第27話 約束は守りました
いっぱいご飯を食べてぐっすり眠ったら、夜明け前にぱっちり目が覚めた。
お布団は村人さんが新しくて清潔な寝具を用意してくれていたおかげで、最高の寝心地だった。
ちなみに私が使ったのは客室だ。
ディルクさんの話を聞いたら、そりゃ主寝室はあの人に譲るよ。
まだ内装まではいじってなかったみたいだし。
とはいえ客室だってさるものだ。調度品はどれもこれも高級品なのだろうけど、温かみがある意匠に統一されていて居心地が良い。
ベッドの中でんんーとのびをしてみたものの、さすがの私も起きるにはちょっと早い。
窓の外は
それがなぜ起きたかといえば、私の胸のあたりに大量に乗る精霊達だ。
朝日代わりよろしくまたたく光のせいで起きるしかなかったのだ。
精霊達に重みはないけれども、やっぱ存在感はあるものでひっじょーーにうるさい。
私の顔の脇にもなんならヘッドボードでも見守っているし、ベッドサイドにもぎゅうぎゅうづめ。
ベッドに乗りきらなかった子はふよすよ浮いてるし、窓ガラスの向こうにむに、と体を押し付けるフリをしている精霊までいる。
おいめっちゃ遊んでるじゃないか。
これが、窓の外は「たぶんまだ暗い」と推定した原因である。
こんなに光っていたら外が暗いかなんてわかんないよ!
「いやあ、こんな出待ちは予想外だわぁ」
二度寝なんてできない雰囲気に私が思わずぼやくと、精霊達はちかっと嬉しそうに輝く。
『起キタ!』
『キタキタ!』
『チカチカ!!』
「あー光らないで! 目覚めにはきつい!」
私が本気でお願いすると精霊達は光量を弱めてくれた良かった。
にしてもこんなに精霊があつまるのなんてさすがの私も経験がないぞ。王都に居たときだってこんな群がられることはなかった。
一体どういうことかと私がようやく身を起こすと、精霊が我先にと私の赤毛の房をつかみ出す。
『オレイスル』
『タノシイトコロ!』
『ショウタイ!』
ん? お礼ってもしかして昨日のキマイラを倒してくれたことについてかな。
それでどこかに招待してくれるってそういうことか?
「タノシイトコロってどっちの方向にあるの?」
『アッチ!』
と精霊達が矢印の形になって示したのは、死魔の森の方向だ。
精霊がお礼に連れて行ってくれる場所、めちゃくちゃ気になる。
死魔の森を精霊の案内で見られるのもすごく楽しそう!
良いな、どんなところなんだろう。
「ちょっと待ってて! 20秒で着替えるから……あ」
私は毛布をはねのけて着替えようとしたけれど、寝間着に借りたディルクさんのシャツが眼に入った。
彼の声が耳に蘇る。
『……だから約束をしよう』
行ってきますとただいまは言おうと約束して。それから行き先くらいは教えてほしいとも。
でも早朝だし、起きるまで待っていたら精霊は強制的に連行しようとするだろうし……。
うーーーーんと悩んだ。
けれども、私は連れて行こうとするの踏ん張ってとどまって、精霊達に呼びかけた。
「ねえ! 私のえっと……友達! 友達を連れて行って良い?」
*
私がおそるおそるディルクさんの部屋に行くと、彼は即座に「行く」と即座に答えて準備してくれた。
たたき起こされたも同然なのに、全く不機嫌にもならずむしろ上機嫌で褒めてくれさえしたのだ。
「君がきちんと約束守ってくれて嬉しい。こんな面白い経験に巻き込んでくれるとは」
褒められて嬉しいし、私と同じように期待してくれるなんて、と私もにへへと笑ってしまう。
ディルクさんの悪人面の口角がにいっと上がっていて、まるで血の晩餐のあとみたいなことになっている。けれど、精霊達はきゃらきゃらと飛び回っているので、彼ら的にも問題ないのだろう。
そんな精霊達は興味深そうにディルクさんの周りを飛び回っている。
『ルベルノトモダチ?』
『オッキイ』
ディルクさんの目が精霊を追っているから、見えているのだろう。
質量はなくとも、あれだけ群がられたら大変だろうに、困っているだけで大丈夫そうだ。
ちょっぴり残念そうに見える。なんだろう?
私が内心首をかしげている間にディルクさんは精霊に挨拶していた。
「ああ、精霊達、よろしく頼む。どちらに行くんだ?」
『コッチ!』
精霊達はうきうきと森の奥へと進んでいく後ろを、私たちもついて行った。
私の隣にいるディルクさんの出で立ちは、完璧に山男スタイルだ。
実用的で厚手のズボンとシャツに上着を羽織り、足下は頑丈そうなブーツで固めていた。腰にはいくつもの荷物や器具をぶら下げている。もちろん剣もある。
最低限とは言っていたけれど、私のいつもの服にブーツ、杖という軽装からすれば明らかに重装備だ。すごいな、えらいな。私も見習った方が良いかな。
死魔の森に一歩入ると、昨日と同じように濃密な魔力に包まれた。
さらに雨はすでに上がっていて森の木々には雨粒がしたたり、濃密な水の香りがした。
すがすがしくて気持ちが良い。
ただ、茂みを通ると草むらの水滴がついて服が濡れてしまうかもな。
うーん私は細かい魔力操作が苦手だから、この水滴を吹き飛ばすとなると、草ごと吹き飛ばすことになるんだよな。
まあ、諦めて濡れるかあと、草むらに踏み入れようとしたとき、すっとディルクさんが私の前に来る。
その手には当たり前のように短剣みたいなのを携えている。
ディルクさんの腰の七つ道具的な中の一つだろう。
「すまない精霊、俺達だとこの森は歩きづらい上、濡れてしまう。枝を払っても良いだろうか」
律儀に確認する彼に、精霊達の好感度はうなぎ登りのようだ。
いくつかの精霊がびゅん! と私たちの目の前を飛んでいったとたん、水しぶきが吹き飛ばされた。
草むらは枝は払っても良いのだろう。
ディルクさんは礼を言って、短剣みたいなものを振って枝を払っていく。
おかげで枝や草に足を取られることもなく、私は彼のあとをついて行くだけで良いという楽ちんさ。
もしかしてさっきも私が濡れないように、前に立ってくれたのかな。
なんだか妙に気恥ずかしい。
黙っているのも気まずくて、私は目の前の興味を満たすことにした。
「その剣、なんですか? 攻撃用ではないように見えますけど。あと切り払う以外に枝を折ってるのはなぜですか?」
「剣鉈だな。森や山では必須だ。それと枝を折っているのは、帰り道がわからなくなると困るから目印をつけておくんだ。奥に入るのは俺もはじめてだから」
精霊に頼めば帰してくれると思うけど……と、一瞬思ったのだけど、精霊が気まぐれ起こして置いて行かれたこともあったな。
「すごく大事ですね」
「だろう? 精霊が許してよかった。友人枠で許してくれるのか不安だったからな」
ディルクさんの言葉に、私は後ろめたさにギクッとなる。
精霊にディルクさんを友達と紹介してしまったのが胸に引っかかっていた。
「……とっさに家族って、言えなかったんです」
家族は嬉しいなあって思った気持ちは本当なのに、自分で言い出そうとしたら、こう、なんか素直に口に出せなくて……。
もごもごと言うと、ディルクさんは紫の目をはちりと瞬いた。
「実は、少し残念ではあった」
「あ、やっぱり残念そうなの見間違いじゃなかったんだ」
「俺も素直に言えるかといえば、怪しい。照れが混じってな。だから別に怒ってはいないんだ。ゆっくり慣れていこう」
そっかディルクさんも照れるんだ。
なら次は家族って言えるようにしよう。だって嬉しいことなんだもの。
うん、と密かに決意していると、ふわっと足が軽くなる。
見ると精霊が足下に集まっていた。
あっ待ちきれなくなったのかな?
のんびり歩いていたつもりはないけれど、それなら身体強化して足を速めるか……と思ったけれど、なんだか様子が違う。
目の前の空間がまるで水面みたいに揺らめいた。
精霊達に導かれるようにその空間に波紋をくぐる。
瞬間、視界が開けた。
目の前に広がっていたのは、一面の花畑とその中心に清廉な水をたたえる泉。
そして泉の中心にそびえる遺跡だった。
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