第28話 それは遅れて駆けつける者
夜空にその背景よりもより黒く浮かび上がる巨大な人影。
それはこの世のあらゆる無念とあらゆる絶望が濃縮されたような姿をしていた。
……忌まわしき古代の悪霊。
並の人間であればその姿を見ただけで絶望に心を支配され生きる気力を失う。
もし直に触れようものなら……。
ダグラスの頬を冷たい汗が伝う。
「忌まわしき古代の悪霊です」
「わかったっつの」
後、主張が強めだ。
あまりに言うから本当に忌まわしくて本当に古代の奴なのか怪しく思えてくる。
(自分で古代もおかしいよな。こっちからすれば古代の奴でも)
思ったが口に出すのは止めておくダグラス。
虚しい論戦が始まりそうだ。
「……ハハッ! ……どう、よ……ダグラスぅ!」
激しく肩で息をしているザイハルト。
兜を脱ぎ捨てて脇へ投げ捨てる。
露になった素顔は彼の大きな消耗を感じさせる。
頬はげっそりとこけ、落ち窪んだ目の周りは隈が酷い。
それだけあの巨大な悪霊を呼び出すのは代償が大きいのだろう。
人と比べて膨大な体力魔力を持つ魔人ですらこの有様だ。
「それではいってみよう。忌まわしき古代のパンチ!!!」
「……ッ!!!!」
攻撃時に自分で宣言するらしい。
技名も主張が強い。
振り下ろされる巨大な拳。
その悪意の巨魁を横っ飛びに回避するダグラス。
ゴワッッッ!!!!
空振りの大腕が王宮の壁を破壊して破片を撒き散らした。
飛び散る大小の石片……それらは地面に落ちるよりも早くグズグズに腐って溶け始める。
「くっ……これは……!!」
戦慄するダグラス。
この質量で触れるものを腐食させる打撃とは……。
かすっただけでもどうなるかわからない。
その上にこちらはどう攻撃すれば通るのかすら見えてこない状態なのだ。
2発目の拳が降ってくる。
これも回避したダグラス。
だが着撃した地面が腐った沼地のようになってしまった。
(どうする!? ……どうすればいい!!?)
奥歯がギリギリと鳴るほど噛み締める。
そんなダグラスの眼前で巨大な悪霊は上体を捻り再び攻撃を繰り出そうとしていた。
────────────────────
王宮の一角が滅茶苦茶に吹き飛んでいる。
その破壊はたった今起きたばかりであり崩れた周囲のあちこちでまだ白く煙が上がっていた。
あれほど大勢いた黒衣の刺客たちはもう誰も残っていない。
全員が元が何であったかもわからないような破片となり周囲に散らばっていた。
「フフ、派手にやったねえ?」
背後から聞こえた声にエトワール・ロードリアスは鬱陶しそうに振り返る。
「来たのかよ。今更オメーの出番はねーですよ。とっとと帰りやがんなさいよ」
険悪な視線の先には黒い衣装の麗人がいる。
氷の美貌の魔女……人は彼女を東方の魔女と呼ぶ。
「おやおや……ご挨拶だね。暫くぶりの再会だと言うのに」
レイスニール・アトカーシアは芝居がかった仕草で嘆いて見せた。
その彼女を見るエトワールの視線は冷たい。
「今更なんの用だよ。『あの人』はウチの預かりになった。そう決まったはずだ。もうオメーの出番なんかどこにもねーんですよ」
「フフフ……『あの人』か」
目を細める東の魔女。
彼女の口角が楽しげにわずかに上がった。
「随分とお気に入りのようだね」
「………………………」
レイスニールの軽口にエトワールがジロリと剣呑な視線を送った。
「うるせー。……オメーには関係ねーだろ」
ぶっきらぼうに言うブロンドの少女。
その頬は微かに赤く染まっている。
「仲良くしているのなら大変結構。ところでここにはもう1人私の手による魔人がいるのだが……。そちらにも少しは目を向けてもらいたいね」
「はん……あれは失敗作だろうが。出力が全然足りてねー」
鼻を鳴らして肩を竦めるエトワール。
失敗作呼ばわりにも気を悪くした風もなくレイスニールはパチパチと拍手する。
「お見事、流石の目利きだ。一目でバレたね。……まあ、失敗作というかあっちが標準でてるひこの方が規格外なのだが」
「ごちゃごちゃうるせーですね。とっとと帰りやがれつってんでしょうが。アトカーシア家の生き残りのオメーがこんな所でロードリアス家のウチとツラ合わせたなんつったら本来なら殺し合いだぞ」
エトワールが鬱陶しそうに言う。
「それは何とも恐ろしいことだ。寛大なキミの気が変わらない内に失礼するとしようかな」
大仰な仕草で一礼するとレイスニールはパチンと指を鳴らした。
何もない空間に豪華な木製の扉が現れる。
(……おや?)
その扉を開いて向こう側に足を踏み入れようとして東の魔女の動きが止まった。
(懐かしい気配がもう1つするね。……まあ今は旧交を温めるべき時ではないか)
扉を潜りその姿が虚空に消える直前、レイスニールが振り返る。
(……てるひこ、良き旅を)
そして黒衣の魔女は消え、その後に残った扉も一瞬の後に跡形もなくその場から消滅した。
「ったく……『
全てが消え去った空間を見つめてブロンドの少女は誰に言うでもなく呟くのだった。
────────────────────
本当に忌まわしかった忌まわしき古代の悪霊の攻撃に徐々に追い詰められていくダグラス。
反撃の糸口が掴めぬままに広場は徐々に腐った沼地に変えられていく。
ただされるがままになってたというわけではない。
恐るべき腐敗の拳を掻い潜って何度か巨体に斬撃を浴びせている。
だが出血があるわけでもなくダメージの反応があるわけでもなく、やがて作った裂け目も元通りになってしまうために攻撃が通っている感覚がまったくない。
肉体的な疲労やダメージはほとんどないのだが、それでもこの『何をしても無駄かもしれない』という感覚は精神にくるものがある。
(どうすればいい……このままでは……)
向こうに疲労の概念があるとは思えない。
このままではいずれ精神的な消耗から自分が奴の攻撃を浴びる事になるだろう。
絶望感がじわじわと胸に広がっていく。
「……諦めるな」
その時、その声が広場に響く。
もしやまたレスラー関係か!? と一瞬身構えるダグラス。
半分レスラー恐怖症である。
だが、その声の主はレスラーではなかった。
「チッ……何者だァ?」
ザイハルトが眉を顰める。
その視線の先には広場へ通じる通路がある。
暗い通路の奥からカツーンカツーンと靴音が近付いてくる。
「力なき者たちの祈りに呼ばれてやってきた。天に代わって悪を討つ」
明かりの下にその何者かが姿を現す。
……その男はふちがギザギザの大きな葉っぱを衣で包んだ仮面を被っていた。
目のところはつり上がった半月型で怒ってるように見える。
鮮やかな緑のマントと手袋とブーツで黄緑色の服を身に纏っている。
「……我が名は……しそのてんぷら仮面ッッ!!!!」
バサッ!とマントを靡かせてカッコいいようなダサいようなポーズを決めるしそのてんぷら仮面。
……なんともいえない空気がその場を支配する。
「おめェなあ……ヘンなもん呼んでくるんじゃねえよ!!!!」
一瞬後に自分を取り戻したらしいザイハルトがしそてん仮面を指差してキレている。
「それをお前に言う資格あると思ってんのか!!!!」
そしてダグラスは忌まわしき古代の悪霊を指差してキレ返した。
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