第23話 ピクニック感覚でした
兵士の監視能力を鍛えるためにたまには城壁を越えて良いと言われたので、そのまま壁を飛んで越えてみる。
すると城壁の上で監視してた兵士の一人が気づいた。
お今度は気づいたんだ、すごい。という意味も込めて私はひらひらと手を振ったあと加速する。
なんてったって、今回は日帰りのつもりだからね。巻きで行こう。
カルブンクスまでは歩いて一日半。早馬でも日中に出発して夕方くらいにつくぐらいのようだ。
けれど空なら直線で移動できるから、自分の魔力だけでもお昼前にはたどり着ける。
私にとってはピクニックと変わらないな。
しかも、途中で精霊達が近づいてきて手伝ってくれたので、予想よりも断然早くカルブンクス地方にたどり着けたのだった。
どん!と魔法をぶっ放すと、サンダーディアが地面を転がった。
角に雷を溜めて攻撃してくる鹿の魔獣なんだけども、直接殴るとちょっとビリビリくるなぁ。
手を振ってしびれを払っていると、村人のおじさん達がそろそろと顔を出す。
森で木を切り倒していた彼らがサンダーディアに襲われていたところを、空から目撃した私が討伐したのである。
「突然天から降ってきたお嬢さんが、お化け鹿を倒してくだすったぞ……」
「まさか精霊様だろうか!?」
「違うよ。私はただの魔法使い」
素直に訂正してから、そういえばロストークの人たちは、魔法使いを嫌っているんだったかと思い出す。
けど、おじさん達は私の話なんて全く聞いていないでその場で膝をついて拝みだした。
ええ……その反応ははじめてだわ……。
ちょっと引いた私だったが、サンダーディアを思い出した。
「えっと、これ持って帰ります?」
「まさかお恵みまでくださると! おまかせくだせえ!」
聞いてみると、彼らの村は死魔の森に一番近い……つまり領主様の別荘がある村だという。
やる気をみなぎらせたおじさん達は、サンダーディアを荷台に乗せて、ついでに私も乗せてもらえることになった。
でっかい鹿を慣れた手際で荷台に載せる彼らに聞いてみると、大型の魔獣は久々だがそれなりに解体作業はするらしい。
「なにせ貴重な食料だもんでして、ホーンボアなんかは罠で捕ることもあります」
あっそういえばこのあたりホーンボアの生息地だったね。逞しいなあ。
村の様子をそれとなく聞くと、若い人達は魔獣の警戒に当たっているけれど、追い払うときに怪我をした人も居るようだ。
「村に入りさえすれば、魔獣は追ってこないんだけどもね」
「死魔の森が今は騒がしいもんだから、あまり村の外には出ないようにはしてんだけども、冬に向けて薪の貯蔵は必要だし、畑を荒らされてしまったら困るからねえ。手入れをしないわけにはいかないのさ」
「土地が痩せていて、畑からの収穫も自分たちが食べていける分しか獲れないんだがね」
「領主様がそろそろ討伐に来てくださるはずだから、それまでの辛抱とはいえ厳しいねえ」
おじさん達の声には色濃い疲れが感じられた。
そりゃあ生活がかかってるんだもんね。命が脅かされる状況はそれだけで心がすり減るものだ。
その中で、悲壮感がないのは、領主様が必ず解決してくれると信じているからだ。
いいなあと、思った。
御者台に乗せてもらって色々と話を聞くうちに、おじさん達の恐縮モードはそのままだったけど、精霊様あつかいから、「精霊様と交信できる特別なお方」という認識に変わった。
どうやら、カルブンクス地方は、ロストーク中心部とは精霊についてまた違う見方をしているみたいだ。
たどり着いた村はさほど大きくはなかったが、入り口のところに鐘が取り付けられるのが見えた。
魔獣よけの鐘だ。鳴らすと音を嫌って近づいてこない。村にしては立派な石壁にも魔獣を阻む魔法が刻まれていた。
魔力を充填すれば、一定期間魔獣を寄せ付けないものだ。形は違っても戦場でも使う魔法だった。
なるほどここまですれば、確かに村にこもっていれば安心である。
なんだ、案外魔法が使われているじゃないかと気が抜けた。
私が御者台から下りると、おじさんがおずおずと聞いてくる。
「そういえば精霊使い様は、どういった理由でカルブンクス地方に? 無謀な冒険者って訳でもなさそうですが……」
「あ、私、ロストークの領主様にお嫁に来た、ルベル・ド・カルブンクスと言います。死魔の森で強い魔獣が出没していると聞いたから、討伐しに来たの」
「は、い……?」
ぽかんとしているおじさん達に、私は困ったなと頬を掻く。
さすがにカルブンクスに新領主がくるとは伝わっているとは思うけれど、私みたいな若い小娘が領主なんてのは信用できないよなあ。と考えての「嫁に来ました」って言葉選びだったのだけど、これでも厳しいか。
なんと説得するか考えかけたのだけど、おじさん達は次の瞬間驚愕して飛び退いた。バッタみたいだった。
「あ、あ、あの!? カルブンクスの領主様になってくださるという聖女様では!?」
「た、確かに特徴的な赤い髪と少女めいたお嬢さんで、精霊に愛されて巧みに魔法を使われるという、ワイバーンをまるで野ネズミのように首を落としたとか!」
「そうだ、ついこの間、領主様から連絡があったじゃないか! カルブンクスの新領主様をいつでも迎えられるようご用意しろと!」
「ま、まさかこんなに早くきてくださったということか!?」
一斉にこちらを見るおじさん達の目はギラついていた。
感動にむせぶよな涙目にすらなっている人もいる。
私が思わず一歩たじろぐほど。
え、ええ?
「とにかく村長に連絡しろ!」
「宴の準備をしなければ! 総出で歓迎会だ!!」
えっそれは困るっだってこれから死魔の森ツアーをしたいんだ!
「そんなのいらないから! まずは魔獣の形状と目撃情報を教え……」
「そうでした! 領主様に……あ、ロストークの領主様から命じられてお屋敷の手入れは万全ですので! 向かわれますか?」
まったく私の声が聞こえていなくてあちゃあと思ったけれど、おじさんの言葉にはっとなる。
屋敷、それはディルクさんが私に譲渡してくれるおうちのことでは?
初めての自分のおうちだ。見られるものなら見たい。
ちらっと私は空を見上げる。
雲が多くなってるのは気になったけれど、 まだ日は高いし、時間が足りなかったら一旦帰って明日出直せば良いか。
「ぜひ!」
と元気よく言うと、そのままおじさんはくだんの屋敷へ案内してくれたのだった。
領主様の別荘だという屋敷は、村からさらに森のほうへ入った場所だったのだが……
「いや、別荘じゃなくて砦の間違いでは?」
森のほとりにどーんと建っていたのは、堅牢な石積みの建物だった。
質実剛健とでも言うべき作りで、窓はあまり大きくは作られておらず、快適性よりも守りを重視しているのは明白だ。
ぽかんと見上げたのだが、おじさんはからからと笑った。
「いやいや、砦はもうちょっと死魔の森近くにありますから! 以前は領主様が月に一度ほど遊びに来られる別荘で間違いありませんよ」
「砦もちゃんとあるんだ」
すごいなロストークとつぶやきつつ、村長さんが管理のために預かっていたという鍵で扉を開いた。
ふわりと、こもっていた空気が頬を撫でる。
外観とは全く違って、内部は温かみのある調度品で整えられた空間になっていた。
人が定期的に使っているという雰囲気があった。
ディルクさんが以前月一で遊びに来てたって言ってたから、彼の趣味なのだろう。
誰かがくつろいで、住むための家だった。
私は体の奥から湧き上がってくる高揚感で頬が熱くなる。
ディルクさんはちゃんと用意してくれていた。
ここが、私のおうちになるんだ。私が帰ってきてもいい、私の家!
ふわりと心が浮き上がる。
嬉しい!
とわくわく中を探索しようとしかけたときに、玄関から村人が駆け込んで来た。
二十代後半くらいの素直そうな男の人だ。
「また森に魔獣の痕跡が! もうだいぶ村に近いところに来ているんだ!」
「なんだって!?」
驚くおじさんに、村人があたりを見回す。
「いまここに、ワイバーンも倒した聖女様がいらしているんだろう? なんとかしてもらえないかと思って相談しにきたんだ。聖女様は……」
青ざめた村人の訴えに、私は我に返った。
そうだった、今日の目的は二つだった。
ほんの少しだけもやもやが強くなる。
……ディルクさんは、おうちは整えてくれたのに、こっちの相談してくれなかったんだよな。
それに、村人は生きた心地がしないだろう、魔獣についてはなるべく早めに解決したほうがきっと良い。
だから私は、荷物をとりあえず置くと、杖だけ担ぎ直す。
「なら一回りしてくるよ。たしか出没しているのはキマイラだったよね?」
「えっああ……奥にいるドラゴンに追い払われてきた、ようで……?」
ようやく目が合った村人の青年くん顔には「この小さいので大丈夫だろうか?」と書いてあったがまあその反応はいつも通りだ。
「じゃあその痕跡の場所によろしくね」
私は、その村人くんと一緒に死魔の森へ行ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます