数の《枠》が乗り、周りにも積み重なる。
クチバシや翼や脚を動かすたびにその先端が枠内に入り、複雑に絡み合って動きにくくなっていく。
そうかこんなのもできそう!
《枠》と《枠》を《枠》でつないでみる。鎖のようにつながったそれらは、さらにヒクイドリの動きを制限していく。
そうして、《枠》の鎖で翼と脚、頭と翼がつながれたとき、〈不燃物〉は《枠》に埋もれて動けなくなった。
「グ……グ……グ」
クチバシが閉じられているため、くぐもった声しか出せないし、当然炎も吐けないようだ。トサカの炎を強くしたり、激しく体をよじったりしているが、抜け出せない。
「どうだ、コノヤロー! 僕の《枠》も不燃性だぜ」
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