第26話 夢がふたつも叶った
窓の外は真っ暗で、ごうごうと雨が降る音が室内にまで響いてる。
夕飯にしよう、ということにはなったけれど、どんなご飯があったかなと私は自分の荷物の中身を思い浮かべる。
日帰りのつもりだったからなんもない。おやつも食べちゃってたし。
村人さんに分けて貰えば良かった! と頭を抱えていたけれど、ディルクさんは用意周到だった。
彼は暖炉に網を渡すなり、村長さんからもらっていたソーセージを焼きはじめたのだ。
私がゴクリとつばをのむと、ディルクさんは表情を和ませる。
「君はパンに切れ込みを入れてくれないか?」
「もちろんです!」
「茶を淹れる水は……外に汲みに行き忘れたな」
「それなら私が出しますよ!」
悩むディルクさんが悩むのを見た私は、杖を空いている手鍋にひょいとかざす。
ついてきていた精霊が呼応して、虚空現れた水が注がれていく。
精霊が生み出した水はおいしいからね。これで温かいお茶が飲めるぞ。
ちょっぴり得意げにすると、ディルクさんはまぶしげに目を細めた。
「助かる」
そういえば、ディルクさんは魔法を使っても、ネージュ城の人みたいに驚かないよな。
と、思っているうちにディルクさんはさらにチーズをあぶり始めていた!
えっ絶対おいしいやつじゃないか!!!
ディルクさんはあぶったパンの切れ込みにソーセージを挟むと、とろりと溶けたチーズを上からかける。ちょうどお茶も入った。
「ほら、どうぞ」
「ありがとうございます! いただきまーす!」
ディルクさんからホットドッグを受け取った私は、嬉々としてかぶりつく。
とたん、熱々の肉汁に襲われた。
「あち、あちっ」
でもスパイシーでしっかりとした塩気がおいしいし、とろりと溶けたチーズが絡んで口いっぱいに広がる。
肉汁がしみこんだパンまで最高だった。
「おっいしい……」
ほっぺたが落ちそうなほどおいしくて、私はうっとりとする。
「もっと食べるか?」
「ぜひ!」
私が身を取り出すと、ディルクさんはちょっと笑っておかわりをくれる。
もう二つ三つとぺろりと食べてしまった私だったが、ディルクさんが全然食べていないことに気づいた。
しまったそうか、私が食べ続けてるとディルクさんは焼き続けることになるから食べられないのか。 これは良くない。
「う、私が焼くの代わります」
「そうか? 君の食べる姿が気持ちが良かったから別に良かったんだが」
「ご飯を食べるのは優先事項だけど、他の人が平等に食べられないのも嫌なんです。料理はできませんけど、お肉は野営でよくお肉は焼いてたのでなんとかできますよ!」
「では任せようか」
私はディルクさんからトングを奪い取れたので、私は気合いを入れてソーセージとチーズの面倒を見た。
だいじょうぶ、チーズは溶けたら、ソーセージは私がおいしそう!と思える焼き目になれば良いんだね。
ごうごうと雨の音と一緒に、暖炉のパチパチと薪が弾ける音が心地よかった。
「すっごく手慣れてましたけど、ディルクさんも料理よくするんですか」
「食べ物を食べられる形にすることはできるさ。この屋敷にくるときは食材だけ持ち込んで作っていたよ」
えっと私は驚く。でもそういえば、村長さんびびっていたけど初対面の人よりは断然ましな反応だったな。
「もしかして、けっこうな頻度でこのおうち使ってましたか」
「落ち着いて研究……こほん。考え事ができるんだ。城からほどよく離れていて一人になりたいときは利用していた」
歩いて一日半ってことなら、馬だったら半分くらいか。それでも結構離れていると思うけど……?
けど、ディルクさんがなんでもない風に言うのに、私はふぐとなる。
「つまり、ディルクさんが落ち着けるおうち、ってことですよね。じゃあ私はもらっちゃいけないやつじゃないですか」
取り上げてしまったような気がしてしまって後ろめたくなる。
だけどディルクさんは心底不思議そうにした。
「俺が気に入っている家だから君にこそ渡すのだが……? 親しくなりたいと思っているのに、気に入らないものを押し付けないさ」
私はあんまり聞いたことのない理論にびっくりした。
この人は自分の好きなものを相手に惜しみなく渡すんだ。
私に渡しても良いと、思ってくれたことがなんだか心が温かくなってむずむずする。
「ここは、君だけの場所だ。君が落ち着ける場に少しずつ作り替えて行ってくれて良い。ロストークはもちろん俺も干渉しない」
私だけのおうちだと、ディルクさんは保証してくれた。
嬉しいけれど、少し寂しい気がした。
なにが寂しいのだろう? 私は今までこんなに自分の気持ちを深く考えたことがなくてぎゅっと眉間にぎゅっとしわが寄る。
やば、そうこうしている間にソーセージが焼けてる!
慌ててあぶったパンにぽふんとソーセージを挟んで、とろりとチーズをかける。
うん、ちょっとソーセージがおいしそう!よりは焦げたけど、良い感じだ。
「どうぞ!」
「いただこう」
照れくさそうに受け取ったディルクさんは、無造作にかぶりつく。二口くらいで食べきった彼はちょっと手についた油をなめて満足そうにする。
「うん、うまいな」
あ、いいな。と、思った。
ディルクさんが、隣で同じものを食べているのいいな。
「良いおうちなので、ディルクさんとまた来たいです」
口にだしたら、すごくしっくりきて満足した。
一人でもわくわくしたけど、こうしてディルクさんがなじんでいる場所に、私も居られるのが嬉しい。
ディルクさんは戸惑いながらも照れくさそうに笑った。
「君が声をかけてくれるのなら」
その言葉に私はお説教されたときに言われたことを思い出す。
言い訳みたいに聞こえないかな。
黙々とソーセージをパンに挟んでいたら、ディルクさんがチーズをのっけていってくれた。あっという間に全部ホットドッグになる。
お茶をちびちび飲みつつホットドッグにかぶりついて、私はおいしさに助けられるみたいに話してみた。
「えっとですね。出かける場所言わなかったのわざとじゃないんです。今まで行き先は大体決められていて、そうじゃなければ一人で任務に行ってこいって言われることも多かったんです。だから、行き先を誰かに言うってあんまりしたことがなかったんです」
だからまさか、そこを取り沙汰されるとは思っていなかったのだ。
心配もあまりされたことはない。だって私は陽輪の聖女だ、どんな宮廷魔法使いよりも巧みに魔法を使い誰よりも強い。
任される仕事も、下手に兵士をつれていったほうが被害が大きくなるようなものばかりだったし、一人のほうが早くすむ。
馬鹿王子は無茶な任務を押しつけるだけ押し付けて、解決方法は丸投げだったからなぁ。
殴る相手を殴ってきて、終わりましたって報告をする。時々嫌がらせで魔獣の首をエミリアンの前に放り投げる位しかしたことがなかった。
私がちょっと一人になりたくて居なくなっても、戻ってきさえすれば特に言われることはなかったのである。
「あーまたかー」くらいで受け入れられていて、私はそれがずっと当たり前だった。
するとディルクさんは目を丸くして沈黙のあと、真面目な顔になる。
「君はよく軍人をしていたな」
「私も今はちょっと思います……」
自分の上官への不服従を棚に上げていた。
神妙にすると、ディルクさんはちょっと慌てたようだ。
「いや君をとがめたつもりはない。習慣がなかったのなら仕方がないからな。……だから約束をしよう」
「約束?」
ディルクさんは私に向き直る。
「少なくとも、君がロストークに居る間は、ネージュ城が君の帰る場所になる。だからお互いに、行ってきますとただいまは言おう。君は、俺の妻になる人なのだから」
行ってきますと、ただいまを言う。帰る場所がある人の言葉だ。
私がずっと憧れていたもの。
とくん、と自分の胸が鼓動を打った気がした。
ふわっと、体が軽くなるような高揚感で満たされる。
すごく嬉しくて、私は顔が緩むのを押さえられなかった。
ディルクさんがなにがなんだかわからなさそうだったしそれも当然なので、私は説明した。
「私、自分のおうちを持つのが夢だったんです。孤児だから家族はよくわからなかったので諦めたんですけど、自分が帰って安心して過ごせる場所なら、今からでも手に入るかなあって」
王宮や兵舎の一室を間借りするたびに思っていた。
自分だけのおうち、自分の好きなものを置いて、誰かの視線を気にしないで、羽を伸ばせる場所ってどんなに良いのだろうって。
ディルクさんの顔に納得の色が浮かぶ。
「だから、君はカルブンクスに屋敷をほしがったのか」
「はい。領地の管理人なら、居座れる理由もありますし。でも妻ってつまり、ディルクさんと家族になるってことですよね」
ようやく気づいた。諦めていたことも、ディルクさんは前向きに私と夫婦になろうとしてくれる。
正直妻はもちろん家族なんてよくわからないけど、膝に頬をつけてやに下がる。
「私、夢が二つも叶ったんだ」
こんなに幸せなことはないだろう。
この人が必要としてくれるなら、帰る場所をくれるのなら、私はなんでもできそうだ。
「君は……」
「だから、ディルクさんも私に自由に命じてくださいね」
息を呑んだディルクさんがなにか話そうとしていたのに、声をかぶせてしまった。
なにを言おうとしたんだろう? と思ったけれど、ディルクさんは深く息を吐いたあと、ちょっと真剣になる。
「家族には、命じるものじゃない」
「そうなんです?」
「君が納得できたら、応えてくれたらいい。不服だったら遠慮なくぶん殴れ」
意外に腕力な答えが返ってきて、私はパチパチと瞬いた。
でも、ディルクさんはいつだって私に決定権を与えてくれるんだな、と思うとますます嬉しくなってしまう。
「わかりました。じゃあ私で解決できることなら、相談してくださいね」
「……ああわかった」
ディルクさんの返事に少しだけ間があった気がしたけれど、私は自分の欲しいものが手に入った喜びに浸ったのだった。
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