第2話 なかったことにはなりませんでした

 祝勝会から半月後、私はのどかな道を乗合馬車に揺られていた。

理由は一つ、ロストーク辺境伯へお嫁入りするためだ。


 馬鹿王子を殴り飛ばした私だったが、残念ながらロストーク辺境伯の結婚もなくならず、もらった爵位もそのままだった。

 普通平民が王子を殴り飛ばしたら即刻処刑だけれど、私は聖女だ。

 魔法を使うために必要な精霊達に好かれる体質持ちをリュミエストでは「聖女」「聖人」と呼ぶ。

 貧民街でパンを漁っていた所を国に保護されて、特別な教育を施されたのがこの私だ。

 だから処刑はされないとは思ったとはいえ、投獄されないどころか、謹慎ですんだのは驚きだ。

 

 なんでも多くの兵士や将官からまで私の減刑を求める嘆願書が届いたかららしい。

 ほんのちょっぴり嬉しかった。

 まーーーー馬鹿王子酷かったからね! よく戦争に勝てたなと思うよ!

 でも、馬鹿王子はおとがめ無しの私に気が収まらないどころか腸が煮えくりかえっているわけで。

 

 結婚のための嫁入り道具は本来なら国で用意されるはずの嫁入り道具は無しにされ、担当の典礼官には「国の許可は出ているから適当に行け(意訳)」と言われて、荷馬車よりもマシな馬車に乗せられたのが数日前。

 その馬車の御者が盗賊の仲間だったもので、道中での襲撃を撃退したら馬車が使い物にならなくなったので、結果的に一人旅、ということになったのだった。

 

「それにしても馬車の御者はただのごろつき選んだんだろうけど、盗賊の手引き役だったなんて。ほんとあの王子は妙なところで引きが良いんだから」


 そのおかげで荷物はトランク一個と愛用の杖だけである。

 ワンチャンス婚約もご破算にならないかなあと考えていたただけに、盗賊に襲撃された時点で国外逃亡でもしようかなあと思ったものだ。

 はじめこそうんざりしていた私だけども、今はちょっと考えを変えていた。


 私は平民出の聖女であり攻撃魔法に適性があって、ずっと戦場で生きてきた。

 戦争があるうちは良い、敵がいる内は、強力な魔法は重宝された。平民で貧相な私でも活躍の場はあったし、重宝された。


 けれど、戦争が終わってしまえば?


 答えは簡単だ。強い武器は安全な場所に飾られるのならまだ良いほうだ。

 たいていは見たくないものとしてしまわれる。

 つまり用済みである。

 この婚約は私を「しまう」ための措置なのだ。


「でも用済みってことは、これからなにをしても良いってことだよね?」


 聖女になって以降、王宮に帰るたびに次の任務を命じられる生活で、休みはおろか、家らしい家を持てなかった。でも、陛下は言ったのだ。


 私にカルブンクスという土地を与えると。


「つまり結婚さえしてしまえば、そこが私の帰る場所になるんだ。なかなか悪くないのでは!?」


 きっと蛮族伯のほうだって、私を押しつけられただけだろう。 

 平民の私なんかに奥さんとしての色々なんて求めるわけがない。

 形だけ結婚して、あとはお互いに好きにしましょう! って言えばオールオッケーだ。

 そう考えたら悪くないな、と思って私はロストークの首都に向かっているのだった。

 何事も楽観的なのは、私のちょっとした特技である。

 のだがその乗合馬車が魔獣に襲われた。

 

 「ひ、ひいぃぃ!」


 悲鳴を上げながら、御者さんが必死に馬車を操る。

 護衛として雇われていた傭兵達は、足止めのためにとっくのとうに別れた。 

 同乗していた人たちは姿勢を低くして馬車につかまり、振り落とされないようにしている。その顔はみんな必死だ 

 私が開いた幌から見ると、緑がかった体毛をしたウィンドウルフが追いかけてくるの見える。

 が、距離はかなり開いているように思えたのだろう。御者が振り返ってお客さん達に言った。

 

「も、もう大丈夫だこのまま行けば……! ってお嬢ちゃん!?」


 うーんこれは危ないかなあ。

 そう思った私は、ひょいひょいと馬車の中を通り御者台にお邪魔する。

 いきなり現れた私に御者のおじさんはぎょっとしていたけれど、私はかまわず前方を指さす。


「速度を落とさず突っ切って」

「え、う、うわあっ!? ウィンドウルフが先回りを!?」


 御者のおじさんが私の指さす方向を見ると、丁度森からウィンドウルフが躍りかかってくるところだった。


 ウィンドウルフは群れで行動する。

 さらに風の魔法を使うから恐ろしく早い。こんな人が複数乗っている馬車なんてすぐに追いつけるはずなのだ。

 それがなかったということは、自分達の有利な場に追い込むのが狙いだったのだろう。

 ウィンドウルフの一頭が一声吼えるなり、周囲を精霊が取り巻き加速する。

 まさに風のごとき素早さで、的確に機動力を奪うために馬へと襲いかかった。

 けど、私も準備を終えている。


「【地壁クレイウォール】」

 

 精霊に願ったとたん、馬とウィンドウルフを隔てるように、土の壁が立ち上がった。

 勢いよく激突したウィンドウルフはキャインッと哀れっぽい声を上げて地面に転がる。

 が、その勢いで土の壁も砕け散り、驚いた馬はそのまま大きく前足を上げて立ち止まってしまった。


 土壁はいつもなら壊れるような作りじゃなかったんだがしょうがない。

 派手に横滑りしたけれど、馬車が横倒しにならなかっただけマシだろう。

 ウィンドウルフは襲撃に失敗すると、他のウィンドウルフも次々に森から現れた。


 魔法を使う魔獣は、他の魔法を使う生物に敏感だ。

 邪魔をしたのが私とすぐにわかったのだろう。

 馬車から降り立った私にウィンドウルフ達は襲いかかってくる。

 時間差を付けて攻撃をしかけてくるあたり手慣れているな。

 でも慣れてるのは、私も同じだ。


 私は杖を構えると、魔力を通す。杖の先に填まった精晶石が橙色の輝きを放った。


「はじめましてこの地の精霊さん、こんにちわ! 良ければ私の力になってほしいっ」


 私が呼びかけると、ふわりと光の球体の姿をした精霊達が現れた。

 精晶石から発散される魔力を吸収した精霊は生き生きと輝き出す。

 四肢に魔力を漲らせた私は杖を大きく振り抜いた。


「森の彼方まで吹っ飛べ!」


 ウィンドウルフは、風を操ることを得意としている。風に乗って素早く動き獲物を追いつく。

 だからこそ、体がとても軽い。ウィンドウルフ達は、私が起こした風でもの見事に吹っ飛んだ。

 ウィンドウルフ達もさるもので空中で方向転換すると、私に牙を剥く。


 しかし不安定な体勢のウインドウルフたちに向けて、私は魔力を纏わせた杖を叩きつけるほうが早かった。

 すさまじい衝撃波と共に杖の一撃を食らったウィンドウルフは、木々をなぎ倒して倒れた。

 そのまま動かなくなる仲間を前に立ち止まるウィンドウルフ達に、私はドンッと、杖で地面を叩く。

 杖を叩きつけたところが陥没する。


「まだやる?」 

  

 私が殺気を飛ばすと、若干青ざめた様子のウィンドウルフ達は尻尾を巻いて去って行った。

 よし、いっちょあがり。

 

 ひとまず馬車の人たちの無事を確認しようと振り返ると、全員こちらをうかがっていた。


「お、お嬢ちゃんすごく強かったんだなぁ! 助かったよ! 冒険者かなにかかい!?」


 御者さんに感心されて私はちょっと照れてしまった。

 


 護衛の人も無傷とはいかなかったがちゃんと合流できた。

 陽動だと気付いて引き返してきたらしい。私がウィンドウルフを追い払ったと知ると友好的に話をしてくれるようになった。

 護衛の二人組はこのあたりを拠点にしている冒険者だという。

 私が魔法を使ってウィンドウルフを倒したと知ると感心した。


「このロストークの土地で魔法を使えるなんて、お嬢ちゃんはもしかして宮廷魔法使いに師事でもしていたのかい!?」


魔法使いどころか聖女なんですけど。

 細身の弓使いが身を乗り出してくるのに私は困ったなと思いつつ頷いた。


「えっとまあそんなところです」


 そのあたりを話す必要はないので曖昧にごまかしつつ、私は聞いてみる。


「でも魔法はやっぱり使いづらかったですよ。土壁もいつもより脆かったですし。他の魔法使いはどうしてるんですか。これじゃあ魔獣討伐に支障が出るでしょう?」


 私の疑問に前衛剣士の男がやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。

 

「しょうがないのさ、なにせロストークは精霊に見捨てられた土地だぞ?」

「魔法が使えないせいで、ロストークの土地自体が魔法が嫌いだからな。そのせいでロストーク辺境伯様の魔獣討伐部隊には魔法使いが居ないって徹底ぶりだ。嬢ちゃんも気をつけろよ」

 

 弓使いに思わぬ忠告をされて私は驚いた。

 魔法使いは魔獣討伐の要になる。居るのと居ないのでは部隊の生存率が違うのだ。

 いくら魔法が使いづらいとしても、魔法使いを雇わないとは徹底している。


「お嬢ちゃんもな嫌なこと言われるかもしれないけどあまり気にするなよ」

「わかりました」


 ぶるっと震えながら付け足す御者さんに私は相づちを打った。

 けど私はちょっとわくわくしていた。

 私のまわりでは魔法こそが至高! 魔法が使えないなんてあり得ないという人ばかりだったから新鮮だ。

 魔法使いが嫌いなら、聖女も嫌われているかもしれないな。円満に別居も夢じゃないかもしれない。 

 それにどんな風に魔獣を倒すんだろう……!

 

「あ、そうだ。ウィンドウルフの群れなんて、縄張りに入ってこない限りは人を襲わないし、人里にも現れない種類ですよね。これがロストークの普通なら、領主軍が強いのも納得できます」


 すると心外とばかりに剣士の人が手を振った。


「これが当たり前でたまるかよ! 今の時期が特別なのさ。どうやらこの近辺にドラゴンが住み着いたらしい。そのせいで森から魔獣が降りてきちまってるんだな」

「だから乗合馬車にも冒険者の護衛が付いてんのさ。まあちいとばかし頼りなかったがな!」

「こっちだってがんばったんだぜ!?」

 

 御者のおじさんにいじられて、冒険者二人は哀れっぽく語る。

 乗合馬車の人たちもようやく緊張が解けたみたいだった。

 なんだかこんな風にわいわいしながら移動したことなんて久しぶりで、私も嬉しかった。

そうこうしているあいだに、乗合馬車は無事にロストークの中心街であるリヴィエについた。



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