第22話 即断即決が取り柄です
「え、今日もディルクさん居ないの」
私の言葉に、ここ数日ですっかり顔見知りになってしまった従僕のマルクさんは心底申し訳なさそうに頭をペコペコ下げる。私より五つは年上そうなのに必要以上に腰が低い。
「申し訳ありません、ルベル様。急に視察が入りまして明日まで帰られないとのことです……」
「そっかぁ」
少し気が抜けてしまった私の返事に、マルクさんはびくうっとする。気が小さいのかな。
「じ、自分にできることがあれば、できる範囲でかなえますので!」
「じゃあ、今日は兵舎のご飯に混ざるから、個別に準備しなくて良いよって料理人さんに言っといて」
「へ!?」
目を丸くするマルクさんにひらひらと手をふって私は歩き始めたのだった。
兵士に浮遊魔法を教えて以降、ディルクさんとご飯を食べられていなかった。
ディルクさんが一気に忙しくなってしまって、顔を合わせられてもほんの数分ということが続いていたのだ。
約束したといっても、相手は領主様だ。私が魔獣討伐の指揮官をしていたときは、優秀な副官が居てくれたから自由にさせてもらっていたけど、本来上に立つ人は多忙な身である。
「だから、真に受けてた訳じゃないんだけどなあ」
そりゃあちょっと楽しみにしていたけれど、それだけだ。
なのに胸のあたりがもやもやして、首をかしげるしかない。
「そういえば、こんなにゆっくりするのもはじめてかもしれないな?」
なんだかんだ魔獣や盗賊の討伐に送り込まれたり、偉い人のところでご飯を食べてこいと言われたりしたものだ。
だから、なにもないというのが落ち着かないのかもしれない。
というわけで早速兵舎の食堂に行った。
ちょうど午前の訓練が終わったのだろう、ぞろぞろと列に並んで食事を受け取っている。
あれ、でもなんだか前より少し数が少ないかな?
気のせいかな? と首をかしげていると、私に気づいたリッダーが走ってきた。
「ルベル様! こんなむさ苦しいところになんのようです?」
「うん、ご飯を食べさせてもらいに来たの。みんなどんなご飯食べてるのか気になって」
リッダーは浮遊魔法のあとから私に敬語を使うようになった。一度認めると、切り替えるのも早いんだなって感心したものだ。
私が素直に言うと、私が見たことのない兵士はぎょっとしてたけど、リッダーはすごく面白そうな顔をする。
「兵士基準ですから、量はそれなりですが?」
「むしろ好都合だよ」
「了解っす! おい、一つテーブル開けろ!」
リッダーのおかげで押し問答をする必要もなく私は、ご飯にありつけた。やったね。
料理は、ザ、量を追求しました! という、肉、肉、野菜! ごろごろ具だくさんスープ! 山盛りパン!!! って感じだった。
でも味はおいしくて、兵士がちゃんと大事にされているのを感じられた。
私が率いていた部隊のみんな、どうしてるかなあ。
ご飯がまずくて自分で料理を持ち込まなきゃいけないって文句を言い合ったのも懐かしい。
副官が予算をもぎ取ってくれたときには、みんなで胴上げしたもんだ。
私がみんなと同じ量をもりもり食べていると、周囲の兵士達はあんぐりと口を開けて見られたけれどまあ気にしない。
「ルベル様には驚かされてばかりっすねえ……! サリアになんかは兵士舎のご飯の量みるとぎょっとしますぜ」
「私にはちょうど良いよ」
目を丸くするリッダーにそう返した私は、そういえばと疑問を投げかけた。
「ねえ今日は兵士が少ない気がするんだけど」
「ああ、今魔獣の討伐で出払ってますからね」
魔獣の討伐? と私は驚いた。
「まだ多いの?」
「一月もしたら収穫期に入るんで、それを狙って魔獣が野に降りてくるんすよ。で、今年はワイバーンの群れが入り込んだ結果、より多くの魔獣が各地に散らばれっているってことです。ルベル様がワイバーンを仕留めてくださったのでもうそろそろ落ち着くんじゃねえかなとは思いますけどね」
リッダーが食べる手を止めずにのんびりと話してくれた内容に、私はくすぶっていたもやもやがまた大きくなるのを感じた。
「さすがにロストーク全域となると兵士の数が足りないんですよ。大物だったら、当主様も現地へ赴くかもしれないなあ」
ディルクさんが忙しい理由をはじめて知った。
魔獣、魔獣かぁ。確かに私は新参者だけれど、実力はあるのにな。
「特に死魔の森からキマイラが下りてきているって目撃情報もあるらしいですし。カルブンクスあたりは平地ですし、開墾されてるんですよ。あまり対応が遅くなると今年の収穫物は諦めないといけないかもしれないすね」
……畑がだめになるかもしれないのか。
死魔の森はカルブンクスの近くにあって、私が関わる理由にだってなるんじゃないかな。
なによりヒマをしているし、当主が出るよりはずっと穏当だと思うのだけど。
「俺もたぶん次の遠征討伐には選出されると思います。腕が鳴りますね!」
「ふーん」
へえ、リッダーは遠征に行くのかぁ。
って思っていたら、彼が珍妙な顔をして私をのぞき込んでいる。
「ルベル様、頬がふくれてますけど、どうしたんです?」
「べつに!」
そう、別になんでもないのだ。
じゃあ、このもやっとはなんだろう?
私は骨についた肉を噛みちぎっていると、リッダーは変な顔をしつつも思い出したように言った。
「そういえばルベル様、昨日までしていた名所について、知っているやつ集められますけどどうします」
あ、そうだ、近いうちにロストークを見て回ろうと思っていて、カルブンクス周辺の名所や名物を聞いて回っていたんだ。
リッダー達はさすが魔獣の討伐や治安維持に頻繁に出ているだけあって、魔獣の生息域や盗賊がたむろしやすい場所などを的確に話してくれたものだ。
ただカルブンクス方面はリッダー達の管轄じゃなかったらしく、改めて情報を仕入れてくれるという話になったのだ。
ディルクさんは、たぶん死魔の森にいる精霊が野に降りてこない理由を知りたいのだと思う。私なら、死魔の森に行けなにかわかるかもしれないとは思っていたのだ。
でもなあ、このままじゃいつ行けるかわからないしなあ。魔獣くらい倒せるのにな。
困っているんなら、全然働くのに――……
……いや、魔獣、倒せば良くない?
私ははっと天啓を得た気持ちだった。
「そうだよ! 行けばいいじゃない!!!」
「はい?」
私はぽかんとするリッダーに向かって身を乗りだした。
「ぜひ教えてほしいな! 参考にする!」
どうせヒマをしているんだ。なら、前倒ししてカルブンクスに行けば良い。
幸い、私にくれる屋敷の位置も知っているし、ちょっと魔獣を倒しがてら、死魔の森の視察をしとけば一石二鳥では!?
自分の思いつきにはしゃぎながら、私は準備をはじめたのだった。
その翌朝私が早起きをして荷物を背負ってさあ出かけようとしたところで、サリアさんが現れた。
「ルベル様、もう起きていらっしゃるなんて……」
「ちょうど良かった! ちょっと出てくるね! ご飯いらないから!」
「え、あ、はいかしこまりました……?」
不思議そうに了承してくれたサリアさんに感謝しつつ、私は杖を構えてうきうきと窓から飛び立った。
「……って、どこに行かれるんですかーー!!??」
だから、窓の向こうで我に返ったサリアさんがそんな風に叫んでいるのを知らなかったのだ。
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