第17話 平和もなかなか悪くない
私は今日も今日とて、ディルクさんと昼食を食べていた。
ロストークにきてからずっとディルクさんと毎日どこかの食事は一緒にしていたのだ。
「お互いを知るためにはまずは時間を共有することから」と彼に提案されて始まった習慣だ。
ディルクさんは見るからに忙しそうなのに、いいのかなと思いはする。
だけど知らないロストーク料理や、この周辺に生息する魔獣の話を聞くのが面白くて私は楽しみにしていた。
ちなみに料理の量は、私がよく食べると理解されてからは、ご令嬢基準じゃなくて兵士基準になった。これも嬉しい。
おいしそうなお肉料理と野菜の付け合わせをもりもり食べていると、ディルクさんに話しかけられた。
「ルベル殿、最近はどうだろうか」
お肉をもぐもぐしながらなんと答えようか考える。
ディルクさんはネージュ城で自由に過ごして良いと言ってくれたけどそれは本当で、私はびっくりするくらい快適に過ごしていた。
私が丸一日眠っていた間になにがどう伝わったのか、懸念していた怖がられる、というという反応はない。
むしろ侍女はサリア以外にも入れ替わり立ち替わりお世話に来てくれるくらいだ。
サリアは「そりゃ覚えもめでたいほうがいいに決まってますから」と肩をすくめられた。
世話を焼かれることなんてあまりなかったからちょっと困ってはいるが、嫌ではない。
むしろ――と考えた私はしっかり飲み込んだあと、答えた。
「皆さんすごく良くしてくれます。クックさんは行く度におやつをくれますし、マイクさんには昨日解体の仕方を習いました! マルクさんにはロストークにどんな特産品があるのか教えて貰ったんです」
「ほう、マルクまでか」
ディルクさんは目を細めた。なぜかマルクさんが背筋を震わせた気がしたけどまあいいや。
「城内の上り下りが大変ではないだろうか。山にへばりつくように建っているからな」
「? そうですか? 運動になりますし……」
と言ったところで、私は目下の問題を思い出した。
ディルクさんは私が言いよどんだことにすぐ気付く。
「なにかあるのか?」
「えっと、あのう……運動不足で……おいしいご飯をたくさんいただいたので肥えてきたのが気になります」
ちょっと恥ずかしくて、ごにょごにょと言うと、ディルクさんは軽く目を見開いて私をまじまじと見る。
「どうかしましたか」
「君が普通の女性のようなことを言うのだなと、少し驚いた」
マルクさんが何言ってるんだこの人は!!!と慌てている。
けれど私は新鮮な気持ちでぱちぱちと瞬いた。
「そんなこと言われたのはじめてです。師匠からは『お前を普通の女として扱っては世の女性に誤解が生まれる』と言われたくらいなので。私にも普通の女の子みたいなところあったんですね!」
「一般的には俺の発言も失礼だった。すまない」
「いいえ、なんだか無性に嬉しかったので。そっか普通の女の子も体型を気にするんですね」
「ああドレスを着られる体型を気にして少量しか食べないもので……」
「うんうん肉が付くと空が飛びづらくなりますからね」
「ん?」
「え?」
私の声とディルクさんの声が被った。
ぱちぱちと瞬くと、戸惑ったディルクさんが聞いてくる。
「空を飛ぶ、か?」
「はい。ただ自分一人でしか使えませんし、しかも私の体重も変わると速度が出ないんですよね」
ずっとなにかしらの魔獣討伐に出たり、師匠のところで訓練に参加させて貰ったり、空き地で魔法を撃ったりしていた中では、体がずいぶん重くなった気がする。
ぽかんとしていたディルクさんはなにやら考える風だ。
「君がワイバーンを持ち帰ったときに単体で浮遊させていたな。それはワイバーンごと飛べなかったからか。その制限は魔力量なのか、それとも魔力操作のほうだろうか」
「私が魔力操作が苦手なんですけど……。ディルクさん、すっごく詳しいですね」
魔法で空を飛ぶ、と話すと、普通の魔法使いでも私が「特別だから」で一蹴する。
だから、まさか魔法で飛ぶ方法を考察されるとは思わなかった。
私がまじまじと見ると、ディルクさんは少し気まずそうに飲み物のカップを手に取る。
「いや……これでバルコニーから飛んで出ていった君が、どうして帰りは徒歩だったのかがわかった」
私はなんとなく決まり悪くて、さっと目をそらす。
「ええっとはい。私が自力の魔力で飛べる重さは媒体の杖までなので……。精霊がもっと手伝ってくれたら、頭を持って飛べたんですが、今回は歩くしかなかったんです。えっともう勝手に飛んで外には出ませんよ?」
そう、私が抜け出したことに気付かなかった門番さん達が始末書処分になったのだ。
私はただ安眠を手に入れたかっただけなのに、無性に申し訳ない。
ちゃんとあのあと門番さんに謝りに行ったんだよ!?
しっかり職務を実行しているのに、自分でいうのもなんだけど、例外事項みたいなもので責任を取らされるのは可哀想だもの。
ちょっとしょげていると、ディルクさんの眉尻がさがった。
「いいや、むしろ城の警備体制の穴が見つかった。君には感謝しているし、だから門番達の処分は減俸ではなく始末書なんだぞ」
そっか、解雇されてないのか。なら、まあ、いいかな。
心がだんだん和らいでくると、彼は少し口角が上がった。
「たまには、飛んで出て行ってかまわない。衛兵達の訓練にもなる」
なんだか残虐なことを考えてそうな雰囲気になっているけれども。
「ディルクさんは今楽しい、ですか?」
試しに確認してみると、軽く目を見開いたディルクさんは顔がぎゅっと険しくなる。
機嫌悪くなっちゃっただろうか、と残念に思いかけたけれど彼の白い頬がほんのり赤くなっているのに気付いた。
「わかるのか」
「なんとなく、ですけど」
そうか、だなんて言ったディルクさんは少しだけまた表情がゆるんだ。
指摘されて恥ずかしがってるだけなのか。そっかそっか、この人も近寄りがたくて怖そうに見えても、普通の人なんだなあ。
「そ、うか」
なんだか私も照れてしまって、パンをちぎってもくもく食べる。
変な空気が漂う中、ご飯を食べ終わる頃になって、ディルクさんが出し抜けに聞かれた。
「そうだ、なにかしたいことなどはないだろうか。女性が好むような娯楽はないだろうが……」
したいこと、と聞かれてまず思いつくのは、カルブンクス領に行くことだ。
ディルクさんに管理をお願いするにしても、一度どんなところか見てみたい。
お家を貰う約束をしたしね。
結婚式が終わったら、移住先候補なのだし。
でもなんとなく後回しにしても良いかな、という気になっていた。
だってネージュ城、居心地良いいし。
そうするとしたいことと言えば、すぐには思いつかないような……。
と考えたところでひらめいた。
「あ、じゃあ! 騎士の訓練に参加させてくれませんか!」
「訓練に?」
「はい、一週間ものんびりしたので体もなまっているので、思いっきり動かせられたらと」
あれは魔法っぽく見えるのに私の知らない技だった。
わくわくと返答を待っているとディルクさんがむむと、悩む風だ。
だめだっただろうか。そうだよな、私いつも騎士団との合同演習以外では訓練に参加は断られていたし……。
「訓練に参加することはむしろ歓迎する。ただ、一つ頼まれてほしいことがあるのだが」
「えっ」
おもむろにディルクさんのお願いに、今度は私が驚く番だった。
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