第32話 魔獣退治はお手の物


 私ことルベル・ド・カルブンクスは、森の中で先端にオレンジ色の大きな精晶石が填まった杖を構えて待機していた。

 前方からはリッダーをはじめとした騎士達が二本角が生えたイノシシ、ホーンボアの群れを引きつけていた。


 ホーンボアを相手にするのに最も注意しなければいけないのは、真正面からの突進だけじゃなく、その頭の固さだ。

 鋼鉄でできているのか? というレベルの頭は、その突撃で岩すら砕くし、まともに受けたら剣が欠けるどころではすまない。群れが城壁すら破壊した事例すらある。


 ならばどうすれば良いかなんて、簡単だ。

 穴へ落としちゃえば良いのである。


「ルベル様!」


 リッダーの声の合図で、私は一気に杖へ魔力を込めた。


「精霊! 力作披露するよー!!」


 とたん、ホーンボア達の足下にぽっかりと落とし穴が出現する。

 もちろん勢いがあったホーンボアは急停止できるわけがなく、あっという間に落ちていった。


 すかさず木立に隠れていた兵士が現れて、弓を射かけて止めを刺していく。

 仕留められた、と思ったが、穴の中からひときわ大きな個体が飛び出してきた。

 跳躍だけであのでっかい穴を上ってきたのすごすぎる。


 怒り狂ったホーンボアは、止めを刺そうとしていた、リッダー達にその角を振り回そうとする。

 だが私はその前に杖を振りかぶっていた。


「どっっっせい!」


 振り抜いたとたん、精晶石に込めた圧縮された魔力の塊が鋭く飛び、ホーンボアの側頭部にぶち当たる。

 盛大に頭を揺さぶられ、白目をむいたホーンボアは、そのまま地面に倒れ伏した。


 一拍おいて、リッダーをはじめとした兵士から歓声が上がった。


「すっっげえです、ルベル様! もう剣圧を習得されたんすね!」

「ふふふん密かに練習してたんだ。毛皮の質が落ちるから、なるべく無傷でやってくれってブッチャーのおいちゃんに言われたし」

「ブッチャーの親父の無茶ぶりに応えられるなんて……さすが奥様だ……!」


 聖女様ではなく、奥様だって言われるのがなんだかこそばゆい。

 兵士のみんなのキラキラまなざしがこそばゆくて、私は頬を掻いたのだった。

 私は今ロストーク内で部隊について魔獣狩りに出ていた。

 




 あの日、死魔の森から帰ってきたあとは、大変だった。

 まず、村に戻ってくるとディルクさんの従者の人達に心底ほっとした顔をされたし、ネージュ城に帰ってくると、城の人達は私が帰って来るなり取り囲まれてしまった。


 リッダーはひどく安心した顔をしていたし、クックさんはおいおい泣いていた。サリアさんは顔を青ざめさせて怒られすらした。

 私のそばにはこなくとも、ほかの使用人さん達もほっとした顔をしていた。


「なにか良い獲物はあったか?」って屈託なく聞いてくれたのはブッチャーさんくらいだ。


「たとえ私達に不手際があったとしても、どうか、どうか何もおっしゃらずに居なくなるのだけはおやめください!」 


 サリアさんに涙がにじむような声で訴えられて、私はようやく彼女たちに心配されていたことが腑に落ちた。

 だから「行ってきます」と「ただいま」と「どこに行くか」は、ちゃんと言おうと心に決めた。

 報告、連絡、相談、略してほうれんそうっていうんだって。

 ディルクさんに教えてもらった。


 さらに言えば、帰ってきたあと、ディルクさんはちゃんと約束を守ってくれただけでなく、とっても仕事が速かった。


「ルベル殿、まずは巡回任務に同行してもらえるか。一度任せたいのはやまやまなのだが、今後のことを考えて部隊と交流をもって連携が取れるようにしてほしい。もちろん、緊急性があれば魔物を倒してくれてかまわない」


 もちろん否やはないし、その土地の流儀はある。それに、ディルクさんが私が兵士の人達と上手くやっていけるようになれて欲しいという意図もよくわかったからだ。 

 私もロストークの討伐の仕方はとても興味があったので、私は部隊の一つに同行しての巡回任務についた。

 と、いっても私が知っている「巡回任務」ではなかったんだけれど。




「びっくりしたわ。歩けば魔獣に当たるみたいな頻度じゃない」


 落とし穴から引き上げたホーンボアをその場で捌き始める彼らの手際に感心しつつ私が言うと、リッダーは朗らかに笑った。


「これは討伐の範疇には入りませんよ。でもルベル様のおかげで穴を掘る時間が省けて効率が上がりました!」


 すばらしく良い笑顔である。

 そう、巡回というからには、警戒に当たるだけかと思えば、二回に一度の頻度で魔獣に遭遇するのである。

 立ち寄った村で魔獣被害を確認すると、その場で対処できそうであればさっと討伐してしまう。

 被害が城に陳情されて私が派遣される、という流れしか知らなかった私には新鮮だった。

 というかロストークの彼らは、本当に魔獣討伐に慣れているのだ。


「落とし穴っていつも使うの? 剣で立ち向かうのかと思ってた」


 私が聞くと、リッダーはむしろ不思議そうにする。


「なんでそんな危ないことすんですか。ホーンボアは頭が固えんですから、奴らの習性を利用するのが一番ですよ。あくまで俺達は村人への被害を減らすのが役割なんですからね」


 王宮の人にとって、魔獣狩りは名誉を得るための手段という認識だ。

 相手が強ければ強いほど、その魔法で立ち向かい討ち果たすことが強さと巧みさの証明になるのだ。だから、魔法使いは強い魔獣が現れたときしか動かない。

 そこまでではない、と判断された魔獣討伐は末端の部隊に任される。

 

 私はそんな追いやられた魔獣討伐を色々やったもんだが、魔法をぶっ放すか、大きな魔法が使えなければ長期戦で削り取るかの二択だ。

 でも、彼らのやり方は、魔獣の習性を利用し魔獣を倒すことよりも自分の命を第一に考え、確実に仕留めようとする。それは…… 


「もはや狩りだね」

「うん? 最初っからそのつもりっすけど?」


 腑に落ちていない彼らに、私は笑ってしまう。

 魔獣とは命を賭けて真正面から立ち向かうもの。という王宮の人々からの基準からすれば「野蛮」だろう。

 でも私はリッダーのような考え方のほうがずっと好きだ。


「ところでお肉を冷却できると、肉が劣化しないってブッチャーさんに教えてもらったんだけど」

「そんなことまでできるんですか! ぜひお願いします!」


 リッダーにはもう魔法への忌避は見えなかった。

 きっと、ディルクさんは魔法を嫌がらない人ばかりの部隊を選んでくれたのだろう。

 彼らの順応ぶりに笑いつつ、私は杖を構えたのだった。





 私達が肉を担いで村に戻ると、村長さんをはじめとした村人達は、びっくりしながらも大いに喜んでくれた。


「領主様の婚約者様がこのようにお強い方とは存じ上げず……! あなた様のおかげで我が村は救われました!」

「ううん、リッダー達ロストークの騎士のおかげで、損害なしで討伐しきれたんだよ。ねぎらうなら彼らの手腕をねぎらってやって」

「なんと謙虚でいらっしゃる! さすが聖女様だ!」


 だって私今回穴掘って止めを刺しただけで、おとり役や矢を射かけたのはリッダー達だもん。

 と、思って正確に伝えたかったのに、なぜか村長さんに感激された。

 うわっ村人もなんか拝み始めている!?


「ホーンボアは収穫前の田畑をすべて荒らし尽くすだけでなく、備蓄倉庫を狙って村を襲います。目撃されれば目をつけられないように祈るしかないのです」


 あ、と私は村長さんの背後に広がる収穫間近の広大な畑が目に入った。

 ご飯は大事だ。食べるものがなくなれば力は出なくなるし心がすさむ。他人のことなんて考えられなくなるし、自分が生き延びるのに必死になる。

 だから、作物を作れる人達は大事にしなきゃならないのだ。


「今年は、夏の嵐でだめになったところが多かったんです。実りが良いとは言えませんが、それでも我らにとっては命綱。今年も育て切ったものを、奪われずにすみました」


 この人達はご飯が食べられずに苦しんだ記憶があるから、原因を取り除いてくれた私たちに感謝をしてくれるのだ。


「みんなのご飯が守れてよかったです」


 私がちょっとだけはにかむと、村長さんが俄然張り切った。


「ぜひ皆様をもてなさせてくだされ! もう遅いですから、是非泊まっていかれてください」

「助かります! ホーンボアの処理ができるのなら、この肉も食べよう」


 リッダーも乗り気でホーンボアを村人達に渡している。

 確かにまだ明るいけれど、すぐに日は沈むだろう。ホーンボア狩りはかなりスムーズに終わったけど、半日がかりだったもの。

 だけど、私は楽しげにする村長さんとリッダー達と、その奥に広がる収穫間近の畑が目に入る。

 そう、収穫前だ、一番不測の事態があってはいけない時期のはず。

 私がさっき呼び出したままついてきた精霊達が「なになに?」とこちらを伺っている。

 あのときよりは少ないけれど……


「聖女様、では準備が整うまで……」 

「ごめん! 私は帰るね! 気持ちだけもらっとく!」

「えっルベル様?」


 リッダーと村長さん達があっけにとられる中、私は自分の杖に飛び乗ったのだった。


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