第9話 朝はがっつりタイプです
ワイバーンを倒したことは領主様に怒られなかった。
しかも残してきた胴体を回収するために人をやってくれたのだ。
持参金代わりは冗談だったけど、正直もったいないと思っていたので助かった。
一晩中杖に乗ってワイバーンを追いかけ回していたので、さすがに眠いし疲れたしなによりお風呂入りたい。
早速お湯を沸かして汚れを落とした私は、ベッドにダイブした。
やっぱりふかふかお布団は嬉しいなあ。
うとうとと眠りにつきかけたのだが、コンコンと扉をノックされる音で覚醒した。
「はあ、い?」
私が許可を出すか出さないかというタイミングで入ってきたのは、暗色のワンピースに真っ白いエプロンを身につけた女性だ。年齢は私と同じか、少し上くらいだろうか。
明るい茶髪をしっかり結んで、仮面みたいな無表情でワゴンを転がしてくる。
昨日この部屋に案内されたとき、家政婦さんから私付きのメイドとして紹介された人だ。
名前はたしか――……
「おはようサリアさん」
サリアさんはぴくりと表情を動かしかけたけれど淡々と言う。
「朝食をお持ちしました」
彼女が運んできたワゴンの上には、朝食らしきものが並んでいる。
そっか、もう朝ご飯の時間か。
「王都の方は朝から働かず、日が高く昇ってから起き出される習慣があると聞いております。必要なければ下げさせていただきますが……」
「ぜひいただきます!」
私はサリアさんの言葉に食い気味に返事をした。
ただよってくるおいしそうな匂いに、すでに私はご飯の気分だ。
正直にぐうと腹の虫が鳴った。
仮眠は取ったから眠らなくて大丈夫だし、お腹も空いていた。
なにより、ここはよそのおうちなのだから、その家の生活時間に合わせるのは当然だろう。 私がいそいそベッドから降りてテーブルと椅子のほうに移動すると、サリアさんぴくりと頬が動いた。
「……そうですか」
けど、それ以上なにも言うことなく、彼女はテーブルに朝食を並べてくれた。
メニューは見事に分厚い肉のステーキに、濃厚そうな茶色い汁物煮込みや、チーズがたっぷりとかかったキッシュなどだ。朝からずいぶん豪華である。
「すべてロストークの郷土料理ですので」
「わあ、ありがとう! お腹ぺこぺこだったんだ!」
魔獣討伐の真っ最中は食べなければ体が持たないから、私は朝からがっつり食べたほうが調子が良い。
けれど王宮だとパンと紅茶だけとか、付いてもサラダや焼いたベーコンがちょっとという小鳥のような分量しか出てこない。
たくさん魔法を使った後だから、ロストークの習慣が余計にありがたかった。
「精霊の恵みに感謝を!」
食事の祈りを唱えた私は、早速肉にかぶりつく。
しっかりとした弾力なのにすっととろけるような肉汁のうまみが口いっぱいに広がり、私は目を輝かせる。
「おいっしーーー! こんなお肉食べたことない! キッシュもシチューも絶品だ! このお城のコックさんはとっても料理上手だね!」
「……」
私が夢中で食べている間、サリアさんは奇妙な顔で立っている。
ご飯をもぐもぐしながらも、これからどうしようかと考える。
領主様と結婚する春までは、このロストークにお世話になるしかない。
いろんな街に滞在したけれど、さすがに結婚ははじめてだ。まずはなにをしたら良いんだろう?
するとサリアさんがこほんと咳払いをする。
「聖女様もすでにご存じかもしれませんが、ロストークはリュミエスト建国以前より国境の守護を担ってきた由緒正しい家柄です。辺境伯夫人となられるからには、ロストークの流儀に慣れていただきます」
確かに私はロストークについてはなにも知らない。
聞いたことと言えば王宮の人たちのうわさ話だけだ。
ふと領主様の言葉を思い出した。
――ロストークはあなたを歓迎する。
郷に入れば郷に従え、という言葉もあるし。領主様は言葉だけでも歓迎すると言ってくれたのだ。
たとえ形だけの夫婦でも、どんな場所に嫁に来たのかはすごく気になる。
教えてくれるなんてサリアさんって親切だな!
「私はこの城内をご案内するように言いつけられております。朝食が終わりましたら早速まいりましょう」
「はい! ぜひ!」
「ではお召し物のお着替えを。どちらにございますか?」
つんとしたサリアさんに聞かれて、私はぱちぱちと瞬く。
「クローゼットにかけたやつだけど」
昨日のうちに片付けたのだ。これでも旅行には慣れているから、片付けも早いんだぞ。
ちょっと自慢に思っていると、サリアさんの顔が固まった。
「……旅行着一枚と、聖女の正装しかなかったように記憶しておりますが」
「はい、普段着なので。聖女の正装は仕事に必要だし」
聖女の正装は身分を示すのにも役に立つんだよな。
あ、なら、昨日も着替えてから行けばよかったな!? 失敗した!
今さら思い至ってあちゃあと思っていると、サリアさんには衝撃だったようだ。
「本当に荷物はあれだけですか。あとから送られてくるなどはなく?」
「ないよ?」
あ、でも困ったな。そういえばワイバーンと戦った時の服はどろっどろに汚れているし、確かもう一着のほうはくたびれきっていたはずだ。
うーんまあ、最悪聖女の正装を着れば良いか。
サリアさんは難しそうな顔をしていたが、思い直したようにこう言った。
「もしよろしければなのですが、ロストークの民族衣装をご用意いたしました。お手伝いいたしますのでそちらにお着替えになられますか」
これは渡りに船でしかない!
「ぜひよろしくお願いします!」
私はうきうきとサリアさんの言葉に従ったのだった。
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