第19話 ロメロくらいしときゃよかった

「……団長はさぁ……団長にはさぁ……ボクの気持ちなんてわがんないでずよ……グスッ」

「………………………」


 ベッドに寝かされたシャハムがぐずっている。

 包帯の塊と化した彼は今肌が外気に触れている部分がまったくない。

 医師の話では当分はこの状態だろうとの事だ。


 バリッ、ボリッ。


「強くてさあ……カッコよくて人気あって……ボクが団長見る度にどんだけ! みじめなっ! 気持ちだったか!! わかんないでしょっ!!!」

「………………………」


 涙と鼻水飛ばしながら逆ギレし始めるシャハム。


 ボリッ、ボリッ。


「その上姫様までっ! ボクがずっと……憧れてた姫様も……」

「………………………」


 ボリッ、バリッ。


「……ちょっと待て」


 我慢できずに言葉を遮った。

 そして隣に座っている老人を見る。


「クラウス、煎餅うるさい」

「お、これは失礼を」


 煎餅の袋を手に持ってさっきからバリバリ食っていたクラウス。

 ていうか重傷者が寝かされてる病室で煎餅バリバリ食うなよ。


「いやこのハナクソがさっきからまったくどうでもいい話を垂れ流しよるんで手持無沙汰でしてな」


 辛辣!! 辛辣すぎる!!

 お前シャハムに異様に当たり強いな!!!


「聞いてたでしょ? 今の話。まるっきり逆恨みですぞ。こんなんで暗殺されたんじゃたまったもんじゃねえわい」

「びぇええええええええええええん!!!!!!」


 また泣き叫んでる。

 つか暗殺はお前もやったろ。

 やられる側からしたら動機なんてどれでも一緒じゃい。


 ……しかしだ。


 病院を出て、その建物を見上げる。

 ここは士官学校敷地内で校舎に隣接する形で併設されている病院だ。

 今日からしばらくの間、私は夜はここに詰めることになる。


 ────────────


「先生は若者の健全な成長に寄与したいと常に考えております。そこでこの機会にこちらで未来の士官候補生たちに講義などさせていただければと」


 エトワールのその発言がきっかけであった。

 その提案にフリードリヒ王は大層乗り気で喜んだ。


「それはいい! 学生たちもきっと喜びますよ。是非先生に未来のレス……士官候補生たちに薫陶を授けていただきたい!」


 ……今この人なんて言いかけた?

 ともあれ、これで自分の臨時講師就任が決定した。

 講師の仕事はこれまでも経験があるしここは勝手知ったる我が母校だ。

 無難にこなせて潜入の名目としては悪くない。

 これで昼は講師の仕事をこなし、夜はコソコソ潜入しなくてもシャハムの傍に居ることができる。


 彼女はこちらにこっそりウィンクしている。

 流石敏腕美少女編集者だ。


 ────────────


 シャハム・マウムという男は詰まるところコンプレックスの塊だったのだ。

 明るく道化を演じながらも常に自分と他者との差異に苦悩してきた。

 その歪んで膨らんだ劣等感が最悪の形で破裂したのがダグラス・ルーンフォルト暗殺だったというわけだ。


「お前が誘導したんじゃないのか?」

「いやいや。あいつは勝手に転びましたわい」


 病院から校舎へと向かう道すがら。

 半眼で問う私にクラウスは首を横に振る。

 暗殺の時の話だ。


「奴とカルタスは話を持ち掛けただけで乗ってきましたぞ。フガクも王命なら黙って従うという信条でした故問題はありませんでしたわい。残った面子は説得が必要でしたな。最後まで難航したのはヒルディンでした」


 ヒルディン・ライアン……いつも仏頂面で笑った顔も思い出せないが……。

 ドライな仕事人というイメージだったので報酬次第では黙って引き受けそうなイメージだった。

 自分も人を見る目がない。


「ヒルディンのその後については?」

「ああ、イーファンに聞いた」


 その悲惨な最期はイーファンとの決闘の直前に聞かされている。

「そうですか」とクラウスはやや視線を下げた。


「そう遠くない内にワシも地獄行きになるでしょう。向こうで再会できたら部隊長たちにはすまなかったと頭を下げようと思っておりますわい」

「………………………」


 本当に頭を下げなければいけないのは先代王ロムルス三世だろう。

 彼の思想はともかくとしてそれに基いた人間関係の清算のやり方は最悪で残忍で幼稚だった。

 そこはいかなる擁護もできまい。

 だがそれも含めて王家の泥は全て被るのがこの老人の生き方なのだ。


「相変わらず独り身か?」

「ええ。お役目上家族は持てませんわい」


 何でもないことのようにクラウスは言う。

 個人の幸福はとうの昔に放棄して顧みる事もないのだと。


 そう考えるとあの事件の根底にあったものはもっともっと昔からの国の……王家が抱えてきた淀みというか歪みというかそういったものがあるような気がしてならない。

 見えている部分、陽の当たる部分は清廉で方正でなければならない。

 だから汚れた部分はクラウスたちのような存在が秘密裏に処理をする。

 そんな事を何世代も続けてきた結果があの惨事だ。


 ……気にいらなきゃ言えばいいんだよ。

 変に取り繕うとするからおかしなことになるんだ。


「どうしました?」

「いや……」


 何とはなしにシャハムの病室を見上げる。


「私もロメロ(ロメロ・スペシャル)くらいしてやればよかったと思ってな」

「びゃあああああああああああああああああああああ!!!!!」


 聞こえていたのか病室の窓から悲鳴と泣き声が聞こえてきた。


「ああほら、迂闊なことを言うから……」


 そして半眼になっているクラウスの視線の先を見ると……。


「ロメロ!!! ロメロいいですね!! 実は私もロメロには一家言ありましてね……」


 いやああああああああすごい笑顔で王が手を振りながら走ってくる!!!!

 どこで聞いてたんだよ!!!!


 ていうかアンタいつまでいるんだよもう帰れよ!!!!





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