第3話 ロストークのお城

 リヴィエの周囲は石造りの城壁が張り巡らされており、外側には所々染みのようなもので汚れている。

 たぶんあれ、血の跡だろうなあ。

 

 王都の城壁は魔法陣がしかけられていて壮麗で華麗な見た目をしているだけに、リヴィエの城壁はかなり威圧的だ。

 けれど汚れるほどこの城壁は街を守っている証拠でもある。

 ちゃんと修繕もされているし、物見塔にもきちんと兵士が配置されている。

 かなり訓練が行き届いているようで、私は感心した。

 王都は魔獣は来ないから、平時でここまでしっかり監視体制が整っているのはすごいなあ。

 

 街への出入りは意外に多かった。

 冒険者らしき武装した人間はもちろん、商人らしき人と共に大きな荷馬車が何台も行き来している。

 清々しい活気があって新鮮だった。


「いつか会う機会があったら、お礼をさせてね」


 乗合馬車はここまでで、同乗していたお客さん達は、私に口々にお礼を言いながらそれぞれ別れていった。

 戦場では「鮮血聖女」って罵られるばかりだったから新鮮だった。

 冒険者達はウィンドウルフの出現報告をするらしい。


「ギルドへ行くんなら俺達が案内できるぜ。一緒にくるか?」


 剣士の人が私を誘ってくれたけど、私は断った。


「ううん、冒険者として働く気はないんだ。行くところもあるし……」


 あ、でも私、場所を知らなかった。


「ロストークの当主様が居るお城はどこにあるかわかりますか?」

「えっネーヴェ城なら、あそこの小高い所にある城だが……」


 弓使いの人が指し示してくれた先には、こんもりとした山と背にて森に囲まれた真っ白い外観をした城だった。

 やっぱりあの目立つ城で合ってたのか。よかった。

 歩いて行っても今日中に間に合いそうだな。

 私が算段していると、弓使いの人がとても訝しそうに聞いてきた。


「領主の城になんの用があるんだ?」

「お嫁になりに行くんです」


 別に隠すことでもないので答えると、冒険者のふたりはぱっかんと口を大きく開けた。


「えっお嫁にって、だれに?」

「ロストークの領主様」


 私はふたりにぺこりと頭を下げたあと、鼻歌を歌いながらネーヴェ城に向かって歩き出したのだった。

 冒険者の二人の驚く声が背中でした。






 何度か商人の人にも道を聞いてたどり着いたお城は、つづら折りの道を上った先にあった。

 道は石畳で舗装されていて馬車も上がれるようになっているけれど、不便ではあるだろう。木々が生い茂っているし。


「これは魔獣対策じゃなくて人間対策も入っているな……? 街中もかなり入り組んでいたし」


 つづら折りは高低差を楽に上がるための工夫でもあるけど、上から狙えば良いぶんだけ守りやすい作りでもある。

 王都のご令嬢達だったら、外出もままならない城や街は嫌がりそうだし、このそっけない作りの城には萎縮するだろう。

 けれど私にとっては安心材料だ。


「人間が一気に攻め込まないってことは、魔獣はもっと入り込みづらいってことだからなぁ。あ、門だ」


 巨大な木製の門の前には門番が二人立っていた。

 見栄えが重視されていない実用的な雰囲気だから、たぶん通用門のほうだ。

 山のほうにぐるっと回っていく道だから妙だなあと思ってたんだ。

 一人で歩いてくる私を見ると、一瞬警戒をしていた門番が奇妙な顔になる。


「お嬢さんどうした? 城下町ではあまり見ない顔じゃないかい?」

「騎士団の中でお目当てのやつでもいるかね」


 気さくに話しかけてくれる門番に私は言った。


「はじめまして私はルベル・セイン……ちがった、カルブンクスと申します。ロストーク辺境伯様であるテオドリック・ド・ロストーク様に面会をお願いできますか?」


 まだ新しい姓を名乗るのに慣れないなあと思いつつ普通の挨拶をしたつもりだ。

 けれど、門番達から気さくな雰囲気が消えた。

 なにを言っているんだという呆れも含んだ表情で、じろじろとぶしつけに上から下まで私を眺め回してくる。


「まさかカルブンクスの領主でもあるまいに死魔の森を姓として名乗るなんてからかってんのか?」

「カルブンクスはずっとロストーク辺境伯様が管理されてる。お嬢ちゃんのそんな冗談で通すほど俺達は馬鹿じゃないぞ」


 あ、そっか、私がカルブンクスの領主になったなんてつい半月前のことだもんな。ロストークの末端にまで知られているわけがないか。

 門番は不審者である私を一歩も通さないとばかりに立ちふさがっている。これはちょっと困るな。早めに誤解は解こう。


「ん、待てルベル……? どこかで聞いたぞ……?」

「冗談じゃないんですよ。はい、こちら陛下よりいただきました委任状とロストーク辺境伯様への紹介状です」


 門番の片方が考え込みだしたところで、私は取り出した手紙を門番に見せる。

 あ、でも玉璽とかわかるかな……。もしこれでもだめだったら一旦街に戻って対策を考えるか。

 そこまで考えていた私は、門番が手紙に押されている封蝋を見て目を剥いていることに気がついた。

 

「こ、これは……! 陛下のみにしか使えない正式な使者のみが使える封蝋じゃないか……!?」

「それについ二日前に王宮からの使者が同じ印をもっていたし、ルベルって確か領主様に嫁いで来られる聖女様のお名前では……」

「いやでも王命以外では動かない聖女様だぞ!? 村娘みたいな格好で、しかもたった一人で来るもんかよ!?」

「いいや、玉璽の封蝋がくっきり押されてる。なら本物か偽物か俺達じゃ判断すべきじゃない。上に報告を徹底、が領主様の方針だ」

 

 こそこそ話は全部聞こえているけど、私は二人の相談内容にちょっと感心していた。

 末端にまで命令が浸透しているのは、良く統制がとれている証しだ。

 それに風向きが良くなってきたのならそれに越したことはない。

 やがて方針を決めたらしい門番の一人が、ごくりとつばを飲むと私に丁寧に問いかけてきた。


「し、失礼ですが、御用向きをもう一度お伺いしてもよろしいでしょうか」

「王命により、ロストーク辺境伯様に嫁いでまいりました、陽輪の聖女ルベルです。なにぶん長旅でしたので身なりが整っていないのは許してください」


 ちょっとだけ皮肉を混ぜつつぺこりと頭を下げると、門番は飛び上がらんばかりの勢いで背筋を伸ばした。


「し、しばしお待ちください!」



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