第4話 待合室にて
門番さんが伝令に走っている間、もう一人門番さんは待合室的なところに通してくれた。
外からのお客さんを一旦待たせるための場所らしい。
待合室といっても結構きちんとしていて、調度品は簡素だけど見栄えがするものだし、椅子のクッションもふかふか。テーブルには真っ白なレースのテーブルクロスが敷かれている。
間もなく初老の男性と、剣と盾と簡易ながら防具を装備した兵士が数人現れた。
兵士達は腕も足も丸太みたいに太くて、しっかりと訓練を受けているのが見て取れた。
彼らは初老の男性の護衛だろうか。それにしてはだいぶ私に敵意がある。
じゃなかったら主張するみたいにわざとらしくガチャガチャと剣や盾を鳴らしたりはしないだろう。
普通だったら、無言で剣を持つ兵士達というのはいるだけでけん制になる。
私はずっと軍と一緒に行動していたから慣れているし、まだこちらへの警戒を解いていないのならこれくらいはする。
初老の男性は立ち振る舞いは上品だけれど、お仕着せらしい燕尾服を着ているから上位の使用人だろう。
「私はネージュ城の家令を勤めております、セリュー・チャールストンと申します。恐れ入りますが、書状を拝見してもよろしいでしょうか」
その人は私を観察しながらも、手紙を見せてくれるようお願いしてきた。
態度はよそよそしくも丁寧だったし、異論はなかったから渡すと、王宮からの紹介状を改める。
すると、セリューさんの態度はわずかに軟化して、優雅に頭を下げた。
「失礼いたしました。陽輪の聖女ルベル様。ようこそネージュ城へ。……しかし王宮よりご婚約を知らせにいらした使者様は二日にお帰りになったばかりです。このようにお早い到着で驚きました。お付きの方や荷物の馬車がございましたら迎えに行かせますが……」
むむ、私一人だけとは考えてない? これは手間を掛ける前にちゃんと言ったほうが良いな。
「ご安心ください。私一人だけです。荷物もここにある分だけなので、お手間はおかけしません」
「……?」
セリューさんがかろうじて表情には出さなかったみたいだけど、耳を疑うように軽く目を見開いた。
「婚前契約など両家で取り交わすために使者様には言づてを頼んだのですが……もしや事前に先触れなどがなかったのは、本当にお一人でいらした、と?」
うわ、貴族にはそんな慣習もあるのか。それはは申し訳ないことをした。
「ごめんなさい。私は貴族ではなく孤児なので、いろんな作法を知らなかったんです。王宮からはあとは自分でやりとりするよう言われたので、きちゃったほうが早いかなぁと、思いまして」
なにぶん馬車は途中で盗賊の襲撃に遭いまして。いやでもあの御者だったら絶対この城の門はくぐれなかったから、結果的には良かったかな。
そりゃあ本来あるはずの手順をすっ飛ばされて本人が来たら警戒するのも当然だよね。
「大変ぶしつけな質問で申し訳ございませんが、こちらまでの移動手段は……」
「徒歩ですね」
「徒歩」
「……あっ! 乗合馬車も使いましたよ! 途中ウィンドウルフに襲われて、さすがロストーク魔獣がすごく多いんですね」
空気を明るくしたくて小粋トークを振ってみたけど、あんまり通じなかった。
うう、セリューさんの沈黙と凝視が痛い。心なしか威嚇していた兵士達も困惑した空気になっている。
せめて、敵対するとかロストークにたかるとかしない嫁だよ、名前だけの結婚だよとはアピールさせてほしい!
私がひやひやしている間に、セリューさんは自分を取り戻すとすっと頭を下げた。
「失礼いたしました。聖女様、ただいま我が主は城に不在でございますので、ひとまず休めるようお部屋にご案内いたします」
セリューさんは流れるように私のトランクを持ってくれると、外へと促してくれた。
しかも兵士が私の杖を持とうとしたら目で制してくれたのだ。
私がびっくりしていると、セリューさんは確認してくる。
「聖女の杖は王より下賜されたものだとお伺いしております。私どもが預かるべきではないと判断しましたが」
「ありがとうございます」
すごい、私が断る隙もなく荷物を持ってくれただけでなく、武器も取り上げないことで一定信頼していると示してくれている。出来る人だ。
杖は手放す気はなかったし、ひとまず休める場所があるのはありがたい。
私はほっとしながらセリューさんに付いて外に出たとき、通用門が開いた。
門番が大きく声を張り上げる。
「領主様が帰ってこられたぞ!」
領主様が帰ってきたらしい。私が立ち止まると、セリューさんは少し焦った様子になった。
「聖女様本館はこちらです、お疲れでしょう。部屋に到着しましたら湯浴みの準備をいたしますね」
どうしたんだろう、領主様が帰ってきたのなら出迎えるくらいの時間は待てるよ?
私が疑問に思って提案しようとすると、血の匂いが鼻に付いた。
通用門のほうだ。誰かが怪我をしているのだろうか。
「セリュー、今帰った。残念だがドラゴンは……――そちらは?」
低い腹に響くような朗々とした声が私の背後から聞こえた。
セリューさんは諦めたように頭を下げる。
「お帰りなさいませ、旦那様。あなた様へのお客様をご案内するところでございました」
「客?」
領主様の疑問と共にようやく私は振り返って、目を丸くする。
そこには大きな熊の魔獣を担いだ全身土まみれの……まさに蛮族としか言い様がない男が立っていたのだ。
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