第18話 猛襲の黒い蛇
巷は丑三つ時の闇の中でも不夜城と化しているエンゴウ商会本部……フガク・エンゴウ邸は煌々とライトアップされている。
昼夜の区別のない厳重な警備体制はその夜侵入してきた「黒蛇会」の精鋭暗殺者たちをも容易く捕捉した。
今宵この大邸宅は辣腕の裏社会の刺客たちにとって狩場ではなかった。
屋敷の最奥の広間で待ち構えていたのは一騎当千の猛者たち。
フガクが大金で雇った業界では名の知れ渡った歴戦の傭兵たちである。
黒衣の暗殺者たちは1人、また1人と狩られて数を減らしていく。
その様子を屋敷の主人フガク・エンゴウは巻き煙草を燻らせながら満足げに眺めていた。
「フン、
彼はクラウスの言うダグラス・ルーンフォルト生存を初めから信じていなかった。
ほぼ同時期に俄かに活発に動き始めた王都最大のマフィア黒蛇会……その裏社会の巨大組織がこの一連の事件の影にいると読んでいたのである。
そして彼の読みの通りに今夜襲撃があった。
「ほれほれ、もう少し頑張らんか。折角お前らの為に大枚はたいて腕利きを集めたのだ」
ひじ掛けに片腕を置いて斜めに寝そべっているフガクがスパーッと紫煙を吐いた。
「無駄だボス。コイツらじゃ俺たちの相手は務まらねえよ」
傭兵の1人、大剣を持つ鎧姿の大男が肩を竦めて言う。
潜ってきた修羅場を示すかのように男の肌の露出している部分には無数の傷跡がある。
「楽して儲かるんだ。有難い雇い主様さね」
妖艶な褐色の肌の女傭兵がそう言って笑った。
その場にいるのは十数名の傭兵たち。
いずれも雇い入れようと思えば並の傭兵数十人分の金が必要な一流の強者たちばかりである。
そこにまた新たな刺客が1人姿を現す。
これまでの刺客たちとは異なり、その男は足音を殺そうともせずずかずかと広間に踏み入ってきた。
「おーおーおー……オレの兵隊を随分な目に遭わせてくれたじゃねえかよ。なァ?」
その男……ザイハルト・ウォーグラム。
黒髪の男は最早仮面も身に着けずに素顔を晒している。
「お前が首領か?」
フガクの問いにザイハルトはニヤリと笑みを見せた。
(……フン、見ろ。何がダグラス団長だ。クラウスの老いぼれが……怖い怖いと思っておるから何でも団長に見えるのだ)
想像していた通り、その男はダグラス・ルーンフォルトではなかった。
大方マフィアの親玉がどこからかダグラス暗殺の情報を仕入れて事を起こしたのだろう。
フガクはそれを強請りではないかと読んでいる。
殺された連中は要求を蹴って見せしめにされたか……そんな所だろう。
「欲を出した相手が悪かったな。貴様なんぞにくれてやる金は……」
「そろそろ本番だからなァ」
フガクのセリフを遮って……というより始めから彼のことなど眼中にないかのようにザイハルトが喋り始めた。
その発言も誰に向けてのものというわけでもなさそうだ。
フガクが不愉快そうに眉を顰め、傭兵たちに向かって顎でしゃくって見せた。
『殺せ』の合図である。
「肝心な時に鈍っててミスったんじゃ『英雄殿』に失礼だ。ここいらで久しぶりに試し撃ちしとくとするかァ」
だが……傭兵たちは動かない。
誰一人として動かない。いや、動けない。
震えるもの。全力疾走の後のように息を荒げるもの。涙ぐむものもいる。
実力者故に理解してしまっているのだ。
今目の前にいる者が人の形をしたとてつもない化け物だということを。
虚空を見つめ、まるでその場にいない者に語り掛けるように黒髪の男が言葉を続ける。
「それじゃ御覧頂こうか…………」
その目がギラリと残忍な輝きを放った。
「オレの
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一夜が明けて。
通報を受けて駆け付けてきた王宮の騎士たちは現場の惨状に愕然としていた。
建物の損壊はそれ程でもない。
しかし……。
「ダメです。全滅です。生きてる者は1人もおりません」
報告してきた騎士に隊長が頭を抱える。
「1人もか……使用人や警備兵で200人以上だぞ……。団長のご不在も続いているというのにこんな事件が起きるとはな」
銀竜騎士団長イーファン・メレクの亡骸はその後クラウスたちによって回収されていたが、現時点ではその死は伏せられている。
一定期間を置いて『敬愛する先代王ロムルス三世病没を受け殉死』と発表される手筈になっている。
フガク邸は一夜にして死の廃墟と化していた。
騎士の報告の通りに生きて朝を迎えたものは1人もいない。
全員が殺されていた。
中でも凄惨なのは最奥の広間なのだが……。
ここの遺体たちはとにかく異様だ。
「何をどうすればこんな事になるんですかね……」
「俺に聞かれたってわかるはずがないだろう」
隊長は疲れた声で答える。
広間の遺体は全てがミイラ化して朽ち果てていた。
半数くらいは外傷もなくただ朽ちてしまっている。
残りは斬殺されたのか先に朽ちたのか……バラバラに刻まれておりその肉片がミイラ化している。
遺体の中には衣類から推測するに主人のフガクも含まれているようだ。
「いくら金があっても最期がこれじゃ救われんな」
誰にともなくぼやくと隊長は遺体の回収を部下に指示するのだった。
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