第20話 お料理のお時間です
王立士官学校での臨時講師としての生活が始まった。
やる事と言えば主に2つ。
学生たちへの講義と戦闘訓練の指導だ。
講義の内容は好きに決めてもらって構わないとの事で大変助かる。
本当は未開の地を旅する楽しさなど語りたいところであるがここの若者たちにはそんな自由はないのだ。
士官を目指すということはそういう事である。
……となると何だ。何を語ればいいかな。
軽い気持ちで引き受けたがやっぱり士官学校となるとこれまでの講義とは勝手が違うな。
厚かましくもこっちから申し出てやる事だから誰でもよかったような内容でお茶を濁したくないしな……。
寮の部屋の中を檻の中の熊よろしくウロウロと歩き回る。
臨時講師の期間中、我々は学生寮に部屋を借りているのだ。
エトワールは隣の部屋。そんな彼女は今こちらの部屋に来て作戦会議中である。
「お悩み中年ですね~。ロープから返ってきた時に観客を魅せるテクニックとか話せばいんじゃねーです?」
イヤだよそんなの!!
大体知らんわプロレスのロープ使ったテクニックとか。
そんなこと話し出したら学生に交じって国王が聞いてそうで怖い。
「持ち掛けた話でこんな事ゆーのもなんですけどね。実のある話なんてしようとしない方がいいですよ」
「……ん?」
彼女の言葉に足を止める。
「『いい話』をしようと思ってる奴の話なんて大体面白くねーもんです。滑りますよ。センセは好きな事を好きにやればいーんです。それが結局みんなに1番残りますって」
いい事言おうとしている奴の話は面白くない……か。なるほど。
確かにそういうものかもしれない。
「ありがとう。お陰で1つ思いついたよ」
彼女の言う通り好きにやる事にする。
どうせなら徹底的に好きにやらせてもらうとしようか。
────────────────
「みんな、初めまして。物書きのウィリアム・バーンズだ。私の名前を知っている人もそうでない人もよろしく頼む」
大勢の学生たちの前で挨拶をする。
大きな拍手が巻き起こり口笛を吹いている者もいた。
何人かは私の本を出して見せてくる。
総じて歓迎的な雰囲気である。まずはその事にホッとする。
生徒たちの中にはパルテリースもいる。
彼女は一際大きく手を振ってくれている。
……そして、そんな一同が集められているのは調理室だった。
ここでやる事といえば当然一つ。
「今日は皆と一緒にこの料理を作ってみたいと思う」
黒板にカツカツと白墨で書き付けた名前は『サペータ』
東の大陸を旅していて出会った料理の中でも特にお気に入りの一品だ。
鶏肉と野菜を数種類のスパイスで煮付けたスープである。
他にもいくつか候補があったが時間と手間が一番状況に合致しているのでこれにした。
「知ってます! マルロ共和国ですね!」
「その通りだ。読んでくれているようだね」
声を上げた学生の1人に笑いかける。
そうこの料理に付いては著作で触れているのだ。
旅をするようになって私には騎士団長時代にはなかった趣味が1つ増えていた。
それが調理だ。
旅先で出会う魅力的なメニューの数々……それらはただレシピを教わってメモして帰るだけでは再現できないものが多かった。
やはり実際に作ってみなければその味は持ち帰れない。
そう思ってからはこれと思う料理に出会う度に調理法を習い身に着けてから次の土地へと旅立つようにしたのである。
中には下積みからやれと言われて1年近くレストランに住み込みで習って身に着けた料理もある。
……そんな事をしているから帰国に二十年以上もかかるのだと言われればまったくその通りで一切反論はできない。
調理法が簡単なのもこの料理の長所の1つだ。
不慣れな者に作らせても余程のことがなければおかしなものは出来上がらない。
間もなく調理室のそこかしこで食欲をそそる美味しそうな匂いがし始めた。
「先生」
声を掛けられて顔を上げるとパルテリースが目の前に来ていた。
何故か少し緊張しているように見える面持ちで。
「先生はこういう料理とか冒険してて知ったんだろ」
「ああ。そうだ」
頷くと彼女は視線を反らして後ろ頭を軽く指先で掻く。
「い、いいよなそういうのって! アタシもさ……その……」
言い淀むパルテリースの頬が赤く染まっていく。
「その……先生がこの国を出る時に……アタシも……」
「パルテリース」
声を掛けると彼女がビクッと停止した。
「調理に集中しないと危ないぞ」
「……あ。う、うん」
肩を落としてパルテリースは卓に戻った。
申し訳ないとは思いつつもやむを得ない。
……君を連れてはいけないんだ、パルテリース。
やがて皆調理が完了したようだ。
音頭を取って実食の時間にする。
「美味え!!」
「こりゃいくらでも入るな!」
学生たちが舌鼓を打つ。
総じて好評のようだ。
よかった。この味に……この料理に出会えたことは旅をしていて幸せだった事の1つだ。
直接旅する事の良さを語れない以上、それを少しでも感じてもらえればと思って企画したが上手くいっただろうか。
「いやこれは美味えですな。お代わり頂けますかな」
何でお前が食ってんだジジイ。
「ふぅ、この大胸筋のあたりに火が入ったような感覚! 感じるぞ今この料理が私の血肉になっているのを!!」
帰ってくれませんかね国王陛下。
────────────────
そして調理実習の後で。
「なんで王様やらジジイやらも食ってる料理がウチだけお預けなんでしょーかねぇ~……」
……いやあいつらは振舞ったわけじゃなくて勝手に混じって食って帰ったんだよ。
エトワールの分を残すのを忘れてひたすら頭を下げる羽目になるのだった。
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