第11話 新参いびりの対処法

 マイクさんにお別れとお礼を言って解体場を出た私は、ベンチに座って頭を抱えているサリアさんを見つけた。


「ことごとく失敗するなんて恥ずかしくて死ねる……なにあの子メンタル鋼鉄なの? ほんとに軟弱な王都から来たの?」


 ブツブツと独り言をつぶやいている様子の彼女に、私は頭を下げた。


「ごめんね。慣れない人には気持ちが良くない光景だったよね……」


 こういう命を奪い奪われみたいな空気は普通の人は忌避感を覚えるものなのだ。

 私はよく知っていたのだから、ちゃんと気づいて配慮すべきだった。

 悄然としていると、サリアさんは表情を固く引き締めた。


「いいえお構いなく。では最後にロストークが誇る精鋭をご紹介させてください」



 サリアさんが連れていってくれたのは、城からほど近い外周にある広場だった。

 そこでは多くの剣を持った兵士達が訓練をしていて、剣がぶつかり合う音が響いている。

 私にはなじんだ光景だ。


「魔獣から民を守るため、ロストークでは武勇を誇ります。ですので城内の兵士達は常に鍛錬を欠かしません。傭兵や冒険者達もおりますが、ロストークの騎士団は最後の砦としての役割を担っているのです」


 説明するサリアさんの声で私達に気付いたらしい騎士団の人達が、手を止めてこちらを見ている。

 確かに練度はすごく高そうだ。王都にいる騎士にもひけを取らない。

 騎士団預かりで魔獣の討伐に行った時には、騎士団長が訓練をしてくれたなあ。すごく懐かしいし居心地の良さすら感じる。

 ただ、誰一人魔法の訓練をしている人を見かけない。

 それが不思議で私が興味深く見ていると、サリアさんが話しかけてきた。


「聖女様は戦場にて活躍されたとお聞きいたしました。こちらにワイバーン討伐に参加する予定だった部隊員がおります。きっと我が騎士達の刺激になると思いますので、訓練に参加するのはいかがでしょうか?」

「えっ」


 思わぬ提案に私がびっくりしていると、ぬっと影がかかる。

 影の主は近づいてきていた騎士達だ。みんな隆々とした筋肉と体格を持っていて、ロストークの騎士の物だろう防具を付けている。

 集団の中心人物らしい、明るい茶髪の若い男が胸に手を当てて礼をして見せた。


「はじめまして聖女様とお見受けいたします。自分はロストーク騎士団の所属騎士リッダーと申します」

「ルベル・ド・カルブンクスだよ」


 私が返事をすると、リッダーはあっさりと顔を上げると、剣の柄に手をかけてにやにやとする。


「自分はワイバーン討伐に参加する予定でありました。ぜひワイバーンを単騎で倒した聖女様に稽古試合を申し込みたくあります!」


 そこで私は、ようやく彼らの表情にある感情を把握した。私を小娘と侮り自分が上だと示そうとする傲慢さだ。

 昔は舐められることなんて何度もあったけど、鮮血聖女……じゃなかった陽輪の聖女の名前が広まってからはとんとなくなった。

 そっか、ロストークは武を誇りとしてるんだもんね。新参者に獲物を奪われたらちょっと揉んでやろうと思うか。

 妙な感動に私が言葉を失っていると、リッダーは挑発するように言った。


「それとも、聖女様は自分達のような泥臭い騎士との試合は望まれませんか?」


 リッダーの背後の騎士もニヤニヤとこちらを煽る空気を醸し出している。

 なるほど、これは新参者いびりをしにきたのか。

 まあそれも納得だ。彼らからすれば、私は狩るはずのワイバーンを横取りした人間だもの。


 こういう人たちへの対応は自慢じゃないけど経験豊富である。

 城にはしばらくお世話になるのだし、なるべく穏便にいきたいな。

 本当は一人ずつ相手をした方が説得しやすいんだけども。……正直今ちょっとお腹空いてんだよね。

 ここはしゅっとばーんといこう。

 考えを纏めた私は、リッダーを見上げた。


「試合自体は良いけど、条件がある」

「ほう? 尊き方が我らに頼みごとをされると!」

「後ろの人と全員でかかってきて。めんどくさいから」


 ちょいちょいと指で挑発すると、硬直したリッダーと後ろの三人は煽り顔のまま真っ赤になっていくのが面白かった。



 訓練場の中央に立った私は借りた剣を素振りした。

 訓練用だと聞いたけど、重みがあって良い剣だ。私の目の前にはリッダーの背後にいた取り巻き一、二、三がいる。とうのリッダーはサリアさんと言い争っていた。

 

「リッダー! あくまでちょっと脅かすだけの話だったでしょう!? やり過ぎよ」

「なに言ってんだ。あいつは俺達が騎士とわかっていて全員でかかってこいと抜かしたんだぞ! なら全力で叩き潰さなけりゃ黒狼騎士団の名折れだ!」


 最終的にはサリアさんを振り切ったリッダーは、抜き身の剣を携えて仲間と合流する。

 いつの間にか周囲の訓練も止まっていて人だかりができていた。

 リッダーをはじめとする相手は全員闘志を漲らせている。


「相手が降参するか、背中が地面に着いたほうが負けだ。では……、はじめ!」


 審判役の騎士の合図と共に、取り巻き一、二、三が私を囲むように散る。

 逆にリッダーは力強く踏み込み、一気に私へ突進してきた。

 真っ正面から受ける気で私が剣を構えると、なぜかリッダーは途中で剣を振り抜く。

 なんだ、と警戒したとたんその剣圧は物理的な質量を伴って飛んできた。

 頭の中で鳴り響く警鐘に従って体を捻ると、通り過ぎた剣圧が地面に亀裂を走らせた。

 魔力をそのまま飛ばしたのだ。そんなの面白すぎるでしょう!? 私でもやらないぞ!? 

 

「初見で剣圧を避けたぞ!?」


 どこからか驚きの声が聞こえた。

 知らない技術、容赦ない包囲網。

 それらは全て彼らが私をたかが娘と侮らずに、全力で倒しにかかって来た証拠だ。

 侮ってくれたら楽だったのだけど。大体頭を潰せば烏合の衆は総崩れになるからね。


 ぞくぞく、と言いようのない喜びに似た感情がこみ上げる。


 若干体勢が崩れた私に、リッダーは大上段から剣を振り下ろす。

 私は合わせて下段から剣を受けた。私と相手の体格差は倍はある。

 重みのある衝撃が腕に走った。おお強い。

 これ魔力での身体強化がうまいのもあるのだろう。確かにこれならワイバーン戦の部隊に選ばれるのはわかるな。


 リッダーは私がまともに受けるとは思わなかったらしい。驚いた顔をしながらもすぐに押し込んで足止めしようとする。

 そうすれば、左右背後に回った取り巻き達が私から一本取りやすいからだ。

 リッダーは自分をおとりにしたのである。小娘だと思っている人間に手加減なしにそこまでできる人はそういない。

 体格差っていうのはそれだけアドバンテージがあるからね。


 私でなければ・・・・・・、うまくいっただろう。


 全身に魔力を巡らせた私は、そのままリッダーの剣を思い切り弾いた。

 弾かれた勢いで数歩あとずさるリッダーに素早く背を向け、背後に迫っていた取り巻き一の胴を抜く。

 横に吹っ飛ばされた取り巻き一は、取り巻き二を巻き込んで地面を転がる。


 すぐに脇から来た取り巻き三の突きを、姿勢を低くすることで避け足払いをかける。

 魔力で強化した足払いは、取り巻き三を半回転させて地面に激突させた。


 殺気を感じてそのまま地面を転がると、すぐ側にリッダーの剣が突き刺さる。

 私が体勢を立て直したとたん、一切の慢心がなくなったリッダーの追撃が襲った。 

 剣を受け止められはするけど、このままだと腕が痺れて負けるだろう。


 とうとう剣が弾かれた、リッダーがとどめを刺そうと剣を振り下ろす。

 その前に私の準備は終わっていた。

 人差し指をリッダーに突きつける。


「【水球弾ウォーターバレット】」


 試合にわくわくしてた精霊が待ってましたと生み出した水の弾は、リッダーの腹をぶち抜いた。

 

「ぶふぉあ!?」


 吹っ飛ばされたリッダーは水浸しになって地面に転がる。

 私は精霊にお礼を言って見送ったあとで、なかなか勝敗コールをしてくれない審判を振り返った。


「私の勝ちだよね?」

「ひ、卑怯だぞッ!」


 そう叫んだのは、早々に脱落した取り巻き二だった。

 同調したのは取り巻き一だ。


「魔法なんて惰弱なもので勝つとは騎士に対する冒涜だぞ!」

「そうだそうだ! 騎士の勝負に精霊様の力を借りるなんて! こんな試合無効だ!」


 むむむ、この地域では魔法が嫌われているとは聞いていたけれど、私が思っていたような理由ではないみたい?

 精霊を大事にしているから、精霊の力を借りる魔法が許せない、みたいな。

 それが長じて魔法を使う=自分が弱い証明になるわけだ。

 その価値観が新鮮だったけれども、私は純粋に疑問で首をかしげた。


「なんだ! 言い返せないのか!」

「いいや……でも“なんでもあり”の試合だったよね?」


 がみがみ言う取り巻き達は少し虚を突かれた様子で黙り込むのに、さらに言葉を重ねる。


「相手が降参するか、背中が地面に着いたほうが負け。武器の指定はしていないよね? 拳も、足蹴りも四方から襲い掛かるのも、禁止されていない。君たちだって、私が知らない技術を使った。だから私は私の武器を使った。それのどこがおかしい?」

「だからそもそも魔法を使うことが騎士の試合にあるまじき行為だと!」

「でも私は聖女だよ。聖女が魔法を使うのはそれこそ当たり前だ。しかも私は自分の杖を使っていない」


 手加減しないと死んじゃうからね。ちょうど良かったと思うけど。 

 全力じゃないと知ると、取り巻き達は徐々に青ざめる。

 私は座り込む彼らを見下ろして言った。


「私の魔法は、私が研鑽を積んで精霊と交流して習得した技能だ。ロストークは武勇を尊ぶ風土だと聞いていた。だから私は自分の技能のすべてで相手をすることが敬意を表すと思ったのだけど。むしろ失礼だったのかな」


 騎士の振る舞いや文化、信念は、剣の師匠に教えて貰った。でもその理念を実行している騎士団はごく少なく、私の振る舞いはいつだって「無礼」で「身の程知らず」と言われてきた。

 だから、ロストークの騎士がどういう理念で動いているのか知りたくて、ちょっと煽るように言ってみたのだ。

 まあ、売られた喧嘩は倍でやり返したついでだけど!

 案の定取り巻き達は顔を真っ赤にして再び剣をとる。


 だけど彼が剣を構える前に、横から殴られて吹っ飛ばされた。

 ためらいなく取り巻き二を殴ったのはなんとリッダーだ。

 全身びしょびしょのまま立つリッダーは、怒りを露わに仁王立ちしている。


「お前らこれ以上で騎士の矜持を貶めるんじゃねえ!」


 大声で吼えたリッダーは、私の前にどっかりと座りこむと、鬼のような形相のまま私を睨みあげた。


「負けた! たかが娘と侮ったくせに四人で一太刀も当てられなかったあげく、間抜けな姿をさらした。魔法に遅れをとるなど訓練が足りなかった! すまなかった!!」


 耳がキーン! となるような大声だった。

 リッダーはぎりぎりと歯を食いしばっていて、全身から悔しいという感情が伝わってくる。

 なのに謝るんだ。と私はびっくりしてしまった。

 だって初めての反応だったんだ。怖がられるか逆恨みされるかばかりだったから、この人は悔しがるんだ。って。

 ロストーク、すっごい面白いなあ!

 

 私が感心していると、背後から緊張と圧を感じた。

 反射的に振り返ると、城のほうから歩いてきたのは黒髪にたった今人を殺してきたような顔立ちをした絶世の悪人面の人物だ。

 つまりはテオドリック・ド・ロストーク。領主様だった。

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