第24話 背後を取られたら迎撃が基本
お屋敷のすぐ近くから死魔の森に一歩入ったとたん、私は一気に精霊達に取り囲まれた。
村の中はネージュ城周辺と変わらない感じだったから、死魔の森もその程度かと思っていたんだ。
けれど、なにかすっとヴェールのようなものをくぐり抜けたとたん、こぞって精霊達が私にまとわりついたのだ。
「う、わっ!?」
『ミエル? ミエル!?』
『ステキ!』
『ヒサシブリ!!』
精霊達はいつもの数倍興奮爆発状態で、私に押しくらまんじゅうのごとく突撃してくる。
彼らに質量はないから痛みとかはないけれど、突風に吹かれたような圧はあってあっぷあっぷする。
「え、えっ!? そのお姿は精霊様!?」
案内してきてくれた村人は私が精霊にむぎゅむぎゅされてるのが見えるのだろう。
信じられないものを見る目でオロオロしているけれど、私にそれをかまってあげられる余裕はないんだ。
精霊の押しくらまんじゅうからなんとか顔だけ息を確保した私は、精霊達に話しかけた。
「ねえ! 私今この近くまで来ている魔獣を探して居るのだけど場所を知らない? 人間に怪我をさせているキマイラなのだけど」
精霊の一体が私の額に体を近づけてくる。
ふわっと記憶の一部が読まれた気配がすると、精霊達は意気揚々と集まるなり私の体を浮かせた。
いくつも集まった精霊達はまるで雲のようだ。
『オネガイ』
『アンナイ!』
あっ、これは話を聞く気ゼロだ。
「あ、あー! 村人さん! ここまで案内ありがとう! 先に戻っていて!」
精霊がトップスピードに乗る前にかろうじて村人に声をかけた私は、そのまま森の奥へとさらわれた。
こうなったら精霊達は止まってくれない。
彼らが運んでくれる間、私は諦めて死魔の森について考えることにした。
森の中は、肌がビリビリくるほど魔力が濃かった。精霊が好んで生息するのもわかる。
あのヴェールをくぐったみたいな感覚が気になる。
くぐったとたん、こんなに精霊が集まってきたのだからなにかあるのだろう。
……まあ、理由の究明はひとまずあとだね。
前方から感じる強い気配に私は視力を強化して、見えた。
キマイラは四足歩行の獣で、特徴的なのは複数の獣の頭部を持つことだ。
頭部それぞれで異なる魔法を駆使するだけでなく、翼があれば空も飛ぶ。凶暴性が高いし、
生物に対しては問答無用で襲いかかってくる。こちらから攻撃しない限り襲ってこないワイバーンよりも脅威だろう。
遠目に見えるキマイラは、山羊とライオンの二つ頭だ。
よし、翼はないから空は飛ばないな!
私の隠さない気配に気づいたキマイラは、早速ライオンの頭をもたげて咆吼と共に火炎放射を浴びせてくる。
森の木々を巻き込んで私を燃やそうとするのに、精霊達が嫌そうにする。
なるほど、どうして素直に居場所を教えてくれたのかと思ったけれど、精霊達は無差別に森を燃やされるのが嫌だったのだろうな。
よし、精霊達の悩みも解決してやろうじゃないか!
私は杖を構え直すと、精霊達にささやきかけた。
「そのまま私をキマイラに向けて飛ばして」
私の魔力を精霊が嬉しげに受け取ったとたん、体がぶんっと強く飛ばされた。
その先はもちろん炎の海なのだけども、問題ない。
だって、今私は最大出力で魔法を使えるんだ!
「【
練り上げられた水の弾は、私の頭上を覆う特大のものだ。たぶん家一軒位は飲み込める。
ワイバーン戦で使った赤ん坊の頭大とは比べものにならない大きさが、それも複数個だ。
制限しながら戦うのも頭を使ってそれはそれで悪くないけど、こうしてばかすか使うのも気持ち良いものだ。
巨大な複数の水球を目の前にキマイラの二つ頭がぎょっとした顔をする。
私はにんやりと口角を上げて炎にぶち込んだ。
火はたちまち消火されたが、代わりに水蒸気が爆発のように吹き上がった。
風で小さな気流を作って身を守りながら、私は勢いを殺さずに蒸気の海に突っ込む。
視界は真っ白で何も見えない。だが一角で大きな風の渦が立ち上る。
魔法は炎、風だけだね。よし!
蒸気を吹き飛ばしたキマイラは、目前に迫った私に対応するのが遅れた。
きっと魔力の気配を頼りにこちらの位置を捕捉すると思っていたんだ。
魔法で広がった蒸気の中では、魔力は攪乱されるし、私も身を守る魔法も最小限にしていた。
キマイラはそこまで予測はできない!
キマイラが火を吐くよりも先に、私は魔力を込めた杖でぶん殴ったのだった。
完璧に倒したキマイラのまえで、ふいーと私は額を拭う。
蒸気がちょっと熱かったからね、汗掻いたわ。
でもすぐにぴゅうと、冷たい風が吹いてくる。
見上げると空が曇っていた。これは一雨来そうだ。
「雨の中帰るの大変なんだよな。濡れるし、視界悪いし、寒いし」
今日中には帰れそうにないなぁ、屋敷で雨宿りするか。
お城の今日の晩ご飯なんだったんだろう、食べ逃すのは惜しいけど、これはこれで楽しいな!
私はにんまりと、目の前のキマイラを見た。
なんていったって死魔の森の中ならキマイラも十分運べる! 村に持って行ったらきっとなんとかしてくれるだろう。
「そういえば、キマイラが居るのも珍しいな……。こういう魔獣は魔導遺跡の守り手として配置されることが多いんだけど」
国の名前さえ伝わっていない魔導帝国文明は数百年前に突如滅びたといわれている。けれども痕跡は各地に残っていて、魔導遺跡から見つかる魔法の中には、現代魔法では解明できない絶大な威力を持つものがある。
実際私が使っているこの杖も魔導遺跡産で、国宝になったらしいし。
魔導遺跡だが、研究は一向に進んでいない。遺跡には大抵防衛機構が備わっているからだ。魔法使いがいなければ大変厳しい。
その防衛機構の一つとして、キマイラはポピュラーな存在だった。
専門家ならもっと詳しく知っているんだろうけど、私は倒せるか倒せないかしか興味がない。
だから、野生で見ることは少ないとだけ知っていれば充分だ。
まあいい、ラッキーだったってことで!
「ふふふーキマイラも食べられるのかな? どんな味がするのかなぁ」
私が喜んでいるのが楽しいのだろう、精霊達もふよすよと興奮した様子だ。
これなら運ぶのも手伝ってもらえそうである。すっごく助かる。
そうこうしている間に、雨が落ちてきた。
「いけなっ、早く運ばなきゃ……っ!?」
早速魔法でキマイラを持ち上げようとしたとき、私は遠くから高速で近づいてくるものを感じた。
相手は気配を隠す気もないらしく、魔力の質量も段違いだ。
そういう存在は絶対油断しちゃいけないと長年の経験から知っている。
相手は迷わずこちらに向かってくる。なら――……
私は杖に魔力を込めながら、相手がくる方向へ突っ込んだ。
こっちから先制攻撃をキメるのが吉だ!
相手が現れる寸前、私は茂みごと杖で空間を薙ぎ払う。
試してみたかったんだよね、リッダー達が使ってた魔力の斬撃!
草むらは剣で薙ぎ払ったかのように切り飛ばされた。が、途中キンッとガラス同士が激しくぶつかったような音が響く。
魔法が相殺されたとき特有の音だ。つまり私の斬撃を防いだのだ。
一切の気の緩みを捨てた私は、その謎の相手に肉薄するために脚力を強化して踏み込んだ
魔力を込めて再び杖を振りかぶる。
ガキンッ!!! 甲高い音と共に私の杖を受け止めたのは、よく手入れされた諸刃の剣だった。
人間か、とさらに追撃しかけたところで、ようやく相手の顔が目に入り私は最近で一番驚いた。
だって、魔王のような威圧感がある悪人面の美男子は見間違えようがない。
「ルベル殿……!?」
そう私を呼んだのは、遠征に行っているはずのディルクさんだったのだ。
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