第27話 最期の言葉

 鍔迫り合いの体勢になり両者一進一退の攻防を続けるダグラスとザイハルト。

 両者の間でギリギリとせめぎあう2本の刀身が軋んで嫌な音を立てている。

 ダグラスの全身にはザイハルトの剣から噴き出る悪霊怨霊たちが纏わり付き徐々に生命力を奪っていた。


「呆気ねぇなもう終わりかよ!!! 少しは抵抗してみな英雄殿ォ!!!」


 必勝の体勢に入ったと確信したザイハルトは一層の力を剣に込めた。

 押し切って切り捨てるか。それとも悪霊に命を喰い尽されるのが先か。

 じりじりと怨敵を追い詰めながら兜の下で喜悦に口元を歪ませる。


 しかし剣の向こうのダグラスの目がその瞬間鋭く輝きを放つ。


「この身体と魂は……」

「……ッ!?」


 ぐぐっと剣が押し返されてくる。

 今も悪霊に群がられて生命力を失いつつあるはずの男の力が徐々に増していく。


「まだ見ぬ広い世界を見に行くためのものだ……!!!」


 渾身の力を込めた大降りでザイハルトの剣を弾き飛ばす。

 銀の刀身が篝火の明かりを映して輝きながらくるくると回転して飛んでいく。


「……お前ごときにくれてやるわけにはいかん!!」

「なんだとォォォォッッッッ!!!!?」


 同時にダグラスの全身に纏わりついてはずの悪霊怨霊が全て目に見えぬ炎に焼かれたように霧散していた。

 邪な存在がダグラスの『魂の熱量』とでもいうべきものに耐え切れずこの世から強制的に退去させられたのだ。


「そんな外道の技を編み出すくらいなら一万本の打ち込みでもするべきだったな」


 呆然としているザイハルトにダグラスが静かに告げた。


 ────────────────

 王宮内の惨状は目を覆うばかりのものだった。

 至る所に暗殺者や護衛の兵士たちの亡骸が転がっている。

 荘厳な白の王城内はあちこち破壊され火をかけられ瓦礫や焦げた調度品が転がっていた。


 そんな中を軽快な早足でエトワールが進んでいる。


「あっちゃ……こりゃひでーですね。センセはもっと奥かな」


 本当は士官学校で帰りを待つように言われていたのだが彼女は1人王宮へやってきた。

 担当作家が必死に頑張っているはずなので、それを見届けるのは敏腕美少女編集者としての自分の義務なのである。


「……!」


 エトワールは足を止めた。

 壁に背を預け足を投げ出すようにして1人の老兵が俯いている。

 その顔に見覚えがあった。


「ジジイ……」

「……! ……ぉ……」


 それは瀕死のクラウス・ハインリッヒであった。

 駆け寄るエトワールにクラウスも気付いて僅かに視線を上げて彼女を見る。


(これは……)


 医者でなくとも一目でわかる。

 腹を切り裂かれている老人はもう手の施しようがなかった。

 片膝を突いてクラウスに顔を寄せるエトワール。

 間もなく命が尽きようとしている老人の視線は不思議と穏やかだ。


「オメー、もうすぐ死ぬぞ。何か言い残す事あんならウチが聞く」


 ゆっくりと静かな声で老人の耳元に囁く。

 一瞬クラウスは目を閉じると何事かを思案し……。


「ダグラス様をどうか……よろしくお願い申し……上げる」


 細い声で言うと老人は血で汚れた口元に僅かに笑みを浮かべた。

 それが……。

 クラウス・ハインリッヒの最期の一言だった。

 半世紀以上王家の為に、国のために己を滅し王都の影の中を駆け抜けた男。

 彼が残した最後の言葉は王や王家に関するものではなかった。


 目を閉じ俯いてそれきり動かなくなるクラウス。


「バーカ……んな事オメーに言われなくたってわかってんですよ……」


 ほろ苦い静かな口調でそう言うエトワール。

 彼女は黙祷するかのように頭を下げて目を閉じ少しの間動かなかった。


 その彼女の背後にわらわらと黒い影が現れる。

 襲撃者たちの増援。

 黒蛇会の暗殺者たちだ。


「……生き残りだ」

「殺せ」


 刺客たちは感情のない声でそう言うと各々刃を構える。


「あん? やんのかコラ」


 クラウスの剣を拾ってエトワールがゆっくりと立ち上がった。

 その全身から真っ赤な血のようなオーラがゆらりと立ち昇る。


「言っとくが……今のウチはめちゃくちゃご機嫌ナナメですよ……」


 ────────────────


「うう……ッ。くそおぉぉぉぉッッッ!!!」


 ザイハルトが駆け出す。

 先ほど弾き飛ばされた自分の剣を拾うためだ。

 ダグラスはそれを黙って見ている。

 得物を飛ばして無手にした有利などまったく活かす気もないのだと。

 その事が黒鎧の男のプライドをズタズタに傷付けた。


「がああぁぁぁぁッッッッ!!!」


 己を鼓舞するかのように咆哮を上げて剣を拾い上げると再び怨敵に向けて構えを取る。

 かつてこの国で騎士団を率いていたその男は構えを取りながらも涼しげにこちらを見ている。


「……まだやる気か?」

「クソがあ!! なめるなよッッ!! オレはまだこれで終わりじゃねえ!!!」


 両手で持った剣を空に向かって突き上げる。

 同時に先ほどまでとは比べ物にならない量の死霊が現れザイハルトに纏わり付くとその周囲をゆっくりと竜巻のように旋回し始めた。


「見せてやるぜ……魍魎剣の極大奥義!!!!」


 ザイハルトの怒気に呼応し周辺の大気がびりびりと震え始め大地が揺れ始めた。


(奥の手か……!!)


 ただ事ではない雰囲気を感じ取ったダグラスがバルコニー上の国王に手を振って退去するように合図した。

 王もすぐに状況の危険さを察して無言で頷き建物の奥に消えていく。


「来い!! 来やがれ……忌まわしき古代の悪霊よ!!!! 全てを無に変えろォォォォッッッッ!!!!!」


 漆黒の男が叫びながら剣を地面に突き立てた。


 …………ズアッッッッ!!!!!


 剣を始点として地面に『闇』が広がる。

 猛毒の沼地のようにぼこぼこと不気味に泡を立てながら爆発的な勢いで大地を侵食していく。


「くっ……なんだこれは……!!」


 後方に飛んで地面に広がる闇から距離を取るダグラス。


 そしてその闇の中から……何かが……。

 巨大な何かがゆっくりと持ち上がってくる。


 それは巨人の影とも言うべき巨大などす黒い人型だった。


 輪郭は靄のようにはっきりせずに揺らいでおり色は唯ひたすらに黒く暗い。

 そして頭部の目にあたる部分に2つ、赤い光が爛々と灯っている。

 巨大すぎるのかそもそもの形状がそうなのか、闇から出ている巨人は上半身部分だけだ。

 それでも3階建ての王宮の屋根とほぼ同じ大きさである。


 どこを見ているのかもわからない赤い2つの光が自分の姿を捉えたことをダグラスは感じ取った。

 緩慢な動作で前のめりになりながら巨人の影がダグラスを見下ろす姿勢を取る。


「こんばんわ。忌まわしき古代の悪霊です」


 ……意外と礼儀正しい。


「自分で忌まわしいって言っちゃうのか」


 そして突っ込まずにはいられないダグラスであった。



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