第28話 精霊の花園

 遺跡は私が見上げるほど高い。ネージュ城にも匹敵するんじゃないか?


 窓やら壁から大木が生えていて、緑に埋もれてもなお、原型を保ち濃密な魔力を発している。

 遺跡の間から滝のように流れる水が、泉の水源になっているようだ。

 そんな建築物や泉、花畑の周りを大量の精霊が楽しげに飛び交っていた。

 ここだけずっと春みたいに温かくて、かぐわしい風が頬を撫でた。 

 ちょうど上ってきた朝日に照らされて、泉の水面がきらめき、遺跡の輪郭が光に包まれる。


 目を奪われるほど美しい光景だった。


「きれい……」


 私が思わずつぶやいて立ち尽くしたけど、こんなに精霊がわんさかいる、濃密な魔力の気配にはっとする。

 えっこの感じだと訓練してない人間は気分が悪くなってもおかしくない。

 ディルクさん大丈夫かな!?

 慌てて私が隣を見上げると、ディルクさんは大丈夫そうだった。

 ただ、その紫の瞳を大きく見開いて、驚愕と動揺をあらわにしていたのだ。


「これは……魔導遺跡か」

「たぶんそうだと思います」


 ディルクさんの言うとおりだと思う。

 数百年前に突如滅びた魔導帝国文明の遺物には、色々特徴があって、その一つに精霊が集まりやすいというのがある。

 なんか王宮で受けた授業で理由もあったと思うんだけど思い出せないな。


「たぶん今まで気づかなかったのは、この魔導遺跡自体に隠蔽系の魔法結界が張り巡らされていたからだと思います」


 精霊達に手を?足を?とられたときに結界の類いをくぐったのだ。

 たとえ魔導遺跡産の魔法でも、精霊達が「なんとなく」で使う魔法には叶わない。

 彼らが招きたいと思えば招けるのだ。


「もしや精霊達が死魔の森から出てこなかったのは、この魔導遺跡が原因か……?」


 お、ディルクさんすごく勘が良い。


「死魔の森に入るときも、ヴェールをくぐったみたいな感触があったんですよね。もしかしたら何かしらの魔法がかけられていたのかも」

「そう、か……隠されていたというのなら、納得がいく」


 ディルクさんがただ驚いているというだけじゃない衝撃を受けているようなのは何でかな?

 あ、でも、そうだよね。自分の領地でこんなでっかい魔導遺跡が見つかったら驚きはするか。

 私達が立ち尽くしていると、精霊達が早く早くと背中を押してくる。

 どうやら魔導遺跡のほうに行ってほしいみたいだ。


 近づいていくとやっぱり遠目で見たとおり、魔導遺跡は大きいし広々としていた。

 花畑の下も所々に魔導遺跡特有の頑丈そうな石っぽい物体が見えた。たぶん遺跡が放棄された数百年で堆積した土の上に生えているのだろう。

 よく見てみると花だけじゃなく、大きな木や草がいっぱい生えていて、果物がたわわに実っている。食べられるものがあるかな。

 それも精霊に魔導遺跡の中へ導かれるまでだった。

 木々に侵食されていると思ったら内部はそうでもなくて、天井はしっかり残っていたし、驚くほどきれいだ。 


 入ってすぐ広々とした空間の床といわず壁といわず全面に生えていたのは、色とりどりの透き通った結晶だった。

 赤橙黄色青緑紫桃色がいっぱいにきらきらと輝いて、窓の隙間から差し込む弱々しい朝日に負けず光を放っている。


 その間を楽しげにビュンビュン飛び回る精霊がいるものだから、万華鏡をのぞき込んでいるみたいだった。

 外の光景とはまた違う美しさだ。

 と、いうかこれって、全部……


精晶石せいしょうせきか?」


 ディルクさんの唖然とした声を肯定するように、精霊達がわらわらと色とりどりの石を持ってくる。


『オキニイリ!』

『オ裾分ケ!』

「えっくれるの! ありがとう!」


 私が手を出すと、我先にと精霊達が精晶石や花や小石を積み上げてくれた。

 精霊達は魔力がこもったものを好むのはもちろんだけれど、独自の美意識もある。

 きれいで丸いすべすべ石とかバジリスクの抜け殻とかも、彼らの間ではものすごく「強い」らしい。

 いや確かに強いのはわかるけど!

 ここで一番魔力がこもっていて一番きれいだったのが精晶石だったのだろうなぁ。

 わあどうしようこの精晶石と途方に暮れていると、精霊の中から一体ディルクさんのほうへ飛んでいった。


『アゲル』

「俺にまでいただけるのか」


 面食らった顔をするディルクに、精霊はちかちかと瞬く。


『マタキテクレタ、ウレシイ』


 そう伝えてくる精霊に、ディルクさんは、軽く息を呑む。

 前にディルクさんが屋敷に遊びに来ていた頃に見ていた精霊だったのかな?

 それにしたって精霊が親しげだな、と思っていると、ディルクさんにどうしたら良い? とばかりに見られた。

 そんなの簡単だ。


「ディルクさん、手を出して受け取ってください。でないとめちゃくちゃ拗ねます」

「それは、困るな」


 彼は大真面目にそう言うと、慎重に手のひらを差し出す。

 精霊が大きな手のひらにぽとりと落としたのはディルクさんの拳はある大粒の精晶石だった。彼の瞳と同じ黄昏の紫色をしてる。

 鑑定に出さなければ正確なことはわからないけれど、とてつもなく純度が高いし透き通っている。


「たぶん魔法使いの杖が作れるぐらいの精晶石ですよ」

「っ」


 ディルクさんはそれだけで、価値を正確に把握したらしい。

 たぶん、私の杖に使われているのと同じレベルだ。つまりそれは、とてつもなく価値があるということ。

 純度の高い精晶石を媒介にすれば、それだけで数段強い魔法が使えるのだ。

 魔法使いがその石を見たら、目の色を変えて何をしてでも手に入れようとするだろう。

 でもディルクさんは、美しい精晶石のきらめきに感動のまなざしを向けたあと、嬉しげに精霊に視線を戻した。


「ありがとう、大事にしよう」


 相変わらず浮かべられた笑みは魔王のようだったけど、私にはすごく喜んでいるのがわかった。

 なんか男の子がとっておきの棒を分けてもらった時みたいで、なんか可愛い。

 精霊も渡しがいがあったのだろう、くるくるとディルクさんの周りを回る。

 ディルクさんも照れくさそうだ。うんうんよかった。

 ただ精霊達、私の両手にどれだけモノを積み上げられるかチャレンジを始めないでくれるかな???


 どうやら精霊達のお礼は、この贈り物とお宅訪問だったらしい。

 気が済んだ彼らは解散してどこかへ消えていった。

 私が精霊からの贈り物をなんとか持ってきた鞄に詰め込み終えて顔をあげると、ディルクさんは紫の精晶石を両手に大事そうに持ったまま、立ち尽くしていた。

 その横顔は私ではうまく表現できないのだけれど、まるで自分の世界がひっくり返ったような感じだ。

 なんか、そう私がネージュ城ではじめて魔法を披露した兵士達に似た顔をしている。

 感動と抑えきれない喜び。

 どうしたんですか? って聞く前に、ディルクさんが訥々と話しはじめた。


「ここまで来る道中にミラベルが実っていた。だけでなく桃や、リンゴ柑橘類まで生っている。ほかにも今の季節にはならない果物や植物が同時に成長していた」

「えっミラベルがあるんですか!」


 サリアが今おいしいって行ってたやつだ! あるんなら食べなきゃ、と私はつい来た道を振り返りかけたけれど、ディルクさんが言いたいのはそういうことじゃないだろう。


「植物が常に実るような魔導装置が稼働しているってことですか」

「ああ、それが、この装置と施設なんだ」


 ディルクさんは半ば感動のようなまなざしで、目の前にある精晶石の中に埋もれた、今も発光する装置に近づいていく。


「おそらく農耕関係の施設だったのだろう。研究か農地として使われていたかまではわからないが。このあたりは魔力の霊脈が通っていて、この施設を通して周囲の魔力を吸い上げ土地に還元する。だけでなく天候や四季も調整している。数百年経ってもなお稼働しているとは、すさまじい技術だ」


 ディルクさんは精晶石の合間に見える装置の表面に刻まれた古代文字をそっとなぞる。

 私も一応勉強したけど、もう記憶の彼方だ。

 まるでディルクさんは読めるみたいな速度でじっくりと眺めている。 


「この装置は精霊を引き寄せる精堂を兼ねているな。周辺の精霊を引き寄せて魔法の補助をするように誘導したのだろう」

「むむ、もしかして、死魔の森の周りに張り巡らされてるヴェールみたいなのって精霊を閉じ込めるための結界だったってことですか」

「精霊を閉じ込めるのは難しいから、外に出る意思が鈍る程度だろうが……。その魔法から死魔の森全域がこの装置の影響範囲なんだろう。死魔の森の植生の特異さや天候異常はすべて装置の魔法が劣化し暴走したせいだろう」


 ディルクさんは嬉しいとも悲しいともつかない表情で、装置と輝く精晶石を見上げる。


「……精霊は、ロストークを見捨てたわけではなかった」


 ようやく私も、ディルクさんがなにに感動しているのかわかった。


 そうだ、ロストークは何百年も精霊が少なくて、魔力が薄い土地だった。

 だからロストークの人々は、精霊に見捨てられたと思っていて、まるで罪を償うみたいに魔法に頼らない独自の文化を積み上げてきたのだ。

 そのせいで、魔法を嫌うくらいそれは徹底していた。

 兵士のみんなに魔法を見せたら、あんなにキラキラした顔をしてたのに。

 あの夕日の下で、ディルクさんはこう言っていた。


『この地が本当に精霊から見捨てられているのなら、聖女でも呼び寄せられなかったはずだ。――なら、望みがある』

 

 切望の声音で話していた理由はきっと。


「ディルクさんは、ロストークに精霊を呼び戻したかったんですね」

 

 確認すると、ディルクさんは息を呑んで私を見下ろす。

 その表情だけで、肯定なのは私でも分かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る