第7話 麗しの運び屋 その2

 それから一週間後、三人で朝食をとっていると、玄関から声がした。話に聞いた運び屋かと思ったのだが、判断に困ってしまった。


「おはようございます~♪」


 聞こえてきたのは花のように可愛らしい、若い女性の声だったのだ。


 "運び屋"というからには、筋骨隆々の力持ちを予想していたのだが、声からはそんな感じは全くしない。


 応対したリツが連れてきたのは、やはり若い女性だった。彼女はオミと同じ食卓についている僕に気付き、目を見開いた。


「リツさん、お子さんがいらっしゃったんですか?」


「いえ、甥っ子なんですよ。仕事を手伝いに来てくれてて、今回の採掘にも同行しますよ」


「おはようございます。ヒデン、ヒデン=オーツと言います。よろしくお願いします」


 軽く頭を下げてから顔を起こし、改めて目の前の女性を見る。年はおそらく僕と同じくらい。こちらでは働いていてもおかしくない年齢だ。僕も働いてるしね。


 窓から差す光にグリーンゴールドの髪がきらめいて美しい。こちらの少々遠慮ない視線に対してもニコッと笑顔を返してくれた。ドキッとする。笑った顔がチャーミングで印象的だ。


「おはようございます。オリカ=パインウェイブです。血液型は何型ですか?」


 え? 初対面最初の質問がそれ?


 驚いた。でもなんとなく素直に答える。


「B型です」


 余談だが《ドレサース》人の血液型もA,B,O,ABの4型で、"A型は几帳面"などと言われる根拠のない性格分類も日本とほぼ変わりない。


 僕はB型で、あちらでは「マイペース、ガサツ」などの評価を受けることが多かった。


「嬉しい! 私B型の人と相性いいんですよ」


 珍しい言い分に面食らったが、オリカは本心からそう思っているようだ。少し身を乗り出してそう言ってきた。


「楽しく仕事できそうですね」


 こちらを見上げながら、そう言って微笑む。魅力的で、健康的な、いい匂いがした。


 ドキドキしている僕をよそに、リツがオリカに朝食を勧めた。


「さあ、オリカちゃんも食べる?」


「やった。いただきます! リツさんの料理好きなんですよ」


「宿で朝食はとらなかったんですか?」


「ヒデンさん。美味しいものは別腹なんですよ?」


「そう言ってくれると嬉しいわ」


 そしてオリカは、パクパクと二人前はある量を食べた。よく食べるなあ。


「おいしーい!」



《》 《》 《》 《》 《》



 朝食を終え、支度を整えて外に出たところで、最初に彼女を見たときの疑問を口にする。


「運び屋って言うから、もっとゴツい人を想像していましたよ」


「たまに言われます。実は私の《アクセ》が運び屋に向いてるんですよ」


 《アクセ》とは、《アクセサリ》の短縮形だ。《着力きりょく》の高い人は《ドレス》に加えて、道具を出すことができ、その道具を《アクセサリ》という。


「これです。【ヴィノ】ちゃん!!」


 オリカが言うとエンジ色と白色の二色をベースとした車輪のないスクーターのような乗り物が僕たちの目の前に出現した。


「こうやって動かすんですよ。ドレッシング、【ナイチンゲール】」


 そう言って着たオリカの《ドレス》は白いマーメイドシルエットのワンピースタイプだった。


 緑色の植物の蔦のような意匠が体のラインに沿ってついており、どことなくナース服のようなモチーフも感じられる。うーんこれは……いいね。


 スクーター【ヴィノ】の座席にオリカが座ると地面から二十センチメートルほど浮き上がった。後からの説明だと《ドレス》の能力である風の技を応用して動いているらしい。


「行きますよ〜。それっ!」


 掛け声とともにスクーター【ヴィノ】を走らせる。かなり速い。周辺をくるくると走らせているのを見ながら、「相当着力多くないか?」と思った。


 やがて、オリカが戻ってきて自慢げな顔で僕に言ってきた。


「どうですか? すごいでしょう! ここに荷物も入れられます」


 パカッと座席部分を開ける。前世で"メットイン"と呼ばれていたヘルメットや荷物を入れられる構造と同じだ。


「おお! すごいですね。でも僕が増えたら、全員乗れなくなりませんか?」


「それは大丈夫です。《アクセ》なのである程度なら自分で形を変えることができるんですよ…… こんなふうに」


 そう言って手をかざすと座席がニュニュニュと後ろに伸びた。


「四人くらいまでなら乗れますよ」


 おおー。便利だなあと感心していると、オミが言う。


「便利は便利なんじゃがのぉ」


「何か問題あるの? すごいじゃん」


「おみゃぁ、毎日森に入っとるのにニブイのぉ。こりゃあ森じゃぁ、あがぁにゃぁ動けんど」


「ああー、そうか。言われてみれば、森じゃあ難しそうだね」


 確かに、三人乗りをした上で、速いスピードで木々の間を抜けて行くのは大変そうだ。


「森ん中じゃぁワシが走るんと変わらんくらいじゃ。気ぃ使いながら《アクセ》を長いこと出すのもしんどいじゃろうし、別の人間が来る思うとったわ」


 オリカの方を見ると肩を縮こまらせている。


「リツさんの料理につられて、今回も来ちゃいました」


 舌を出してバツが悪そうに告白する。


「まあ、《ドレス》の能力は間違いのう頼りになるけえ、ええけどの。今回はヒデンもおる。森ん中を運ぶんはこんなぁにやらせるわ」


「わあ、ありがとうございます! 頑張りましょう」


 胸の前で手の平を組み合わせて、無垢な笑顔で顔で、そんなことを言ってくる。そんな顔を見ると男の子としては弱い。


 リツにもオミにも可愛がられてるっぽいし、この人、人たらしだ。


 そんでもって、そんな彼女に惹かれた僕、チョロい。


 これは楽しい仕事になりそうだぞっ。などと思っていたらえらい目に合うことになってしまった……

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