第29話 雷霆
……どっかで聞いたことのあるてんぷら仮面が援軍に来てくれた。
「助けに来たぞ! ししとうのてんぷら仮面よ!!」
だがその代償なのかなんなのか……ダグラスはししとうのてんぷら仮面扱いされた。
普段それほど目立たないが要所でピリッといい仕事しそうな仮面である。
いやそもそも仮面被っていないのだが。
「あ、ありがとう、しそのてんぷら仮面。だが、奴にはどんな攻撃も通らない。どうすればいいのか……」
「自分では奴を斬れないというのか?」
しそてん仮面の問いにダグラスは苦しげにああ、と頷いた。
正しくは斬っても効いていなそうなのだ。
「道化が出てきた所でなんになる!!! まとめて消えろォォッッ!! やれイヤな古い霊!!!」
妙に雑な呼び方でザイハルトが忌まわしき古代の悪霊に指示を出す。
その声に応じて巨体が再び腐敗の拳を振り下ろそうとしてきた。
「……!!」
しそのてんぷら仮面が両手を×の字に組んだ。その仮面の奥の瞳がキラーンと輝きを放つ。
「
マントをはためかせて飛翔するしそてん仮面。
上空で右の掌を忌まわしき古代の悪霊に向けて突き出す。
すると巨霊はまるで時が止まったかのように動きを止めた。
「ヌ……ググ…………」
「!? オイどうした!!? デカブツ!! オイ!!!!」
停止した悪霊に驚愕するザイハルト。
乱暴にその巨体を叩くが悪霊は動かない。
そしてしそてん仮面がダグラスの隣に降りてくる。
「もう1度聞こう。お前は奴を斬れないのか?」
「……………………」
答えられないダグラスの前でしそてん仮面はザイハルトを指差す。
「あの男は、元々あんな悪霊を呼び出せる知識や素養の下地はあったのか?」
「……いや」
ダグラスは首を横に振る。
元はザイハルトも自分と同じただの戦士だ。
そんな事ができる素養があったとは思えない。
「だが奴は呼び出した。何故か?」
しそてん仮面が腕を組んで目を閉じる。
「それはできると信じたからだ。自分は呼び出せると信じたから実際にあの悪霊は呼び出しに応じて姿を現したのだ」
「信じた……」
手元の剣を見る。
聖剣でも伝説の剣でもなんでもない……街で評判のいい鍛冶屋が丹精込めて打った剣だ。
『英雄ダグラスの「
耳の奥に士官学校の学生の言葉が木霊する。
ダグラスの目に静かな炎が灯った。
「届くのか? お前の剣は」
「ああ、やれる。……私の『雷霆』が奴を斬る」
ダグラスの言葉にしそてん仮面は満足そうに頷くと道を譲るように脇へ退く。
……そうだ、これは……この一撃は今も尚この国で語り継がれている英雄の最強の一撃。
構えを取る。
夜風が男の灰色の髪を揺らす。
そして地を蹴ったその瞬間、ダグラスの姿はその場の誰の視界からも消失した。
一瞬の後に忌まわしき古代の悪霊の眼前に彼は現れる。
その剣を高く頭上に振り上げて。
右の上段からの切り下ろしが虚空を走る。
それは『雷霆』と……雷になぞらえて誰かが呼んだ必殺剣。
「…………ォォォォォォ」
悪霊の巨体に輝く斜めのラインが引かれる。
そしてそこから2つに分かたれた巨大な闇は呆気なく崩れて溶けて虚空に消えていった。
その様を見届けしそのてんぷら仮面は静かにその場を後にする。
自分の出番はここまでだ、と。
ただその背で語って言葉は無く。
立ち去るヒーローは振り返らずにグッと親指を立てて掲げた。
……そして後には2人の男だけが残された。
よく似た生き方をしてきた、だがいつしか真逆の道に進んでいた2人。
「決着をつけるぞ。ザイハルト」
剣を構える灰色の髪の男。
彼の名はダグラス・ルーンフォルト。
まだ見ぬ地平を求めて旅を続ける男。
「……まただ……またそうやってお前は……お前の剣は……」
虚ろな目でぶつぶつと呟く黒髪の男。
彼の名はザイハルト・ウォーグラム。
過去を見つめ妄執を抱いて憎悪の道を歩む男。
「お前の剣が!!! 視界から消えねえんだよォォォォォッッッ!!!!!」
絶叫し襲い掛かってくる黒鎧の狂戦士。
その曇った目には
それを迎え撃つかつての英雄の構えは無敗のあの一撃。
戦場を疾駆する一筋の雷閃。
2人の魔人が交差し互いに位置を入れ替える。
黒鎧の男の足元に彼の剣が落ちる。
「……ぅ、オォ……見えねェ。何も……見えなかった……」
喘ぐように言いながらザイハルトは油の切れた絡繰り人形のようなぎこちない動きで振り返った。
「本気のお前は見え……ねえのか……。オレはもう、斬られて……るの……か……?」
その視線の先には既に剣を鞘に納めているダグラスがいる。
そちらへ震える手を伸ばす。
だがその剣が遠く届かなかったようにその手もまた遠く届かない。
「い、イヤだ……自分を斬った……剣を……見れも……せずに死ぬの……は……イヤ……だ」
その瞬間黒髪の男の身体に斜めに入った真紅のライン。
斬られた胸の傷から激しく出血しながら男が大地に倒れ伏す。
「チクショウ……嫉妬だ……ぜェ」
ザイハルトの瞳が灰色に濁る。
それが妄執の魔人の最期だった。
「……さよならだ。ザイハルト」
今はもう息のない難敵の骸を見下ろしてダグラスは静かに目を閉じた。
────────────────────
戦いを終えその場に佇んでいるダグラス。
今、彼の胸に去来する思いはいかなるものか……。
その彼にゆっくりと近付いてくる人影が1つ。
「セ~ンセ」
「やあ、エトワール君」
軽く手を挙げてからダグラスは彼女には士官学校で待つように言ってあったのを思い出す。
困ったものだ、と彼は軽くこめかみを押さえる。
「来るなと言ったのに……」
「そこはセンセ、あれですよ。お仕事お疲れのセンセに超敏腕美少女編集者の顔を見て癒されてほしーなっていう心遣いなのですよ」
悪びれずに言うエトワールに苦笑するしかないダグラスだ。
「それにしても……」
ブロンドの少女が周囲を見回した。
「大変だったみたいですね~」
「ああ、作家の仕事じゃないな。こんなのは……」
見えている範囲だけでも相当な惨状だった。
至る所が腐った沼地に変えられ建物もかなり壊されてしまっている。
数百年の伝統ある王宮のこの有様を見れば歴代王もさぞ嘆くだろう。或いは泡を吹いて失神するかもしれない。
「本に書けない大冒険するのやめてくれませんかね」
「それは私に言われてもなぁ」
ジロリと半眼で見てくるエトワール。
腕を組んだダグラスが嘆息する。
「……悪党とレスラーに言ってくれないか」
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