第21話 猟犬二頭

 夜になると学校併設の病院へと移動する。

 シャハムの病室で寝ずの番をして夜を明かす。

 これは自分にとって身体的にはまったく苦痛ではない。

 魔人である自分はその気になれば10日程度眠らなくてもパフォーマンスにはほとんど影響がないのだ。


 ただ、以前東の魔女に警告されたことがある。

『なるべく人と同じ生活をする事だ。問題ないからと言って人を外れた生活を続ければ、それはやがててるひこの人間性を少しずつ奪っていくだろう』

 自分としてもその通りだと思うので普段は常人と同じように三食きちんと摂り夜はきちんと眠る生活をしている。


 椅子に座り朝を待つ。

 必要ならこの状況で数日だろうと集中を維持できる。

 目の前にはクラウスがやはり同じ状態で座っている。


「……果たして来ますかな」

「どうだろうな」


 闇に紛れる猟犬が2頭。

 ……狙う獲物は黒い毒蛇だ。


 あれからクラウスの率いる特務部隊によって捜査は進み敵の正体がある程度わかってきた。

「黒蛇会」という王都最大のマフィア組織が一連の騒動に深く関わっているらしい。

 ザイハルトはその組織に所属しているのだろうか?


 詳しく聞いてみると黒蛇会とは元々は構成員もそれほど数はいない王都でも中堅の裏社会の組織だった。だが今から20年近く前に急成長を始め巨大な組織になったという話だ。

 それは時期的にザイハルトがこの国に来た頃と重なる。

 奴が組織に関わっている可能性は極めて高い。

 王宮やその他の重要機関に潜入していた黒蛇会のスパイは少しずつあぶり出しが進み何人かは捕縛されたがまだまだ数がいるだろうとの事だ。

 中には10年以上も前から職務に忠実で勤勉に働いていたスパイまでいたというのでその念の入れ様には戦慄しつつも恐れ入る。


『この国の全てはオレの巣だ』


 奴のセリフが耳の奥に蘇る。

 ザイハルトの目的は私から復讐を奪い、その罪を背負わせた上で最後には命を奪い取る事だろう。


 ……だが、それだけなのだろうか?

 その為だけにそんな巨大な組織を作って動かしているのだろうか。

 あの狂乱と暴虐の化身のような男がそれだけで満足しているようにも思えない気がする。

 何かとてつもなく大きな厄災がこの国を覆うような、そんな悪事を企ててはいないかと不安になる。


 ……フガクも殺されてしまったそうだ。

 遺体はミイラ化して朽ちていたという話だがそれもザイハルトの手によるものなのか……。

 同じ魔人でも私にはそんな事はできない。

 技なのか魔術なのか特殊能力なのか……手段を持たないという意味だ。


 時折小声で会話をしながら時を過ごしていると徐々に東の空が白んでくる。


「今夜は待ちぼうけだな」

「そのようですな」


 答えてからクラウスはベッドの上の包帯の塊を見る。


「雑魚過ぎて眼中にないから無視されてるかもしれませんぞ」

「びぎぃいぃぃぃいいいいいいいいいいいいい!!!!!」


 朝っぱらから騒がせるなよ。

 職員の方にご迷惑だろ。


「しょうもない奴ですわい。コイツ学長になってからの態度は最悪でしたぞ。威張り散らして学生たちへも滅茶苦茶厳しく当たるんで評判最悪ですわい」

「それはよくないな」


 自分が在学時の学長は厳しいが生徒思いの人格者であり皆からは怖がられつつも尊敬もされていた。

 正直当時は煙たがっていたが今にして思えば教育者とはかくあるべしという人物だった気がする。


「ダグラス様はご存じなかったかもしれませんが部隊長時代からその傾向はありましたぞ。部下には高圧的なんですじゃ此奴は。弱い立場の者に強く出るんです。学長の座を望んだ動機もそんなところでしょうな」

「そうか……」


 それは知らなかった。

 そして、クラウスは知っていた。

 当時からそういう自分の目の行き届かない所をこの老人がフォローしていたのだろう。


 ……何か言うべきだろうか。シャハムには。

 でも今更こんないい歳したおっさんに自分が諭して届くんだろうか。


『イヤですよ鍛冶屋なんて!! あんな一日中街の片隅の暗い工房でカンカンカンカン。絶対イヤですね。団長、ボクは偉くなりたいんです』


 昔の奴の言葉が思い出される。

 鍛冶屋の息子だったシャハム。

 後を継がないのかと尋ねた時の事だったと記憶している。


「シャハム、私はあんな事があるまでずっとお前の親父さんが打った剣を使い続けてた。いい剣だったぞ。未だにあれ以上のものはほとんどお目に掛かれない。お前の親父さんは立派な職人だ」

「…………………………」


 結局何を言えばよいのか考えがまとまらず、それだけを口にした。

 壁を向いてこちらに背を向けているベッドの上のシャハムからは返事は無かった。


「……行くか」

「そうですな」


 朝日の差し始める病室を2人で後にする。

 疲労はほとんどない。

 日中の行動にも影響はないだろう。

 今日は実技指導だ。


「楽しそうですな」

「そう見えるか。……まあ、そうだな」


 正直なところ臨時講師はあくまでも士官学校にしばらく滞在する為の名目でしかないのだが、確かに楽しんでいる部分はある。

 教わる彼らは知りえぬ事ではあるが正しく自分の後輩たちである。

 交流はこちらにとっても刺激になる。


「我々があんな事をしなければ、貴方がこの国に留まっていれば……今のように後進を指導していた未来もあったかもしれませんな」

「どうだろうな。だが少なくとも1つ言えるのは、自分は国王にはならなくてよかったよ」


 騎士団の中の事ですらこうだったのだ。

 とても国をまとめる大役が務まったとは思えない。

 無論国王が何でも1人でやるものでもないだろうが。


「国を出てからの私は大体幸福だった。人生はわからないものだし、ままならないものだな」


 奈落の底への落とし穴に嵌ったかと思えばその先に思わぬ光明があった。

 暗殺の一件がなかったとして国に残った自分が幸福になれたのか……それはわからない。

 結局我々は必死に生きていくしかないのだ。


 ────────────────────

 同時刻、黒蛇会アジト。

 最深部、首領の部屋にて。

 黒い蛇たちの王ザイハルトは諜報部の部下からの報告を受けている。


「フン、そうか……シャハム・マウムは奴が捕ったか」


 椅子に座り机の上に足を投げ出しているザイハルト。

 その言葉は苛立たしげであり、またどこか楽しそうでもある。


「はい。何でも泣き叫んで嘔吐して失禁するまで追いつめてから、最後は延髄切りを決めて窓から叩き出したとかで……」

「怖!!! そこまでする!? そんな無茶苦茶すんのあいつ!?」


 思わず机から足を下ろして素でドン引きするザイハルトであった。

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