第17話 父と娘、そして作家
シャハム・マウムが運ばれていく。
担架に乗せられた小柄な男は最早ピクリとも動かない。
我が因縁の相手……一時は復讐も考えていたその男は、こっちが訪ねただけで勝手に死にかけている。
本当にまったくもうその気はないのに私の復讐がフルオートで進んでいくのどうにかなりませんかね。
それにしてもこのプロレスおじさん……もとい国王フリードリヒが何故士官学校に現れたのか。
ちょいちょいとわき腹をこっそり突かれて見るとクラウスだ。
洞察力の化身がこちらの問いを察したか。
「あちらでございます」
と示した方を見てみると……。
大騒ぎしていたので学生たちが大勢野次馬に訪れていた。
その中に1人、軍服姿の見知った顔がある。
集団の中にあってもその美麗な容姿は一目でわかる。
その娘は様子を伺い国王の姿を見るや「やべ」という表情になってくるりと踵を返したのだが……。
「パルテリース!!!」
同時に国王も気付いたらしい。
彼は逃げ出そうとした娘をよく通る声で呼び止めた。
姫は……パルテリースはげんなりした顔で逃走を諦める。
「……姫は士官学校に通っているのか?」
「はい。元々は良家の子女の集う学校へ通っておられましたが、そちらは肌に合わないと申されまして」
小声で尋ねるとやはり小声でクラウスが答える。
「まあ、そりゃあのお姫様にお清楚空間は合わねーでしょうよ」
エトワールの言葉にムッとしつつも流石のクラウスも反論の言葉は見つからないようだ。
「話がある。こちらへ来なさい」
父王の言葉に渋々従うパルテリース。
そして教師たちが集まっている生徒たちを解散させる。
……我々はどうしたものか。
────────────────
どうしたものかと思っていたら国王共々応接間に案内された。
学長室の汚損は深刻だし当分は使用不能だろう。
応接間のソファに座って父娘が向かい合う。
我々には脇に席が用意されお茶が出された。
「パルテ。私はこれまでお前にあまり厳しいことは言ってこなかった。そうだね?」
フリードリヒ王の言葉にどことなく不貞腐れた感じのパルテリースは黙ったままだ。
「だが、流石に今回の一件はやりすぎだ。連絡もなしに丸一日以上家を空けるとは! 皆がどれほど心配したと思っている」
先ほどいきなり延髄切りした男と同一人物とは思えない。
静かだが強い調子で国王は怒っている。
それはそれとして他所のおうちのお説教のシーンとはなんとも居心地が悪いものだ。
……それにパルテリースは家を空けていた理由を話せないのだ。
イーファンや私の事まで話さなければいけなくなる。
だから自分の非行として黙っているのだろう。
その事を申し訳なく思う。
「ママなんか昨夜は心配過ぎて丼15杯しか御飯が食べられなかったんだぞ」
……ん?
ママってディアドラだよな? 彼女は結構小食だったはずだが……。
記憶の中の儚げで優しい笑みの女性……その前に丼が15杯並んでいる。
だめだ、どうしてもイコールで繋がらん。
「わかるね? 普段の半分だ! ママがどれだけパルテを心配していたか」
ええええええ何!!?? って事は普段は30杯食ってるの!!???
それはもう人を超えた何かじゃん!!!
「センセ、落ち着いて」
エトワールに小声で言われて我に返る。
動揺の余り座ったまま盆踊りみたいなフォームを取ってしまった。
「……ごめん、パパ」
やがて長い沈黙の後でパルテリースはそう言うと深く頭を下げたのだった。
ようやく国王も穏やかな笑みを見せ、娘を立ち上がらせる。
「わかってくれたらいいんだ。何もなくて本当によかった」
軽く娘を抱き寄せてハグしてから国王はこちらに向き直った。
「お待たせして申し訳ない。この度は娘がすっかりご迷惑をお掛けしてしまったようで……無事に連れて帰って頂いて本当に感謝しております」
そう言ってにこやかに握手を求めてくる。
なるほど、そういう事になっているのか……まあ間をひたすら端折ればそういう顛末だったと言えなくもないが……。
やや複雑な気分で国王との握手に応じる。
「おお、握手だけでわかります。さぞ名のあるレスラーの方とお見受けします」
いやお見受けすんなよ。レスラーじゃねんだよ。
この人大体良き国王で良き父親なんだが要所でプロレスが言動に差し込まれてくるの何なんだろうな。
「それにしても、ウィリアム・バーンズさんとは……世界的な大作家と同じお名前とは偶然とは凄いものですな」
ああ、そうか名前はそっちで伝わったか……。
そりゃそうだろうな。ダグラスとは言えないだろうし。
どうしたものか……まあそっちは別にバラして構わないか。
「ええ、まあ、恥ずかしながら本を書いて生活しております」
「は?」
フリードリヒ王は驚いた顔のままで固まってしまった。
隣を見るとクラウスも同じ顔で固まっている。
……流石のこいつもそれは把握してなかったか。してたら怖いが。
「こちら担当編集のロードリアスです」
「銀星舎のエトワール・ロードリアスです。お見知りおき下さいませ」
完璧な所作でエトワール君が私のものと2人分の名刺を国王に差し出した。
「……これは……いや、驚きました。まさかあのウィリアム先生ご本人とは……」
軽く頭を振って王は額の汗をハンカチで拭った。
「彷徨うホームレスだと思ってましたわい」
失礼だなこのジジイは。しばいていいですか。
人を都市伝説みたいに言うんじゃない。
「先生のような高名な方が折角我が国においでになっているのだ。何か一席設けたいと思うのですがご都合はいかがでしょうかな。紹介したいレスラーが多数おりましてね」
いや紹介すんなよ。
なんかこの人じわじわ人をレスラーにしようとしてない!? 怖い!!
ていうか宴席はちょっとな……。
王妃が参加してそうだし、流石にディアドラに顔を合わせるのはまだちょっと心の準備ができていない。
「実はウィリアムの方からも提案がございまして」
そこにエトワール君が入ってくる。
国王は「ほう?」と興味ありげな反応だ。
……彼女が何か思いついたらしい。
ここは我が敏腕担当のお手並み拝見といこうか。
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