第34話 ちゃんと、強い子なんです
「例の手紙を持ってきてくれないか」
「は、はいかしこまりました!」
マルクさんがものすごい勢いで出ていったかと思うとすぐに戻ってくる。
盆に乗っけてこられたのはお手紙の束だった。
綺麗に片付けられたテーブルにのせられた手紙の宛名は、全部私宛だった。
手紙をもらう当てがない私が一体なんだと思っていると、ディルクさんが言った。
「すべて、君が魔獣討伐で回った村からの感謝状だ。正式な書状だったからこちらで先に改めさせてもらったが、皆感謝していたよ」
「!?」
「ちなみに収穫時期になったらそれぞれの土地の特産品を献上したいと打診が来ている。君に味わってもらいたいそうだ」
驚きすぎて、私は手紙の束とディルクさんの顔を交互に見る。
優しい目をしたディルクさんにうなずかれたので、私はおそるおそる手紙を手に取って、明けてみる。
確かに回ったことのある村の名前で、素直な感謝の言葉が綴られていた。
今までの任務の延長で、ただ自分が何もしないのが心苦しかったから働いていただけだった。こんなふうに、感謝してもらえるなんて思ってなくて、戸惑った。
あんまり文字は上手じゃなくて、所々読みづらい部分もあるけど、みんな「作物が無事収穫できた!」とか「息子が助かった!」とかそんな素朴な感謝の言葉で。
ディルクさんの言うとおり、「自慢の作物をおくります!」ってある。
私は、私は。
こういうとき、どう、したらいいんだっけ。
目の前に座っているディルクさんが、驚いたように立ち上がる。
「ルベル殿? どうされた」
「え、あ……」
近づいてくるディルクさんがにじんで見えるのはどうしてだろうと思ったら、ぼろっと涙が頬を伝った。
私が座る椅子の傍らに膝をついたディルクさんがぎこちなく背中に手を当ててくれる。
「なんでだろ、よくわかんなくて。こんなふうに素直にお礼を言われたのってあんまりなかったからびっくりしちゃってみたいです」
「――それは、嬉しかったのだろう?」
うれしい。これは、びっくりじゃなくて嬉しいんだ。
静かに諭すように言ってくれるディルクさんの言葉で、なるほどそうかと腑に落ちたら、ぶわっと涙があふれた。
「う、うれじい、でず……!」
手紙に涙が落ちちゃうと、とっさに顔の下から遠ざけたら変な格好になった。
でも雫が拭えなくて、ボロボロと膝に涙が落ちてしまう。
みっともない顔になっているだろうから止めたい。
なのにディルクさんは、優しく頭を背中を撫でてくれたら、ますますあふれてきてしまった。
別に泣き虫じゃないのに、なんで止められないんだろう。
「迷惑じゃなくて良かったよう……!」
「迷惑など言われるものか」
「言われたことあるんですぅ! でも仕事だじ、みんなが餓えるのいやだったじがんばっだんでず!」
「そうか、君はとても強いな」
「めぢゃめぢゃづよい、ので、泣いだりじないんでずよぅ!」
子供みたいに泣きじゃくりながらの支離滅裂な私の話にも、ディルクさんは律儀に相づちを打ちながら、ぽんぽんと背中を撫でてくれる。
「うん、知っている。だが嬉しいのだろう? よかったな」
「よがっだでず……!!!」
ありがとうって、言わなくても仕事だからやっていたけど。
言われたくないわけじゃなかったんだと、当たり前のことすら忘れてた。
突然泣き出した私にも、ディルクさんはあきれずに、泣き止むまであやしてくれたのだった。
泣きはらした目で部屋に戻ったら、サリアがぎょっとした顔になり、「旦那様がどんな無体を働いたんですか!」と今にも殴り込もうとしてびっくりした。
持って帰らせてもらった手紙を渡して事情を説明したら、サリアは手紙を入れる綺麗な箱を用意してくれたのだ。
ベッドに寝転がって、手紙を何度も眺める。
一文字読むごとに、嬉しくて、あったかくて、もっとあの人達が笑顔でいられるようにしたいなあ。
自然と思い出すのは、今日の村の人達だ。
「リンゴのコンポートおいしかったな……ほんとは絞りたてのジュースも呑んで欲しいって言ってたな」
あまり面が良くないから、生のまま渡すのは気が引けたんだって、言ってた。
きっとあんな土地にこそ、精霊の祝福が必要だ。
そして精霊は、死魔の森の奥深くにたくさんいた。それこそのびのびと遊んでいた。
あそこも良かったけど、今まで回ってきた村だって、負けていないと思うんだ。
「遊びに来てもらったら……だめかな」
精霊達はあくまで好きで死魔の森の奥にいる。
定住してもらうのは難しくても少し彼らが村に滞在するだけで、あの荒れた土地は少しは良くなるはずだ。
あの村のリンゴ、庭園で食べたものよりおいしかったし。
思い立ったが即実行と、腹筋だけで起き上がったけれど、ディルクさんの言葉が耳に蘇る。
『――準備が必要だ』
「そう、だ。精霊に関することだもの。ディルクさんに相談してからだ」
よかれと思ってやったことでも、ロストークの領主はディルクさんだ。
彼と、彼の領民のために何かしたいけれど、それがありがた迷惑になったら本末転倒だ。
「馬鹿王子みたいにはなりたくないからね……だから、みんなもまだナイショね」
ふよすよと集まってきた精霊達に、しぃーと唇に指を当ててお願いすると、精霊達はちかちかと瞬きながら了承してくれた。
『ナイショ!』
『タノシイ!』
ふふ、これなら大丈夫だろう。
と思った私はそうっと手紙を戻して蓋を閉めた箱を抱えて、ベッドに横たわる。
不意に思い出すのは、ディルクさんが撫でてくれた感触だ。
冷静になったら、やっぱり泣いてしまったのは恥ずかしいのだけど。
「ディルクさんの手、おっきかったな」
明日、朝になったら、ディルクさんに相談しよう。
さわ、と自分の頭を撫でもちがうな、と思いながら、私は眠りに落ちた。
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