第21話 意地っ張り侍女の選択

 

 


 ネージュ城侍女サリア・クィアランは、根っからのロストーク生まれだ。

 ロストークの耕作には適さない荒涼とした大地と、冬でなくとも吹きすさぶ寒風で指がかじかむ気候は、生きていくだけで過酷だ。

 なのにカルブンクスで成長した凶悪な魔獣の暴威はいつ襲ってくるかわからない。

 それでも魔獣に怯えずに暮らしていけるのは、ロストーク家であり、歴代の領主が先陣を切り魔獣を阻んでくれているからだった。

 厳しくも誇り高く、民を守る最後の盾がロストークである。


 だからサリアは領主であるロストーク家に代々仕える家系であることを誇りに思っていた。 両親に言われるまでもなく城への奉公を選び、侍女として家政婦ハウスキーパーにも一目置かれるほどになった。

 いずれ当主の伴侶の世話をするのだと、期待と希望に満ちていた。


 外の令嬢の脆弱さを知るまでは。


 ロストークの風習や文化を野蛮だと罵り去っていく王都の令嬢達の世話をしていくにつれて、サリアは鬱屈を抱えていった。

 耐えられないのなら、まだ良い。

 前当主夫人のような悲劇を生み出さないためにも強要をするつもりはない。

 決定的だったのは、何人か目の令嬢だった。

 確か王都でディルクと出会い、魔獣を討伐する彼が好ましいと笑顔で言っていた令嬢だった。

 ディルクの感触も悪くなかったと思う。

 そんな彼女が、自分で連れてきた侍女達に向けて言っていたのだ。


『結婚したあとは王都に住めば良いわ。王都にいれば夫人の役割は果たせるし、こんな陰気で危なくて住みづらい場所に閉じこもるなんてごめんだもの』


 朗らかに、悪びれもなく。それがさも当然のことのように。


 サリアは憤怒にかられた。

 ディルクからロストークへの想いを聞いていて、彼女は一切ロストークを故郷とする気がないのだと。

 サリアはロストークの民であることに誇りを持っている。 

 当主の伴侶となるのであれば、ロストークを受け入れてくれる人であってほしい。


 だからサリアをはじめとした使用人達は、令嬢達に早い段階でロストークの洗礼を受けさせることにしたのだ。

 何度もそれを繰り返したせいで、外の身分の高い女性はロストークを毛嫌いするという偏見も育っていたのだろうと思う。

 そのせいで、王命で決まった伴侶にはじめから反感を抱いた。


 聖女はこの国で王女と同等の尊い女性だ。精霊に愛され、強力な魔法を使える。

 しかし大切にされていたのであれば、今まで来た令嬢と変わらないだろう。

 結婚は覆せない。ならさっさと王都へ帰ればいいと思った。 

 思い違いに気付いた時には、やり過ぎていたのだ。

 聖女に対する不敬罪、傷害、なにより自分自身がロストークの矜持を貶めかけていた。

 普通ならば、解雇されてもおかしくない事柄であると、サリアは重々承知している。

 なのに、まだ侍女を続けていられるのは、「聖女様」がだいぶ奇妙な人だったからだ。


「サリアー! 教えてほしいことがあるのだけど!」


 弾んだ声で呼ばれ、サリアは赤髪を項で纏めた、まだ少女といってもいい娘、ルベルを見る。

 陽輪のルベルは、サリアが想像していた聖女とは全く違った。

 先のハジュールとの戦場で武勲を上げた聖女だと事前に説明はありはした。

 しかし、魔法使いなのだから多くの兵士に守られての勲功だろうと軽く考えていたのだ。

 サリアよりも幼い彼女が肉弾戦で騎士四人を圧倒するほどの実力を見せつけられて、ようやく目が覚めた。

 彼女は今までの令嬢達と違うのだと。


「どうなさいましたか」


 サリアが近づいていくと、ルベルは簡易地図を広げていた。

 すでに色々とかき込まれているようだ。


「ウィンドウルフの縄張り」

「迂回推奨」

「盗賊に注意」

「ホーンボアの生息域」


 このような情報が出てくるのは、もしかしたら外回りをする騎士達に聞いたのかもしれない。

 サリアを見るルベルは、期待に満ちた表情で問いかけてくる。


「リヴィエからカルブンクスまでの街に名物とかあります?」

「名物、でございますか」


 奇妙なことを聞くと思いつつサリアは、ロストークの民族衣装を纏う彼女を見る。

 そう、ルベルはロストークがどれほど外と違う姿を見せてもおおらかに楽しげに受け入れた。

 しかもルベルは、処罰されるサリアと騎士達を許してみせたのだ。

 敵対する使用人達へのご機嫌取りか、とサリアは勘ぐったが、ルベルはあっけらかんとこう言ってみせた。


『いいよ、へたに隠されてしまうほうが居心地が悪いから』


 その言葉通り、敵意と警戒を隠さないサリアを気にせず側に置く。

 だが、誰でも良いわけではなかった。

 サリアが許されたことで、ルベルを侮った侍女がベッドメイクに手を抜いた。

 すると、ルベルはすぐさま気づき、淡々と処分を下したのだ。


『ベッドメイクが適当でも生死には関わらないけれど、上官に従う気のない部下は緊急時に致命的なほころびになる』


 表面上は取り繕っても、ルベルを受け入れられない、あるいは裏で誹っている者は「来なくて良い」と退けた。

 けして愚鈍ではない。媚びてもない。どれだけ悪意に晒されようと、ゆらぐことのない芯を持ち、自分のままに振る舞うことができる。

 ロストーク人でもそうはいない。

 気付いたとき、サリアは己の振る舞いが恥ずかしくなった。

 だから改めてサリアは、聖女ルベルという少女と向き会うと決めた。


『それに、お世話はサリアのほうが上手だし』


 けして、その言葉が嬉しかったわけではない。

 偏見の目を捨てれば、ルベルという少女はロストークでも見ないほどたくましく……様子がおかしかった。


(まさか喜々として魔獣の解体を習いに行くとは思わないし、騎士達の訓練に参加しているし……民族衣装は気に入るし、旦那様にも堂々と意見するし……でも、私たちロストークをまっすぐ見てくださる)


 もしかして、ロストークはこのような人を求めていたのではないだろうか。

 いいや、まだ結論を出すのは早い。

 今は、自分の能力を最大限に生かし仕えよう。


「そうですね。まずは全般になりますが、やはり魔獣の肉を使った加工品でしょう。村ごとにスパイスに特徴がありますし、使用する肉によっても味わいが変わります。カルブンクスまでの方向ですと、ホーンボアですね」

「おにく!!!」


 とたんにルベルの表情が輝きを増す。ああ、本当にこの人は食べもののことになると嬉しそうにする。


「カルブンクスは南東にあたりますから比較的温暖で、近づくにつれて数少ない穀倉地帯となります。パンはもちろん、ライ麦やオーツ麦を使った蒸留酒作りも盛んですね。ロストークの者は、ビールを飲用水代わりにしているほどお酒好きです。ルベル様は召し上がられますか?」

「うーん飲んだことはないなあ。飲める年齢ではあるのだけど、聖女が飲んだくれてはいけませんって言われてたし。戦場でワインをちょっとなめさせてもらったことがあるくらい?」

「では、ぜひ召し上がってみてください。酒飲みにはたまらない味だそうですから。……ただ、その実りもなかなか安定しないのですが」


 サリアは、少し気が暗くなる。

 ロストークの民の全員の根底にある、劣等感とも言うべき引け目。

 この地には精霊がいない。

 寒冷で冬は雪に覆われる地のため、王都近くの平地のような小麦は育たず、ライ麦やオーツ麦、ジャガイモが主食になる。

 さらに精霊がいないために、土地は痩せ、植物の生長も悪い。

 特に今年は農作物の生育が悪く、食料は外部からの輸入に頼っているという。

 傭兵業や貿易に誇りを持っているものの、この土地が神に見捨てられているのかもしれないという不安が消えなかった。


 魔法に頼るべからず。精霊達がお戻りになられて許されるまで。

 信心深くないサリアでさえ、迷信に近い教えが染みついてしまっている。

 だから、この地で魔法は禁忌。魔法使いは羨望と精霊に頼る軟弱者と思っていた。

 実際ロストークで見る魔法は、祭りの賑やかし程度で、魔獣を退けることすらできない。

 けれど、ルベルが使う魔法は、そんなサリアの常識をぶち壊していった。

 リッダーをはじめとした兵士達は、彼女の魔法を主体とした戦い方を見て、浮遊魔法の練習を嬉々としてしているらしい。

 精霊がルベルのことを好んで手伝っている姿から、精霊に加護を願うのは精霊にとっても好ましいことだと気づかされたようだ。

 今までけしてなかった、変化。

 もしかして、彼女はこのロストークに大きな希望をもたらしてくれるのだろうか。


(それは、高望みしすぎでしょうか)


 ロストークが変わる。それが恐ろしいと同時に、どんな未来になるのか興味が引かれた。

 ルベルはぱちぱちと琥珀の瞳を瞬いていた。


「実りが安定しない?」

「ああいえ、お気になさらず。今は秋に入る前ですからミラベルやスモモもおいしいですよ」

「果物!? あ、まってミラベルってなに?」

「ミラベルというのは――……」


 興味津々になるルベルに丁寧に教えながら、ふと考える。

 そういえば、なぜ、彼女は首都リヴィエ以外の名物を聞いてくるのだろうか。





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