第13話 食べられますなんでも!
領主様とお昼ご飯を食べることになった。
領主様専用の食事室に間もなく運び込まれた料理は、昨日の晩餐とは違う雰囲気のものだった。
パスタ生地になにかが詰められたものが浮いたスープや、薄く叩いて伸ばされたお肉に衣を付けてあげ焼きされたもの。ソーセージはもちろん野菜の煮込み料理などもある。
ライ麦かなにかが混ざっている褐色のパンがスライスして添えられていた。
もうお腹がぐうぐう鳴っている。
私がよほど物欲しげにしてしまっていたためだろうか、領主様が目元を険しくする。
給仕のために控えていた従者の青年がひっと小さく悲鳴を上げる。
「本当に、ロストークの郷土料理でよかったのだろうか?」
私が食べたい物を聞かれたときに、ロストークの料理が食べたい!とリクエストしたのだ。
なんでそんなに不安にされるのかはわからないんだけども、私は思い切り頷いた。
「もちろんです! 朝ご飯に出していただいたステーキが魔獣のお肉だったって聞いたのでもう一回食べてみたかったんです!」
すると料理を持ってきた細くて痩せたおじさんの一人がなぜかびくりとした。
驚きと焦りを覚えているようにせわしなく目を左右に泳がせている。
そんな彼に領主様は険しいまなざしを向ける。
「よかったな、クック。聖女殿は気に入られたそうだ」
「えっその人が料理人のクックさんですか!?」
私が思わず身を乗り出すと、料理人さんは気が小さい人なのか身を引きつつ頷いた。
「こ、このたびは無断で食材を変更しまして……」
「朝ご飯すんごくおいしかったです! 量もちょうど良くて助かりました! ワイバーン狩りでお腹がぺこぺこだったので!」
「えっあっはぁ」
「あっそれからマイクさんから聞いたんですけど、魔獣のお肉を調理するのならクックさんがとてもお上手だと聞きました。この料理の中にも魔獣のお肉は使われてますか? どんな魔獣なのかとか教えてくれますか?」
クックさんはびっくりして固まりながらも、領主様に視線を向ける。
領主様はなんとも言えない苦笑いをしながらも頷いてみせた。
「ご、ご要望でしたので、今回はネージュ城で出している肉を使っています。肉の詰め物のスープ煮のマウルタッシェンと揚げ焼き肉のシュニッツェルにはホーンボアを使っています。ソーセージには複数の肉の合い挽きです」
ホーンボアといえば角での突進がやっかいな私も良く狩る魔獣だ。
私が昔試しに焼いてかじってみた時には肉の質感をした生木にえぐみを凝縮したような味だった。
でも目の前の料理からはよだれが溢れそうなほどおいしそうな匂いがしている。
「食べても良いですか?」
「……ああ」
私が待ちきれずに聞くと、領主様が許可してくれたので私は意気揚々とフォークとナイフを手に取った。
まずは薄く衣を付けて揚げ焼きをしたシュニッツェルをひとかじりする。
さくっとした衣と一緒に、ホーンボアの肉汁がじゅわっとあふれ出してきて目を丸くする。
「うっっっまい!!!」
しかもひと噛みするたびに肉が口の中でほどけていくのだ。これは薄くされているだけではない。肉自体が柔らかい。自分で焼いたホーンボアとは異次元の食べ物だ。油もしつこくなくてあと十枚は行きたい。
「なにこれなにこれ、魔獣ってこんなにおいしいんですね!? すっごい!」
続いてスープを口に運ぶと滋味深い味がして、口のこってり感がリセットされた。
ラビオリのような包みをそっとフォークで割ると、挽肉が出てくる。
はむっとかじると、熱々のスープを含んでいてびっくりしたけれど、ぎゅっと濃縮されたうまみが広がって、私はうっとりとする。
シュニッツェルとはまた違うホーンボアの優しいうまみがすごい。
「幸せが口に広がるぅ……」
ソーセージは皮がぱりっぱりだし、野菜の煮込み料理も絶品だった。
ジャガイモもほくほくでいくらでも食べられてしまいそうだ。
黒パンも風味があって、肉料理と良く合うのだ。
「このお城のひとたちはこんなにおいしい料理を毎日食べてるんですか!? 最高ですね!?」
「気に入ってくれたようでなによりだ」
「はい! おいしいです!」
領主様の言葉に元気よく返事をしてからはっとする。
あんまりがっつくと、偉い人にはいつも嫌そうな顔をされたものだ。
マナーを教えて貰いはしたけれど、あんまりうまくできてないことは自覚していた。
い、今からでもお上品にすべきか……?
おずおずと領主様をうかがうと、目元を細めて私を見ていた。
まるで企みがうまくいったという愉悦顔にも見えるけれど、それにしては毒気や悪意がない。むしろほっとしているように感じられる。
なんだかちょっとだけ落ち着かない気持ちになって、思わず目の前のソーセージにかぶりつく。とたん、そのおいしさにすべてが吹っ飛んだ。
このぱりじゅわがたまらなさすぎる。お代わりとか貰えないかな。
無心で食べていると、傍らからすすり泣きが聞こえてきてえってなって顔を上げる。
すすり泣きの主はクックさんだった。
「うっ、こんなに喜んで貰ったのに……わ、私は……」
エプロンでぐしゃぐしゃになった顔を拭いたクックさんは、私が見ていることに気付くと真っ赤に泣きはらした目でぎこちなく笑った。
「すみません……。これでしたら領主様が狩ってこられたマッドベアも処理と熟成が終わりましたらお出しします。聖女様がロストーク料理に慣れてくれたら食べさせてやりたいと狩ってこられたものですから。熟成期間が一ヶ月は必要ですからもうしばらくお待ちくださいね」
「クック!」
領主様が焦った様子で名を呼んで、クックさんは冗談じゃなく空中に飛び上がった。
けれど私はきっちり聞いてしまったのである。
私は本来なら早くて一月後くらいに来ると予想されていた。
つまり、マッドベアを昨日狩ってきてくれたのは、もしかしなくても、私をもてなす準備なのだろう。
この人は、本当に私を歓迎しようとしてくれていたのか。
領主様を見ると、紫の瞳がそらされる。たいそう気まずそうで、私はなんだかもぞもぞしてしまった。でもけして嫌なもぞもぞではない。
それに「ロストーク料理に慣れてくれたら」という単語でもしかして、と気づいた。
「昨日の夕ご飯が、王都で食べたことあるものばかりだったのって、私に気を遣ってくれたからです?」
「ロストーク料理の食材はクセのあるものばかりだから、念のためだったのだが。杞憂でなによりだった」
「私は食べられるものだったらだいたいお腹壊さないので大丈夫です。おいしければなんでもイケます」
急いで伝えると、領主様はちょっとだけ笑ってくれた。
涙を拭ったクックさんが思いだしたように声を張り上げた。
「で、ではお代わり! お代わりはいりませんか、欲しければいくらでも……」
「えっいいんですか、じゃあ全部二人前ずつください!」
良いよって言って貰えたんなら遠慮なく!
王都のご飯もおいしかったけれど、こんなに感動することはなかったのだ。
クックさんは驚きつつもぴょこんと頭を下げて退出していった。
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