第10話 風土を知るのは定番です
着替えたあと、サリアさんの案内がはじまったのだが、これが大変わかりやすかった。
山の上にある城だから上り下りが多いのに、サリアさんは息も切らさずに歩いて行く。
城の隅々まで回るためにわざわざ遠回りしてくれたし、説明をしたあとは必ず私が理解しているか、確認の視線を投げてくれるのだ。ありがたすぎる。
上機嫌な理由はもう一つある。
私がスキップで歩いていると、サリアさんがとうとう話しかけてきた。
「……その、お召し物のほうは問題ございませんか」
「ものすごく快適だよ! ロストークの民族衣装って機能的だね!」
そう、ロストークの民族衣装が恐ろしく快適なのである。
ロストークの民族衣装は白いブラウスに膝丈のワンピースを重ね華やかな刺繍が施されたベストと一緒に帯で押さえる。そして驚きなのが下にズボンを合わせるのだ。
ワンピースは前開きの上でスリットがあって足が上げやすく、裾が翻ってもズボンのお陰で大丈夫なのだ。
「王都の令嬢は女性がズボンを履くのを嫌厭されると聞いておりましたが」
「でもスカートだけだと心もとないし。作業をするのにはやっぱり足の防護は重要だし。今度聖女の服の下に履いてみようかなあと」
「正装の下に!?」
サリアさんに驚かれたけれど、けっこうまじめな話なんだよ?
聖女の正装はご令嬢のドレスよりはマシでも、布がたっぷり使われててかさばるのに、戦場でもこれを着ろ!!!って言われて困ったもだったのだ。
特にエミリアンが。
正装は遠目からでも聖女とわかるから、敵方に集中砲火を食らわされるんだ。
あの時このズボンがあればちょっとでも楽だったかなと思うよ。
軽く思い出したら腹立ってきたので、心の中で顔面をもう一度殴っとく。
気を取り直して、驚くサリアさんに答えた。
「民族衣装ってその土地の正装だよね? なら聖女の正装に合わせても良いと思うんだ」
いいな、ロストーク。街でズボンだけでも仕立ててもらいに行こう。
そう私が心に決めていると、サリアさんがなんとも言えないもにゅもにゅした顔をしていた。
「うう……短いスカートと男が履くズボンなんて着れない! って言うかと思ったのに! むしろ喜んでるし!」
「サリアさん?」
「いえなにも、ではロストークらしい場所へご案内いたします」
サリアさんがそうして案内してくれたのは、激しく人が出入りする場所だった。
リュミエスト人はもちろん異国出身の人間までなにかしらの物品を携えていて、みんな忙しげだ。この活気は冒険者ギルドにある素材の取引現場のようだ。
私が目を丸くしているとサリアさんはすまし顔で教えてくれる。
「ロストークは肥沃な土地ではない代わりに、貿易を主な収入源としております。特にテオドリック様の代より魔獣の討伐および解体の知見を深め魔獣にまつわる素材はロストークが最高品質と唄われるようになりました」
「つまり、領主様が主導して商売をしているんだ?」
リュミエストの貴族はお金が好きなのに商人のように取引するのは卑しいことだと嫌っている。
私は事業に投資は喜んでするのに、なにが違うのかと思ったものだ。
けど、領主様は率先してやってるらしい。
「なにか問題でも?」
サリアさんの平坦な問いかけに私は慌ててぶんぶんと横に振った。
「すごいなって思っただけ! 私はこういうことには疎いけど、こんなに活気がある現場は久々に見たもの」
それこそ冒険者ギルドくらいしか知らない。殺伐とはしているけれど、荒んだ気配はない。賑わっている冒険者ギルドでの取引現場がこんな感じだ。
だからこそわかる。とても活発に取引がされているんだと。
「……まあ、この程度で化けの皮をはげるとは思ってないわ。王都の人間なんかにロストークの嫁がつとまるわけないんだし。絶対追い出してやるんだから」
「サリアさん?」
「次の場所へまいりましょう」
次に来たのは通用門近くにある、独立した倉庫みたいな建物だった。
サリアさんが見上げるような扉を開けると、むっとしたなんともいえない匂いが鼻につく。 中は獲物の解体場だった。
壁や頑丈そうな台には大小様々な刃物や工具が置かれていて、部屋中央にはワイバーンの頭部と胴体がどーんと鎮座していた。
これは覚えがあるぞ、私が狩ったワイバーンだ。
もう回収してくれたんだ!?はっや!
まさに作業員さんが皮を剥ごうとしている真っ最中だった。
サリアさんはちょっと顔を引きつらせたけど、私に説明してくれる。
「ネージュ城は死魔の森より現れる魔獣から民を守るために、築城されたのが始まりです。そのため、このように解体場まで完備しております。熟練の職人がおり、大型の魔獣にも対応可能なのですよ。まあ王都の聖女様には見慣れない作業でしょうが……」
「うん、ワイバーンははじめて見る! ちょっと見学していって良いかな!」
「はい?」
ぎょっとするサリアさんの返事に、私は喜々として現場監督らしい作業員に近づいた。
腕に盛り上がった筋肉といい、胸板といい、そのまま戦士でもできそうな体格のおじさんは、いきなり現れた私に不機嫌そうにがなった。
「なんだぁどこから入ってきやがった!」
「サリアさんに連れてきて貰いました! 次狩る時の参考にするので、解体作業見せてください!」
これくらいの怒声は軍にいれば日常茶飯事だ。
胴間声に私が元気よく返事すると、おじさんはなにかに気付いたようだ。
「次狩るとき……? お前さんもしかしてこいつを狩ったっていう聖女ってやつか」
「はい! あんまり気を遣えなかったのでボコって首を飛ばしたんですけど。無傷のほうが価値が高い部位とかありましたか?」
思ったように魔法が使えなかったから、結局魔力で杖を強化して殴ったのだ。
そのせいでもう一体は逃しちゃったし。
するとおじさんは目を丸くしたあと、打って変わって笑顔になった。
私の肩を豪快に叩いた。
「馬鹿王子をぶん殴ったとはた迷惑な使者の野郎が言っていたからどんな女傑かと思えば、こんな小せえ娘ッ子だったとは思わなかった!」
「わあ、使者が迷惑をかけたみたいで……」
「無礼な使者は報いを受けさせて、丁重に送り返してやったからな! ロストークは売られた喧嘩は倍返しだ」
おじさんの笑っていながらも殺意が若干覗く雰囲気からすると、王宮からの使者って相当やばかったみたいだ。
エミリアンの悪名がこんなところにまでとどろいているんだなあと笑った。
おじさんの物言いを周囲の人もサリアさんもとがめないってことは、ロストーク全体が王宮や王子に対して忠誠心が低いんだろうな。
この調子で彼らが相手をしたのなら、エミリアンの命令で来ただろう使者は、ものすごく居心地が悪かっただろう。
ざまあみろと私は思わずにんまりした。
とはいえ、無礼な使者と私の印象は違うはずだ。
けど、おじさんの私を見る目は親しみは気安さが籠もっている。
「使者の言葉をどうして信じなかったんです?」
「お前さんを直に見れば、それが違うってのはよくわかるさ。しかも次のワイバーンは解体前提で倒したいなんて仕事熱心じゃないか、ロストークの人間でもなかなかいないぜ!」
ばしばしと気が済むまで肩を叩いたおじさんは私をワイバーンの側まで促してくれる。
教えてくれるらしい。やったね!
「いいか、竜は捨てるところがない魔獣だ。皮は頑丈な上に見た目も美しいから防具だけじゃなく、ご婦人の装飾品にも使われるし、骨や爪や角は工芸品や触媒に、血だって立派な薬だ。なんていったって最高なのは肉よ」
「え、お肉ですか?」
私が驚いて聞き返すと、今まで黙っていたサリアさんがこほんと咳払いをした。
「ロストークでは畜肉と同じくらい魔獣の肉が常食されております」
「おう! 魔力抜きと熟成に手間暇がかかるがな! 昨日も領主様が嫁さんのために狩ってきた熊公を処理したところだ。一ヶ月もすりゃ王都の高級牛なんざ忘れるくらいの美味になるぜ。ワイバーンもそれに負けねえ味になるはずだ」
魔獣の肉は、まさに魔力が大量に含まれているせいで、えぐみや苦味を感じ、普通の人間が食べるには適さない。だから私は魔獣を倒しても、めぼしい素材をはぎ取るだけだった。
サリアさんが微かにほほえんで言う。
「本日の朝食に出されたステーキはホーンボアのお肉でした」
あのなんとかおかわりしたいのを堪えためちゃくちゃおいしかったステーキが魔獣肉!?
「穢らわしいとでもおっしゃい……」
「私はいままであんなおいしい物を捨ててたの!? もったいない!!!」
我ながら悲鳴のような声だった。
だって魔獣を倒すときは、毎回毎回焼却処分してたんだよ!? 魔獣を倒すたびにこれが食べられたらお腹いっぱいになるのになって思ってたんだ。
それが! 夢じゃない!?
「せ、聖女様……?」
サリアさんが話しかけてくれたみたいだけれどそれどころじゃなかった。
私はおじさんに勢いのまま詰め寄った。
「ど、どうやったら食べられるようになるんですかあの絶品ホーンボア肉は料理人さんに感謝したいくらいおいしかったです!!」
「お前さんロストークの味をもう堪能してたか。クックの肉の扱いは俺も認めるからな」
「料理人さんはクックさんって言うんですか! すごくお礼言いたいです!」
「はははそして俺はマイク・ブッチャーだ。魔力抜きと熟成には知識が必要だからな、興味があんなら魔力抜きの工程ぐらいは見てみるか?」
「お邪魔にならないなら全部見たいです!」
「そりゃいい心がけだ!じゃあ野郎共! はじめるぞ!」
前のめりでお願いして、私はマイクさんのワイバーン解体から魔力抜きの方法まで夢中で見学させてもらった。すっごい楽しかった。
だからサリアさんが引きつった顔をしていることには気付かなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます