第20話 受け入れられると思わなかった





 兵士達に教えるのは大変だった。

 運動神経はとても良いから、飛んでも受け身を取ってくれるし頑丈なんだけれども、ここまで勢いと思い切りの良い人達には会ったことがなかったもので。

 だけど、浮かんだとたん地面に叩きつけられても大はしゃぎな彼らには、最後には私も笑ってた。

 なんだか久々に長くしゃべった気がして、私は喉をさすりながらディルクさんと連れだって本館に戻っていた。


「ディルクさん、私に魔法を披露してくれ、ってお願いしたのは、兵士達へ私の心証を良くするためでした?」

 

 魔法を見せてやりたいというわりには、ディルクさんの手際は誘導が強かった。

 すると、ディルクさんはちょっと申し訳なさそうな顔で認めた。

 

「あそこまで兵士達が心を開いたのは、君の行動のたまものだよ。まさか、彼らが『ロストークでも魔法が使えたら』と言うなんて思わなかった」


 ディルクさんはどこか影を帯びたまなざしになる。

 そう、浮遊ができたとしても、そこから長距離移動をするには風の魔法が必要だ。

 風の魔法は個人の魔力量では微風しか起こせないから、現状だと歩くより遅い速度か出せない。

 その時に、酷く残念そうに兵士の一人が呟いていたのだ。

『俺たちも、精霊様に助力を願えれば……もっと守れるだろうか』と。

 

「私はただ、魔法を使っただけですし」 

「いいや。とんでもない」

 ディルクさんに力強く否定された。

「君は、この地に精霊を呼べると示してくれた。今日の出来事は大きな一歩だったよ。ありがとう」


 私は好きにやっただけで、取り繕ったりする気は全然なかった。ディルクさんがいなければ、きっと今回も怖がられて終わりだっただろう。

 あんな風に、兵士達と笑いながら土に転がることもなく。

 ああなんだか、居心地が悪い。

 お礼を言い返すのも違う気がして、言葉を探した私は、訓練を見守っていた彼に感じたことを思いだした。

 

「そういえば! ディルクさんは、魔法についての知識があるんですか?」


 ディルクさんの反応に返事に一瞬間があった気がした。


「なぜそう思ったのだろうか」

「魔法についてよく知っているみたいだったので。私が一日に起きなかった時も、原因が魔力不足だって知っていましたし。精霊を呼んだ時も懐かしそうだったな、と。彼らが無理矢理つれてこられたんじゃないと確信もありましたよね?」


 精霊をはじめて見る人は、兵士達のようにはじめは畏敬の念を覚えるものだ。けれどディルクさんにはそれがなかった。

 他にも浮遊魔法がうまくいかない兵士に的確なアドバイスもしていた。


「俺は王都へ行くことも良くあるし、当主になる前は王都の学院に在籍していたこともある。多少は一般的な魔法についての知識はあるんだ」


 学院とは王立学院のことで、魔法や経済などありとあらゆる学問が学べる場所だ。

 名目上は身分に関係なく広く門戸が開かれているけれども、実質は未来の国政を担う貴族の子女が人脈を作るための場らしい。

 私も何度か王立学院の要請で聖女の魔法の実演に行ったことがあるけど、あんまり熱心じゃなかったし。

 とはいえ、ロストークのディルクさんが学院に通っていたから魔法に詳しかったというのは納得だ。

 でもそれだけじゃない気がするんだよなー。

 覚えた違和感について考えかけていると、今度はディルクさんが聞いてくる。


「君は精霊を呼び寄せる時以外、呪文詩を使っていなかった。だがいくら精霊を呼び寄せようとも、ロストークの地でなくともあそこまでのゴーレムを作ることはできない。なにか他の理由があるのだろうか」


 私はどう返すべきか迷った。呪文詩とは魔法を使うために必要なものだ。

 精霊を褒め称え助力を願う、ための手順だ。

 それを省略するのはあり得ないと、されている。 

 ディルクさんの問いかけは宮廷魔法使いの間では通説というより、一般常識の質問だ。

 昔はどうしてこんな呪文詩で魔法が使えるかを、宮廷魔法使い達に話したことはあるにはある。


『そんな世迷い言で我らに秘技を隠すのか!』

『嘘つきめ!』


 研究者に言われた言葉が耳に蘇る。結局、誰も信じてくれなかったんだよなあ。


「ルベル殿?」


 ディルクさんに声をかけられて、私ははっと我に返る。

 彼の紫の瞳は、純粋な疑問が映っている気がした。

 はぐらかすという選択肢もあるけれど、私はあえて軽く簡単に答えてみた。


「呼びかけて、お願いし、褒めて、感謝することで、精霊は私達の魔法を手伝ってくれるんだよ」

「そうだな」

「なら形だけの呼びかけじゃ気分は上がらないし、感謝じゃ喜べないし、願いを叶えるだけじゃ疲れちゃいますよ」


 ディルクさんの瞳が今までになく大きく見開かれた。

 夕方にさしかかっているからか、紫色がよりきれいに見えてちょっとだけ見惚れたけど、そっと目をそらした。

 魔法使いならこう話すと「なにを言っているんだお前は」とあきれ顔と失望の反応をされるんだ。

 そして私が精霊に好かれる「秘法持ち」だからと取り合わないか、自分が精霊に好かれる秘密を隠すために嘘をついているのだと決めかかる。 

 確かに、人より精霊に好かれることは認めるしかない。私が少し呼びかけるだけで彼らは来てくれるもの。


「今回あつまって来た精霊達は、みんなワイバーン戦をみていて、同じことをしたがった子達ばかりでした。だから私のお願いを素直に聞いてくれたんです」

 

 けれど、私にしてみれば、魔法使い達が呪文詩を唱えて現れ、魔法を手伝った精霊達は、明らかに光の瞬きが鈍くて、つまらなさそうだった。

 だから楽しそうな方に行くのは当然だと思うのだ。

 私は呪文詩なんて知らない頃は、スラムの裏路地でいかに精霊達の興味を引けるかを考えて呼びかけていた。

 でも、まあ、いっか。ディルクさんに「信じなくてもいい」と明るく言おうとして、息を呑む。


「そう、か。なるほど。そうなのか……!」


 そうつぶやいた彼の紫の瞳が、きらきらと納得と興奮に輝いていたからだ。


「古典呪文詩は今からすると長大で無駄な表現が多く見えるが、時として今では考えられないほど絶大な力を発揮したと云われている。それはつまり、その場にいた精霊にとって長大な呪文詩が彼らの好みに合ったということか」

「あ、うん。精霊にだって意思はある、ので……」

「ああ……まさにその通りだ」


 今までにない反応に私がどう受けとめるか迷っていると、ディルクさんは少し興奮が収まったようで口を押さえて決まり悪そうにする。

 だからか思わず聞いていた。


「嘘だと思わないんですか?」

「なにをだ?」

「私が呪文詩を簡略化する理由を、です。適当な呪文詩でも通用するのは、私が精霊に好かれるからだとか……」


 ディルクさんは理解ができないとばかりに眉を寄せた。


「現に君はあれだけの魔法を行使した。ならば少なくとも君の呼びかけ方が精霊にとって好ましいのは疑う余地がない」


 言い切られたのは、はじめてだ。私は、胸がぎゅっとなった気がした。

 なにも言えないでいると、ディルクの表情がわずかに曇る。


「それに、精霊に好みがなければロストークは精霊に捨てられた土地などと言われてはいないし、隣接する土地であるカルブンクスには精霊が溢れるわけがないだろう」


 その言葉に私は彼がどうして私の言葉を素直に受け入れてくれたのか少しだけわかった。彼は精霊の理不尽さと性質を肌で感じていたからだ。


「この地が本当に精霊から見捨てられているのなら、聖女でも呼び寄せられなかったはずだ。――なら、望みがある」


 噛み締めるようにディルクさんが言う姿に、私はなんだかじわじわとこみ上げてくるものを感じた。


「ディルクさんは、ロストークに……」


 私が言いかけた時、城から小走りで人が現れるのが見えた。服装からして役人さんだな

 ディルクさんを見つけるなり、急いだ様子で話し出す。

 彼の話を聞いていたディルクさんは、私に申し訳なさそうにした。


「すまない、仕事に戻らねば。また次の食事で」

「あ、はい」


 そのまま役人さんと連れだって行くディルクさんのまわりにはとたんに人が集まってくる。

 彼らの後ろ姿を私は見送った。とくん、とくんと心臓が鼓動を打つのが聞こえる。

 ディルクさんは、私の言葉を決めつけず、否定しなかった。

 どうしよう、全然他人のつもりだったのに、この人すごく理想的なんじゃないか?

 息苦しさにも似た妙な感覚に、私はきゅっと心臓を握った。


「なんだこれ、落ち着かない ……よし、飛ぼう!!!!」


 じわじわと温かな熱がこみ上げてきてどうしようもなくなった私は、杖に乗るとしばらくネージュ城の周りを飛んだのだった。

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