第40話 殻割りたいし枠越えたいし その4

 あれ? 後部座席に誰か居る?


 よく見るとオリカの乗る【ヴィノ】の後部座席にニイが乗っていた。気まずそうに顔を伏せている。そのニイを見て、オリカに顔を向けると、僕の視線の動きに気づいたオリカが状況を説明してくれた。


「ああ、ニイのこと? なんか泣きながら走ってて……理由を聞いても答えてくれないし。何だかわからないけど、とりあえず乗せてきちゃった。何があったの?」


「実はこんなことがあってな……」


 トーが先ほどのニイの行動の一部始終をオリカに説明した。


「なるほどねえ。まず、ニイちゃんは自分で"人見知り"っていう殻を割ろうとして、ヒデンでんと話をするきっかけを作ろうと考えた」


 コクリとニイがうなずいた。


「さらに《枠》を斬ることができれば、剣術についても自分の枠を越えられるんじゃないかと思って、《枠》を斬るという訓練を思いついて、提案した。斬れたらそれもまたお話のきっかけになるし」


 またもやコクリとニイがうなずく。オリカはよくニイをわかっているねえ。普段からよく観察して気持ちを考えてあげているんだろうな。さすが”おかあさん”。


「しかーし、斬るのがうまくいかなくて、こんなはずじゃなかったって思って泣けてきちゃった。そして、泣いてしまったことでさらにバツが悪くなり、いたたまれなくなって逃げた。と」


「うう」


「うーん。そうだなあ」


 あごに手を当て、思案顔になるオリカ。やがてパッと顔を上げて言った。


「いいこと思いついた! 剣術ついてはしてあげられることがないんだけど…… ふっふっふ。ヒデンでんとの交流については何とかしてあげよう」


 さすが、オリカ、頼もしいなあ。でも何をするんだろ?


 隣ではニイが不安半分、期待半分といった感じの表情でオリカを見ている。


「まあ、いったん帰ろうか、さあ【ヴィノ】ちゃんに乗って! ヒデンでんは私の後ろ! ニイちゃんはその後ろ! 前の人の腰にしっかりと手をまわして振り落とされないようにね!」


 いいいい!? 前の人の腰に手をまわす? それって密着するってことだよね? いいの? それ?


 ニイもおそらく同じことを考えたんだろう。焦った様子で口を開く。


「えっ? えっ? トーちゃんはどうするの? トーちゃんが三番目とか……」


 自分に話が回ってきたところでニヤリと笑ってトーが言った。


「私は訓練のために走って帰るとするよ」


「えー!? あ、じゃあ、座席後ろに背もたれ作ってよ。それなら振り落とされないよ」


「それじゃ意味ないでしょ。さあ、早く早く! “ナワ亭”の食堂が混雑し始めちゃうよ」


 ヒカグチからこっちに来る時にオリカと二人乗りをしたけれど、そこまで密着はしなかった。急にオリカに抱き着くことを強要され、嬉し恥ずかしで戸惑ってしまう。


 だが、ニイのためを思えばここで僕が躊躇していてはダメだろう。


 えいやっと、オリカの後ろにまたがり、手をおなかに回して組む。ふおおお、いい匂いがする! 柔らかい! 暖かい! ムニムニと腕を動かして、つい感触を確かめてしまった。


 やべ、こんなことしてる場合じゃない。僕はなるべくクールな感じを装ってニイに座席を促した。


「さあ、ニイちゃんもどうぞ」


「うう」


「どうした? ニイ。早く乗らないとおかあさんが茹でダコになってしまうぞ。顔が真っ赤だ。自分で提案したのはいいが、おとうさんが予想以上に密着してきて照れてるな。早く乗ってしまえ」


「え?」


 そう言ってニイがオリカの顔を覗き込んでその顔色を確かめると、慌てて僕の後ろに乗り込んできた。そして、僕の腰に手を回す。


 ニイの体温を感じて、僕は体を硬直させてしまう。それでオリカの腰を抱く腕に力が入ってしまった。すると、前方のオリカから「あっ」という声が上がった。


「あ、ごめん。苦しかった?」


「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ。ささ、行くよー」


 オリカの顔を見て意味ありげに笑ってトーが言う。


「ふふふっ”単純接触効果”という言葉もあるし、文字通りの”触れ合い”は親しくなるのにちょうどいい提案だったんじゃないか?」


 "単純接触効果"は、見たり話したり触れ合ったりする回数が増えるほど、警戒心も薄れて親しみや親近感を感じる効果のことだ。必ずしもボディタッチが必要というわけではない。


「次は私も仲間に入れてもらおうか。おかあさんの【ヴィノ】はチームの結束を高めるのにいいアイテムだな」



《》 《》 《》 《》 《》



 "ナワ亭"までの道中では"今日の夕食は何を食べるか"の話題が中心になった。以前オリカが言っていた"食べることが好きなチームメイト"とはニイのことで、話しやすいように好きな話題にしてくれたみたいだ。


 ニイは特に"カレー"に目がなく、カレーライス、カレーうどんをモリモリ食べているらしい。ちなみにこちらでの"カレー"は日本式のやつである。まあ、女神様であるリツが日本食好きなので、その流れなんだろう。


「カレーパンも好き」


「ああ、いいね。美味いよね」


「そろそろ麦刈りの季節だし、引き立ての小麦粉でパンを作って、カレーパンを作ったら最高だよ。そうだ、かあちゃん、そろそろ”麦収穫人になろう”の時期だね」


「そうだねー。そろそろ呼ばれそうだね」


「よーし、美味しいカレーパンのためにがんばろー」


 ニイがこぶしを突き上げて叫ぶ。僕も一緒になって声を上げた。


「がんばろう!」


 お、親しくなってきたんじゃないか? よし、美味いカレーパンを作って食うぞっ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る