第6話 安眠妨害ゆるすまじ

 とっぷりと日が暮れたころ、私はネージュ城内の客室にいた。

 ベッドに飛び込むと、ぽふんと柔らかく受け止めてくれた。

 私の赤い髪が白いシーツに広がる。

 すっごいふかふかだ。道中野宿だったり、安い宿に泊まっていたりしたから、柔らかさが一層染みる。

 

 ぐるりと見渡してみると、部屋は広々としていて異国風の装飾が施された華やかな調度品で飾られている。

 奥様の部屋は用意できていないから、と案内されたこの部屋は高貴な人を迎える客室だと聞かされた。


「どう見て身分の高い人用の部屋なんだよなあ」


 これだけで、私のことをきちんと扱おうとしてくれているのがよくわかる。


 夕食も領主様と同席で、王都で食べていたのと遜色ない洗練された食事が並んでいた。すごくおいしかった。


「いきなり押しつけられて、しかも予定よりもずっと早く押しかけてきた嫁に対してものすごく待遇が良いのでは」


 なにより、専用の浴室があるのが良い。精霊に頼めばお湯がいつでも楽しめるのだ。

 部屋に戻って早々、精霊に頼んでほかほかお風呂を堪能した。

 身ぎれいになってお布団に飛び込む至福をしばらく味わっていたけど、私が考えてしまうのは、日中のやりとりである。


「領主様、やっぱり結婚は春になってからって断られちゃったなあ」


『俺は辺境伯であり、君も名のある活躍をした聖女だ。それなりに披露目というものはしなければならない。それこそ王命に反するだろう』


 そんな風に領主様に説得されて「疲れているだろうから、詳しい話は明日以降」と部屋を用意されたのである。

 結構快適で気楽な一人旅を満喫してたから、そんなに疲れているとかないんですけど。

 でもそんな風に言う雰囲気でもなくて、私は夕飯をごちそうになって、こうして良いお部屋でごろんごろんしているのである。


「領主様、普通にいい人だったなぁ。名前で呼んでくれて良いって許可を出してくれたし」


 城を不在にしていたのは、森や山にする魔獣が活発化していて、その討伐に出ていたかららしい。そちらについても丁寧に謝罪をされたものだ。

 不作法をしたのは私のほうなのにな。小さい頃は魔法研究所で、大きくなってからは魔獣の討伐遠征ばかりの生活だったから、貴族の習慣というものに詳しくはない。

 まずはそのへんをちょっと学んだ方が良いかもしれない。


 とはいえ私の疎さをさっ引いても、領主様達は低姿勢……というか遠慮がちな気がするのだ。

 すごく繊細な小動物を相手にしているみたいな。このあたりは魔獣が多いから夜は騒がしいかもしれないって事前に説明されたくらいだ。

 なんかこう、普通の気遣いをされた事なんてほとんどないので、妙にこそばゆい。


「とりあえず、これからのことは明日考えることにして、寝るかぁ」


 そのままベッドの掛布を被って目をつぶる。

 きっと良い夢が見られる、そう思った瞬間。


 ――――ガアアウゥルウッッッッッ!!!!!!!!

 

 すさまじい音が耳をつんざいた。

 飛び起きた私は、ふたたび同じ音が窓をびりびり揺らした。

 やっぱり外から聞こえてくる。

 混乱しながら私は窓を開けて外を見た。暗くて見づらかったために、自分の目に暗視の魔法をかける。

 すると羽音と共にぐんっと夜空を飛ぶ二頭のドラゴンがいた。

 そういえば、と晩餐の時に聞いた領主様の話を思い出す。


『今カルブンクスに住み着こうとしているドラゴン数体が縄張り争いをしているのだ。夜にはこの近辺にまで出てきて争うから、近々討伐隊を組む予定だ』

 だからしばらく辛抱してほしい、と謝罪されたのである。

 咆哮がうるさいと言ってもたかが知れているだろうと思ったけれど。

 

 ――――ガアアウゥルウッッッッッ!!!!!!!!

 

「これは、寝れないでしょう……?」


 窓を開け放ったせいで余計に響く咆哮に、耳をふさぎながら私はしかめっ面をする。

 おそらく威圧のために魔力まで飛ばされているから、吠え声が余計耳に響くのだ。

 領主様が外に出ていたのは、ドラゴンの行動範囲を調べるためでもあったらしい。

 確かに連日この調子で喧嘩をされたら、魔獣はもちろん人間だって困るのは当然だ。

 そう、自然のことだから仕方が……


 ――――ゴアァアルルゥルウッッッッッ!!!!!!!!

 

 ぷっつん。


「領主様、困ってる、ぽかったよね」


 うん、困ってた。討伐するとも言っていた。

 私は休んだからけっこう元気で、魔力も充分。

 見る限りドラゴンの種類は、二つ足に翼が一対のワイバーン種だ。

 魔法の使いづらさはお昼に確認したし、なら今の装備でも充分行ける。

 目を据わらせた私は杖を取ると、魔力を通しながら囁いた。


「夜に揺蕩う精霊さん。森の梢のささやきや、風の鳴る夜が好きな精霊さん。私の安眠確保を手伝ってくれないかな」

 

 杖の精晶石を通して拡散された魔力はちょっと本気モードだ。

 お陰でいくらも経たずに精霊達がふわりと現れてくれた。

世界創造の名残とも、自然界の魔力が意志を持ったとも言われている精霊は、人がより大きな魔法を使うために大事な存在だ。

 しかし、普通の人間には精霊の存在は見えず、精霊達も滅多に姿を現さない。

 けれど私は、幼い頃からそんな精霊達に好かれており、当たり前のように見て聞いて助けを頼むことができるのだ。

 日中呼んだ時より精霊の数が多い。


『オイシイチカラ』

『クレルコ イタ』

 

 おや? どうやらすでに私の噂が広まりはじめているみたいだ。

 精霊の情報網は侮れない。今はとっても助かる。

 私は未だ迷惑を考えず、空を我が物顔で駆け回るワイバーンを睨みあげた。


「さて、でっかいとかげ退治といきますか」


 つぶやいた私は杖を片手にバルコニーから身を躍らせたのだった。



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