第24話 動乱の王都

 ……景色が震える。


 その夜は1発の爆発音から始まった。

 夜の静寂を破る響きが動乱の一夜の始まりを告げる号砲となる。

 音の源は王立病院だ。

 1000人以上を収容できる王都でも最大の医療施設である。


 爆発が起きたのは日付が変わる少し前の事。

 窓ガラスが割れ、周囲には悲鳴や鳴き声が響く。

 黒煙が上がり大勢が右往左往している。

 そして夜の闇の中から無数の黒衣の暗殺者たちが染み出すように音もなく現れ無慈悲な蹂躙を開始しようとしていた。


 混乱は病院だけではない。


 無人の筈のフガク邸、王立士官学校、美術館、図書館など……。

 王都の主要な施設の多くが標的とされ爆破されるか火の手が上がっている。


 ────────────────

 市外の混乱は程なくして王宮へも伝播した。

 今騎士団や兵士隊の詰所は混乱の只中にある。

 施設からの救援願いがある度に人員は次々と出動していく。

 さながら奇襲を受けた戦場の野戦司令部のようだ。


 助けを求める声は時間の流れと共に乗算されるように増えていく。


『1人の犠牲も許さん』


 王城は空にしても良いと……フリードリヒ王の指示で途切れることなく城門から部隊は出動していく。


 そしてその瞬間こそを狩りの時間だと定めていたこの動乱の主導者たちが動き出そうとしていた。

 ────────────────

 ……『救国の英雄』の名を『都を地獄に変えた悪鬼』の名に変える。

 そのために今夜その男は王城へと足を踏み入れる。


「ラサ帝国は滅びこの国が残った。だがその王国も今夜で終わりだ。……諸行無常って奴だな」


 黒蛇会の首領ザイハルト・ウォーグラムは感慨深げに王城を見上げる。

 今彼は門を越えた。

 その足元にはほんの1分前までは門番を勤めていた無数の肉片が転がっている。

 漆黒の鎧姿の男の背後から無数の刺客たちが現れる。その数は数百。


「……この中で息してる奴は1匹も取りこぼすな。行け」


 視線を王城に置いたままそう指示する。

 無言のまま暗殺者たちが王城へ突入した。

 ここを守れるだけの兵力は残っていない。

 ダグラス・ルーンフォルトは士官学校内の病院で夜番だ。

 仮にそこからここへ向かったとしても数時間はかかる。

 到着する頃にはとうに自分たちは目的を達成していることだろう。

 まして士官学校もテロの標的にしているのだ。

 自分たちを阻めるものはもう誰もいない。


 標的は王族。

 国王フリードリヒ、そして王妃ディアドラ。


 あの男を殺すのは最後だ。

 この国の滅亡が決してからだ。

 奴の首を獲り……自分は『ダグラス・ルーンフォルト』として王家の者を皆殺しにした事を、この国が今日で終わり黒い蛇が新たな支配者となった事を宣言する。


 その後のことは……正直に言ってどうでもよかった。

 新しい国でいける所まで暴れてもいいし、1人どこかへ旅立つのもいい。

 黒蛇会として王国を支配する戦いを挑むことは手下を動かし国を災禍で覆う口実でしかなかったし、王家を皆殺しにする事は奴の名を汚し尽くす手段でしかない。

 それが叶えば組織も何もかも自分にとっては大して価値は持たない。


「……ん?」


 少数で奮戦する衛兵たちに混じって灰色の武装の明らかに手練の戦士集団が防戦に加わっている。


「押し返せ!! これ以上連中を中へ入れてはならんぞ!!!」


 その指揮を取るのは1人の老兵だ。


(クラウス・ハインリッヒ。……ほぉ~、今夜はこっちにいたのか)


 報告ではここの所ずっと夜はダグラスと行動を共にしているとの事だったので気にしてもいなかった。

 取り込まれたようだしダグラスの討伐完了数キルカウントとみなして放置していたのだが……。

 灰色の老兵の前に悪鬼は進み出る。


「ノコノコとオレの前に姿を現したからにはケジメとして殺っておくとするか。なァ、クラウス・ハインリッヒ」

「お前が首魁か!! お前が……お前が先代様を手に掛けたのか!!! 許さぬぞ!!!」


 クラウスがザイハルトに斬りかかる。

 老兵とは思えない鋭い無数の剣閃が虚空を走った。

 だがそのいずれもが黒い鎧には届かない。

 虚しく空を切る。


「老いぼれにしちゃあやるな」


 ザイハルトの長剣が鞘走る。

 無造作な横薙ぎの一閃をクラウスは視界に捉えることはできなかった。


「だが『人間』やってる奴らにゃあオレらの相手は務まんねェのよ」

「……ぉ…………」


 腹部を横に切り裂かれそこから激しく出血するクラウス。

 気力で踏ん張ろうと膝に力を入れるも、一瞬遅れて吐血する。


「む……無念……ッ」


 切り捨てた相手を顧みる事もなく黒衣の悪鬼は奥へと歩みを進める。

 そして自らの生んだ血溜りの中に老人は崩れ落ちた。


 ────────────────

 王城の中庭部分は広大な芝生の広場になっている。

 催しがあれば多くの国民が招かれてバルコニーからの王の演説を聞くための広場だ。


 そこに今、この王国の歴史上初めて悪意を持って突っ切ろうと進む人影がある。

 その足音が広場の中央部分を通過しようとしたその時……。


「……!!」


 突然周囲に幾つもの篝火が燃え上がり広場を昼間のように照らし出した。

 その光の中心に立つザイハルトは別段動じた風もなく黒い外套を風に靡かせている。


「悪党め。これ以上を狼藉は許さん!!」


 バルコニーに人影が現れ、ザイハルトは眩しげにそれを見上げた。

 そこに立つ男はフリードリヒ・ファーレンクーンツ国王その人だ。

 黒鎧の男の面具の下の生身の口がニヤリと笑みを浮かべる。


「逃げ出してなかったのは褒めてやるぜェ。……いい子だ。そのままそこにいな。今その首をこのオレが……『英雄ダグラス』が刎ねてやるからよ」


 そして再び歩き出そうと1歩を踏み出したザイハルトの動きがそこで停止した。

 ……誰かが……篝火の明かりの外から、真正面から自分に近付いてくる。

 腰に剣を下げた1人の男がこちらへ来る。


「ダグラス・ルーンフォルトなら……もう間に合ってる。他を当たるんだな」

「……何でお前がここにいやがる……!!」


 その男はザイハルトから数m先で足を止めた。

 灰色の髪の長身の男。

 冒険家にして作家ウィリアム・バーンズ。

 そして、もう1つの名前は……。


 大戦の英雄、かつてこの国で騎士団長を勤めた男。

 ダグラス・ルーンフォルト。





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